みすず版『漢文研究法』刊誤


最近、このブログの記事「平凡社東洋文庫版『漢文研究法』」の中で、「みすず版の瑕疵を数十箇所ほど訂正することができたのは、小さな喜びでした」と書いたところ、それを見て「どこをどう変更したのか」と声をかけてくれた友人がありました。

一冊買ってくれればすむものを、とも思いましたが、みすず版に訂正を加えて長く愛用したいということかも知れません。そういう需要もわずかながらあるのでしょう。以下、メモしておきます。左がみすず版、右が東洋文庫版で、問題のある字に色をつけてあります。

・p. 9「Qu sais-je?」→p. 19「Que sais-je?」

・p. 19「『千頃堂書目』三十二卷」→p. 30 「『千頃堂書目』三十二巻」

・p. 29「清邵懿撰」→p. 41 「清邵懿撰」

・p. 38「Toung Pao」→p. 51「T’oung Pao」

・p. 45「祖孝徴名(斑)」→p. 58「祖孝徴(名珽)」

・p. 48「北堂書引書索引」→p. 60「北堂書引書索引」

・p. 53 「太平廣記篇目及引引得」→p. 66「太平廣記篇目及引引得」

・p. 66「the Ching Period」→p. 81「the Ching Period」

・p. 70「陳德」→p. 86「陳徳(ルビ:うん)」

・p. 70「彭作」→p. 86「彭作

・p. 70「何崧」→p. 86「何崧

・p. 74「勵龢」→p.90 「勵龢」

・p.78「直隷等處(4)管巡撫事」→p.94 「(4)直隷等処管巡撫事」

・p. 84「古叢書」→p. 100「古叢書」

・p. 86「文豐出版社」→p. 102「文豊出版社」

・p. 93「文仲」→p. 111 「文仲」

・p. 93「読為位」→p. 111 「読為位」

・p. 98「通志讎略」→p. 115「通志讎略」

・p. 107「皮」→p. 125「皮

・p. 108「草木蟲魚疏」→p.125 「草木虫魚疏」

・p. 111「正」→p. 129「正

・p. 112 「劉」→p. 130「留、劉」

・p. 114「毛亨」→p. 132「毛亨伝 鄭玄箋

・p. 114 「馬辰」→p. 132 「馬辰」

・p. 114「毛詩稽古」→p. 132「毛詩稽古

・p. 122「古文尚書疏證」→p.141 「尚書古文疏証」

・p. 122「高宗日」→p. 141「高宗日」

・p. 123「王齡」→p. 142「王齢」

・p. 142「蓋禮記非醇經世問多六國秦漢人之所記」→p.163 「蓋礼記非醇経、其間多六国秦漢人之所記」

・p. 143「澔注」→p.164 「澔注」

・p. 145「子夏之徒不能贊一」→p. 166「子夏之徒不能賛一

・p. 163「虧()」→p. 184「虧()」

以上、本文に関する32条ほど、ここに列記しました。それ以外にも、狩野直禎氏の解説に引く本文を訂正し、また索引の誤字や不具合を訂正してあります。

(*平凡社東洋文庫版の購入は下記のリンクからお願いします。)

https://amzn.to/2uuKVwz

広告

僧祐のいわゆる「漢文」をめぐって


今回取り上げたいのは、「漢文」といっても文章の方ではなく、漢字のことです。「文」には字の意味もありますので、漢字のことを「漢文」と表現できるわけなのですが、これは中国ではいつ頃から用いられた語なのでしょうか。

そもそも、朝代が交替を繰り返す中国において、自分たちの文化を「漢」と意識することがいつにはじまるか、という問題にも関わります。

最近、吉川幸次郎「中国人と外国語—「出三蔵記集」と劉勰」(『吉川幸次郎全集』25、1986年)を読んだところ、中国が仏教の受容した時代のことに関わり、次のように書かれていました。

仏典の原語はサンスクリットであり、重訳の場合も、西アジアの諸語である。それを中国語にうつすという作業が、二世紀の後漢あるいは三世紀の三国以後、数百年にわたって大量に行われた。……大量の翻訳は、中国語以外の言語に対する知識と意識とを、著しく高めた。(p. 387)

