荘周が「異鵲」—風変わりなカササギ—をはじき弾で撃とうとした一章は、『荘子』の中でも印象深く残っています。
莊周遊乎雕陵之樊,覩一異鵲自南方來者,翼廣七尺,目大運寸,感周之顙而集於栗林。莊周曰:「此何鳥哉?翼殷不逝,目大不覩?」蹇裳躩步,執彈而留之。覩一蟬,方得美蔭而忘其身;螳蜋執翳而搏之,見得而忘其形;異鵲從而利之,見利而忘其真。莊周怵然曰:「噫!物固相累,二類相召也!」捐彈而反走,虞人逐而誶之。莊周反入,三月不庭。藺且從而問之:「夫子何為頃間甚不庭乎?」莊周曰:「吾守形而忘身,觀於濁水而迷於清淵。且吾聞諸夫子曰:『入其俗,從其令。』今吾遊於雕陵而忘吾身,異鵲感吾顙,遊於栗林而忘真,栗林虞人以吾為戮,吾所以不庭也。」(『莊子』山木。郭慶藩《莊子集釋》,中華書局,p. 695-699)
福永光司氏『荘子 外篇下』(朝日新聞社、1978年、中国古典選15)から、訳(大意)を引用します。
荘周があるとき雕陵とよばれる国有林の地域内を散歩しているとき、一羽のけったいな鵲が南方から飛んできたのを見た。その鵲は翼の広さが七尺、目の大きさは直径が一寸もあり、荘周の額を掠めて通りすぎると、栗林のなかに舞い降りた。荘周は、「この鳥はいったい何ものであろう。翼はでっかいが遠くまで往けず、目は大きいが物もよく見えず、こんな林のなかに舞いこんできおった」とつぶやきなから、着物の裾をからげて大股に歩み寄り、弾を手にとって射(う)とうとした。
ところが、ふと見ると、一匹の蝉が今しも恰好な木蔭を得て身の危険をも打ち忘れ、その背後には螳螂が鎌を振りあげて、つかみかかろうとし、その螳螂は螳螂でまた獲物を前にして己れの身を忘れていた。すなわち、このけったいな鵲が螳螂の後から良き獲物とつけねらい、その鵲はまた、獲物に見とれて本当の自分を忘れていたのである。荘周はその光景を見てぞっとして言った。「ああ、万物は本来、危害を加えあい、利欲を抱くものは利欲を抱くものと呼応しあうものである」と。彼は弾を棄てて身をひるがえし、やにわに逃げ出そうとした。すると栗林の番人が泥棒と間違えてあとを追っかけ、彼を無法者としてきびしくとっちめた。
さて、我が家に帰ってきた荘周は、三ヶ月間というもの、じっとふさぎこんでいた。それを見た弟子の藺且が彼のところに行ってたずねた。「先生はどうして近ごろひどくふさぎこんでおられるのですか」。すると荘周は答えた。「わたしは形あるものにしがみついてわが身を忘れ、利欲の世界の濁水に目を奪われて真理の世界の清淵を見失ったのだ。それにわたしはこんな言葉をわたしの先生からお聞きしているよ。『世俗の世界に住むかぎり、世俗の世界の掟に従え』とね。ところが今、わたしは雕陵に遊んでわが身を忘れ、けったいな鵲がわたしの額をなぶってゆきおった。そして栗林のなかをうろついて自己本来の在り方を忘れ、栗林の番人に泥棒と間違えられてこの辱めを受けたのだ。これが無心の処世を志す者として反省せずにおられようか。わたしがふさぎこんでいるのも、そのためなのだ」。(本書、p. 109-112)
蝉が木蔭に休んでいて、その蝉を螳螂が狙い、螳螂を鵲が狙い、鵲を荘周が狙い、そして荘周を山林の番人が追い払った。視線が数珠つなぎのように連鎖しており、獲物を厳しく監視していながら、誰も自分自身が見張られていることに気づかないという面白さがあります。
しかし、特に面白いのは、『荘子』の書名にもなっている荘周その人が、その連鎖の一部として組み込まれてしまっていることでしょう。郭象はさすがにこの点を見逃していません。「荘子はたとえ話によって言いたいことを伝える。孔子をけなし、老子を貶め、上は三皇を攻撃し、下は自分自身まで痛罵しているのだ」、と。
この話はきっと秦漢時代の人の心も捉えたことでしょう。「蝉を螳螂が狙い、螳螂を鵲が狙い、鵲を人が狙う」というモチーフが、『韓詩外伝』『説苑』『呉越春秋』に見えています(王叔岷『莊子校詮』、p. 761)。『韓詩外伝』を見てみましょう。
楚莊王將興師伐晉,告士大夫曰:「敢諫者死無赦。」孫叔敖曰:「臣聞:畏鞭箠之嚴而不敢諫其父,非孝子也。懼斧鉞之誅,而不敢諫其君,非忠臣也。」於是遂進諫曰:「臣園中有榆,其上有蟬,蟬方奮翼悲鳴,欲飲清露,不知螳蜋之在後,曲其頸欲攫而食之也。螳蜋方欲食蟬,而不知黃雀在後,舉其頸欲啄而食之也。黃雀方欲食螳蜋,不知童挾彈丸在下迎而欲彈之。童子方欲彈黃雀,不知前有深坑,後有窟也。此皆言前之利,而不顧後害者也。非獨昆蟲眾庶若此也,人主亦然。君今知貪彼之土,而樂其士卒。」國不怠,而晉國以寧,孫叔敖之力也。(『韓詩外傳』卷十。屈守元《韓詩外傳箋疏》,巴蜀書社,1996年,p. 870より)
楚の荘王という王様が晋の国を討とうとしたところ、孫叔敖がそれを諫めて「蝉を螳螂が狙い、螳螂を黄雀(マヒワ)が狙い、黄雀を人が狙う」話を語り、目先の利益に目を奪われることの危険を説いたものです。
この話が面白くないのは、鵲を狙ったのが「童」とされていて、まったくの他人事で、自分が連鎖に巻き込まれて落ち込むというような深刻さがないことです。陳腐なお説教です。
『説苑』はどうでしょうか。
吳王欲伐荊,告其左右曰:「敢有諫者死!」舍人有少孺子者,欲諫不敢,則懷操彈,於後園,露沾其衣,如是者三旦。吳王曰:「子來,何苦沾衣如此?」對曰:「園中有樹,其上有蟬,蟬高居悲鳴飲露,不知螳蜋在其後也!螳蜋委身曲附