そのうえで、様々な文字に対する興味深い認識が『出三蔵記集』にあることを次のように指摘します。

六世紀の名僧、釈僧祐の「出三蔵記集」は、そのころまでの仏典漢訳の歴史の記録である。それに次のようなくだりがある。いわく、世界には三種の文字がある。一、梵文、左から右への横書き。二、佉楼、右から左へ横書きする西アジアの文字。そうして第三が蒼頡、すなわち上から下へと縦書きの漢字。(同上)

その文章は、同書巻一の「胡漢譯經音義同異記」に見え、「造書之主(文字を作った人物)」が三人いたと述べる部分なのですが、原文を引用しましょう。

昔造書之主凡有三人:長名曰梵,其書右行;次曰佉樓,其書左行;少者蒼頡,其書下行。梵及佉樓居于天竺,黃史蒼頡在於中夏。(『出三藏記集』、中華書局、中國佛教典籍選刊、1995年、p. 12)

吉川幸次郎の文にはあらわれていませんが、梵が年長、佉楼がそれにつぎ、そして蒼頡が年少であるというように見立てています。

また、僧祐は「梵文」と「漢文」とを対にして用いており、「梵文」の「半字」「満字」を次のように説明しています。

半字為體,如漢文「言」字;滿字為體,如漢文「諸」字。以「者」配「言」方成「諸」字。「諸」字兩合,即滿之例也;「言」字單立,即半之類也。半字雖單,為字根本,緣有半字,得成滿字。譬凡夫始於無明,得成常住,故因字製義,以譬涅槃。梵文義奧,皆此類也。(同上、p. 12)

「半字」「満字」については、知識を欠く私にはよく理解できないのですが、ともかく、「梵文」に対して「漢文」の語が用いられていることには興味をひかれます。

中国の文字しか知らなかった古代の人々は、そもそも、それが多様な文字のうちの一種であるという認識を、当然持っていなかったことでしょう。彼らの文字が、他の文字との関係において相対化された時、はじめて「漢文」の語が生まれたのではないか。そのように考えれば、中国の南北朝時代に「漢文」の語が登場したことの意味は大きいはずです。

 

平凡社東洋文庫版『漢文研究法』


狩野直喜『漢文研究法』(みすず書房、1979年)については、このブログでもたびたび取り上げてきたところで、私のみならず、漢籍に関心を持つ人々に愛読者の多い一書であると思います。

昨年のことでしたか、平凡社の編集者、直井祐二氏から、同書を平凡社東洋文庫の一冊として復刻したい旨、お話をうかがいました。みすず版が長らく版元品切れとなっていたため、直井氏が狩野直禎先生のご遺族と相談の上、実現した話とうかがいました。

少々お手伝いなどをして、その東洋文庫版が近日中に出版される運びとなりました。

漢文研究法—中国学入門講義
内藤湖南と並ぶ京大東洋学の創始者、狩野直喜が約百年前におこなった一般向け講義。文学・史学・哲学・地理等を総合する中国学入門。
狩野 直喜 著 狩野 直禎 校訂
シリーズ・巻次 東洋文庫 890
出版年月 2018/07
ISBN 9784582808902
Cコード・NDCコード 0100 NDC 020.22
判型・ページ数 B6変 240ページ

kanbun狩野先生の学問を心から敬愛する者として、このお手伝いをさせていただけたことは、まことにありがたいことでした。

校正中は、学問の浅さからこの名著にとんでもない誤りを出しはしないかと日々畏れる毎日でした。みすず版の瑕疵を数十箇所ほど訂正することができたのは、小さな喜びでしたが、その一方で私のせいで別の誤りを出していないかどうか、心配はあります。本が刷り上がった今となっては、読者の皆様に点検していただくほかありません。

なお、みすず版で狩野直禎先生をはじめとする方々が付けられた補注は、一部改めたのを除き、ほぼそのまま録してあります。21世紀にふさわしい新たな補注を付け直すことができなかったのは残念といえば残念なのですが、その仕事はよりふさわしい方々にお任せしたいと思います。

https://amzn.to/2u1i3Lj

『「読む」技術』


中国古典を「読む」ことは私にとって大切なことで、人生と切っても切れません。「読む」ことが万人にとって大切だとは少しも思いませんし、ましてや、中国古典を読むことが必要だとも思いませんが、少なくとも自分自身の生にとっては不可欠です。その行為を通じて、何か、私の求める人類の叡智に触れたい。そう願っています。

そして、この「読む」という行為が、ある意味においては一種の「技術」である、ということも、経験的に理解してきたつもりです。「技術」であるからこそ、そこに意識を向けて修錬することで、「読み」を向上させることができる。そしてこの「技術」は、単純な一種類のものではなく、大小含め数多くの技術を組み合わせたものである。そのようなことも、中国古典を読む経験を通じて知っています。

『「読む」技術』という本があると聞き、読んでみようという気になりました。

石黒圭『「読む」技術ー速読・精読・味読の力をつける』
光文社 2010.3 光文社新書

この本は、私の知らない様々な学説にのっとって読書技術を以下のように整理しています(本書、p. 53)。

  • 話題ストラテジー(速読) 知識で理解を加速する力
  • 取捨選択ストラテジー(速読) 要点を的確に見ぬく力
  • 視覚化ストラテジー(味読) 映像を鮮明に思い描く力
  • 予測ストラテジー(味読) 次の展開にドキドキする力
  • 文脈ストラテジー(味読) 表現を滑らかに紡いで読む力
  • 行間ストラテジー(精読)  隠れた意味を読み解く力
  • 解釈ストラテジー(精読) 文に新たな価値を付与する力
  • 記憶ストラテジー(精読) 情報を脳内に定着させる力

なるほど、こういう具合に整理することができるのか、と思わされました。ひとつひとつの「ストラテジー」については、このように説明されれば思い当たるところがあり、ほぼ日常的に実践している読み方です。

それぞれの読書技術に関して、近現代の日本語の文章を豊富に例示しており、こういった例を通して身を以て理解できるように工夫されています。よい本です。

中国古典の例を挙げて、同じような手引きを作ることもできそうです。どなたかよい「読み手」が書いてくだされば、学生に役立つのではないでしょう。

https://amzn.to/2K6481l

 

貝原損軒


貝原益軒は(1630-1714)は、福岡出身の偉大な学者です。『国史大辞典』から少し引用します。

江戸時代前期の儒学者、本草家、庶民教育家。筑前国福岡藩士。寛永七年(一六三〇)十一月十四日、寛斎とちくの五男として生まれる。名は篤信、字は子誠、通称ははじめ助三郎、二十六歳で剃髪して柔斎と称すること十余年、結婚し蓄髪してのち藩主より久兵衛(祖父の通称)を賜わった。以後損軒と号し、晩年致仕後に益軒と改めた。
“かいばらえっけん【貝原益軒】”, 国史大辞典, JapanKnowledge, https://japanknowledge.com , (参照 2018-06-21)

福岡藩に仕えていたころは「損軒と号し」、「致仕後に益軒と改めた」とあります。彼の致仕、つまり退職が認められたのは、『益軒先生年譜』(国会図書館蔵)によれば、元禄十三年(1700)、七月十日、七十一歳のことだそうです。少なくとも致仕する以前は、「益」軒ではなく、「損」軒と号していたわけですね。

さて彼には、元禄十年(丁丑、1697)に執筆した『初学知要』という著作があります。儒教のエッセンスを凝縮した便利な本といったおもむきのものですが、その自序をご覧ください。写真が二つありますが、上が京都大学人文科学研究所の蔵本、下が国会図書館の蔵本です。子ども向けの間違い探しのようで恐縮ですが、字が違うところが一箇所だけあります。お分かりになりますか?

shogakuZb
京大人文研蔵『初学知要』
shogakuKb
国会図書館蔵『初学知要』

お気づきのように、署名の部分、上には「損」軒、下には「益」軒とあります。このころはまだ損軒と名乗っていたはずですから、正しいのは上です。種明かしをすると、上は元禄時代に彫られた版木をそのまま使って印刷した本で、一方の下はその版木を使いつつも、一部にだけ変更を加えて江戸時代後期に印刷した本(後印本)なのです。

江戸後期の人にとって、損軒というのは馴染みの薄い名であって、それで有名な益軒に代えてしまったものかもしれません。そういう眼で眺めてみると、どうも「益」の字だけが少し太く、しかも左に寄っており、妙だとお気づきになると思います。

ジガバチ再考


『詩経』小雅「小宛」第三章に、「蜾蠃」という蜂が歌われています。

中原有菽,庶民采之。 中原に菽有り、庶民 之を采る。
螟蛉有子,蜾蠃負之。 螟蛉に子有り、蜾蠃 之を負う。
教誨爾子,式穀似之。 爾が子を教誨し、穀(よ)きを式(もっ)て之に似す。

この詩をめぐって、ジガバチが「象我象我」という呪文をかけて、青虫を蜂へと変身させるのだ、という説が慧琳『一切経音義』や『東宮切韻』に見えていることを、かつて紹介したのですが、最近、吉川忠夫先生の「本草余聞」を拝読したところ、楊雄『法言』が引用されており、以前の記事ではお恥ずかしいことにそれを見落としていたのを思い出しました。このことは、実は、以前の記事のコメント欄にて、藤田吉秋さまからのご指摘をいただきましたが、今回あらためて『法言』を見ました。

螟𧕅之子殪,而逢蜾蠃祝之曰:「類我,類我。」久則肖之矣。速哉!七十子之肖仲尼也。(『法言』學行。いま『法言義疏』卷一、中華書局本、p.9による)
青虫の子が死んでしまうと、ジガバチがそれに向かって「我に似よ、我に似よ」と呪文をかけることとなり、しばらくするとジガバチに似てくる。本当に速いものだ(ジガバチ以上だ)、孔子の弟子の七十子が(孔子に感化されて)孔子に似たことは。

「類我類我」の呪文は、すでに楊雄が述べたものだったわけです。

また、汪宝栄『法言義疏』には、関連の資料が周到に引かれており、陸璣『毛詩草木鳥獸蟲魚疏』にも「里語曰:呪云:象我象我」とあることなども知りました。失考をおわびし、謹んで補訂いたします。

なお吉川先生によると、陶弘景『本草集注』は、ジガバチは青虫に卵を産み付けているだけで、決して善意で青虫を救っているわけではない、詩の作者の不見識はまだしも、孔子がこのような事実に反する詩を『詩経』に採録するとは何たることか(「詩を造る者は乃ち詳らかならざる可きも、未審〔いぶかし〕、夫子 何為〔なんす〕れぞ其の僻に因る邪〔や〕」)、と「聖人」を批判したのですが、『法言義疏』に引く陳喬樅『魯詩遺説考』によれば、掌禹錫、厳有翼、董彦辰、葉大慶、范処義、戴侗、楊慎、王廷相などの人々がいずれも陶弘景に従い、ジガバチはただ青虫に卵を産み付けているだけと考えた、とのこと。影響力の大きさが窺われます。

わたくし自身は、『詩経』にこの詩が含まれていることについて、それほど目くじらを立てるようなことなのかとの印象を持ちましたが、『毛詩正義』によれば、鄭玄は『禮記』中庸の「夫政也者、蒲盧也」(政治というのは、ジガバチが青虫を育てるのと同じだ。鄭注は「蒲盧,蜾嬴,謂土蜂也」といってジガバチと解釈)という孔子の言葉と併せて考えたそうなので、儒教においては、ジガバチをお手本にしようという意識が根深くあると悟り、陶弘景の批判もやむなしと思えるようになりました。

余談ながら、汪宝栄『法言義疏』によれば、「そもそも蜂が人間のことばを話すこと自体がナンセンス」という説を王夫之『詩経稗疏』が唱えているそうで、これに賛同する「合理精神」の持ち主も多いようですが、汪宝栄自身は、これはただのたとえ話なのだから、「船山(王夫之)の譏る所は、子雲(楊雄)固より受けず」、といって退けています。

「本草余聞」


『杏雨』は、武田科学振興財団、杏雨書屋が刊行している雑誌で、その第21号(2018年5月)が近ごろ出ました。

この中に、吉川忠夫先生の「本草余聞」(pp.139-193)という随筆が掲載されており、先生の文章を文字通り渇望していた者として、欣喜雀躍どころではありません。

しかも、この「本草余聞」には、本草にまつわる十六篇ものエッセーが収められており、ページ数も多く、十分な読み応えがあろうことが、手にした瞬間に了解されたのでした。そのエッセーの題目を列記しておきましょう。

・陶弘景の『本草集注』と『真誥』
・謝霊運と杜甫
・遠志
・菊花
・人参
・薏苡
・王不留行
・当帰
・人乳
・鮧魚
・蟹
・蚦蛇胆
・木瓜
・苦菜
・酒
・聖人も闕有り

吉川先生が、同僚であった麥谷邦夫氏とともに研究班を組織して陶弘景『真誥』の訳注を成し遂げたことは、斯界の歴史にのこる大事業でしたが、その陶弘景のもう一つの著書、『本草集注』を糸口にして、本草関連記事を魏晋南北朝の文献に求めて縦横に語った諸篇です。

最後の一篇は、陶弘景が孔子に対して批判めいたことを述べていることを指摘したもので、私も以前少し触れたことのある、「蜾蠃」、すなわちジガバチにも関連しています。

一篇ずつ味わいながらゆっくり読みたいところでしたが、一気に通覧してしまいました。久々、吉川先生の文章の余韻に浸っているところです。

『中国古代史研究の最前線』


佐藤信弥氏から、近著『中国古代史研究の最前線』一冊を頂戴し、さっそく拝読しました。

佐藤信弥
『中国古代史研究の最前線』
出版社:星海社(星海社新書)/講談社発売
2018年03月

  • 序章
  • 第1章 幻の王朝を求めて
    第1節 殷墟の発見と甲骨学の発展
    第2節 夏王朝の探究
    第3節 古蜀王国としての三星堆
  • 第2章 西周王朝と青銅器
    第1節 西周紀年の復原
    第2節 非発掘器銘をどう扱うか
    第3節 周は郁郁乎として文なるか?
  • 第3章 春秋史を「再開発」するには
    第1節 『左伝』が頼りの春秋史研究
    第2節 東遷は紀元前七七〇年か
    第3節 盟誓の現場から
    第4節 春秋諸侯のアイデンティティ
  • 第4章 統一帝国へ
    第1節 陵墓と死生観の変化
    第2節 竹簡インパクト
    第3節 竹簡から何が見えるか
  • 終章
  • あとがき

佐藤氏は中国古代史を専攻しておられ、以前には『周 : 理想化された古代王朝』(中央公論新社 2016.9 中公新書 2396)という新書もお書きになっています。それを拝読した時も、知識の豊かさと健筆に舌を巻きましたが、今回も期待通り、大いに勉強させてもらいました。

中国古代史の全体がカバーされ、多くの新資料に基づき、近年の学術成果が紹介されているのが、本書の美点です。しかし、それにもまして私が興味深く読んだのは、日本の学者と中国の学者とでは考え方が異なる点への指摘や、また方法論の面への言及でした。単に最新情報を提供するのではなく、研究者が資料を如何に理解しているのか、何が問題とされているのか、そういったことが丁寧に述べられています。

たとえば、王国維(1877-1927)が提唱した「二重証拠法」という研究方法があります。伝世文献と出土史料、その両者によって古代史を証拠立てようという手法で、今なお強い影響力があります。それに対し、近年、西山尚志氏が批判を加えており、本書にその西山氏の議論を紹介しています。

関係する出土文献が現れなければ、伝世文献の記述は、取り敢えずは真実として扱わなければいけないということで、西山はこうした態度を、反証可能性を拒否・放棄し、反証によって真理に近づいていこうとするアプローチを閉ざすものだると批判する。そして、近代において二重証拠法は、多くの研究者がさほど重視していなかった出土文献の史料としての有用性を喧伝するという効果はあったが、一方で「伝世文献の内容は必ずしも偽ではない」「疑いすぎてはいけない」と、伝世文献に対する文献批判・史料批判を封じるという役割を担ったとし、反証不可能な命題をもって反証を封じることがどのような結果をもたらしたのかと、戦前の日本の歴史学の状況を想起させつつ問い掛ける(本書、pp.271-272)。

このような方法論上の問題が、一般読者に向けて語られていることは、とても得がたいことです。一般読者には敬遠されかねない話題ですが、それをすんなりと読ませてしまうところに佐藤氏の力量を感じました。これからもたくさんの本を書いて、我々を楽しませてくれそうです。

https://amzn.to/2HN9tsg

『インド哲学10講』


インド哲学についてはほとんど知るところがなく、常々それを恥じていたのですが、赤松明彦先生からご新著をいただき、これはよい機会だと思い読んでみました。

『インド哲学10講』
赤松明彦著
岩波書店 2018.3 岩波新書, 新赤版 1709

  • 講義をはじめる前に
  • 第1講 インド哲学のはじまりと展開―ウッダーラカ・アールニの登場
  • 第2講 存在と認識―新しい思想家たち
  • 第3講 存在の根源―「一者」をめぐって
  • 第4講 二元論の展開―サーンキヤ派
  • 第5講 因果論と業論―世界を動かす原理
  • 第6講 現象と存在―シャンカラの思想
  • 第7講 生成と存在―「なる」と「ある」の哲学
  • 第8講 言葉と存在―言葉はブラフマンである
  • 第9講 存在と非存在―言葉と普遍
  • 第10講 超越と存在―ヴァイシェーシカ派とニヤーヤ派
  • あとがき
  • 読書案内
  • 略年表

講義形式で書き進められていて、ヴェーダの正統から、文法学派、仏教、ジャイナ教まで論じられており、時代的にも紀元前7世紀から紀元後15世紀までに及んでいます。インド哲学の歴史をただ時間軸に沿って記述するのではなく、インドの哲人たちが「存在の根源」を如何に理解したか、また「因果」の問題をどのように考えたか、言語をどのようにとらえたか、など、哲学的なトピックを取り上げて、それに沿って著者の見解をお示しになった一冊です。

もちろん初学者にも十分ついて行けるよう、配慮はなされているのですが、インドの固有名詞や様々な概念が散りばめられており、門外漢にはなかなかフォローしづらいところもあります。

しかし個人的には、よく分かる(と思える)ところもありました。たとえば、第3講で語られている「根源的一者」なるものが、現象界の多様な個物とどのような関係にあるかについて、次のような整理があります(本書、p.60)。

  1. 根源的一者から多様な事物が産出される[増殖説]
  2. 根源的一者によって多様な事物が作り出される[創作説]
  3. 根源的一者が変容して多様な事物(実在)が実際に現れてくる[開展(転変)説]
  4. 根源的一者が変容して多様な事物(非実在)が幻影的に現れてくる[仮現説]

「根源的一者」とか「多様な事物」などと言われても、どうも得体が知れないと感ずる方もいらっしゃるかもしれませんが、私には分かりやすく思われたのです(勘違いかも知れませんが)。それは、「”根源的一者”とは、つまり老荘思想でいう”道”のことだな」「”多様な事物”とは、つまり中国の”万物”のことだな」というように、自分自身がある程度知っている中国思想の述語に置き換えて理解することができたからなのでした。

このような理解は、類似を手がかりとした類推に過ぎないので、危険と言えば危険なのですが、何も前提がないよりは分かりやすい、というわけです。

しかし、これだけでうまくゆくはずがありません。第9講「存在と非存在」というタイトルを、私は「”有”と”無”かな?」と早合点してしまったのですが、どうもしっくりときません。読み進めてみると、”非存在”とは、”はっきりと存在すると言えるに至る手前の状態の何か”、というような意味合いであって、中国でいう”無”ではないことが分かりました。そういう意味では、インド思想を中国風に理解する「格義」の限界を思い知らされもしました。

後半部分には、井筒俊彦のインド哲学理解に関する議論もあり、興味深く読みました。井筒の語った内容を、今の学者がさらに活性化させ、どんどん展開してゆく必要があると思っていたところなので、とりわけ印象深く感ぜられました。

それにも関連して「文法学派」の紹介があることなど、とても面白そうなのですが、全貌が十分にはつかめなかったのは残念で、少なくとも第8講・第9講くらいはよく分かるようになりたいと願っています。そのためには私の場合、本書に附せられた「読書案内」を手がかりとして、外堀から埋めてゆく必要がありそうに思われました。

https://amzn.to/2Hsy9Tx

リビネーションとは何ぞや?


狩野直喜『漢文研究法』(みすず書房、1979年)所収の「経史子概要」という文章を読んでいたところ、「リビネーション」という語に出会いました。

易を説くもの、古来幾百家なるかを知らず。……要するに、易は卜筮の書にして、天道を推して人事を明にするにあり。其の起原多くの野蛮人種に行はる「リビネーション」の類にして、極めて、単純なるものなりしならん。(本書、p.124)

「野蛮人種」云々の偏見についてはいま問わないこととしても、「リビネーション」とは何でしょうか?聞いたことのない言葉です。

色々考えて、やっと思い当たりました、英語のdivinationのことだ、と。占い、予言の類のことです。

答えが分かれば何ということもないのですが、しばらく頭を悩ませたのでした。

EKI

中国古典に親しむ

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。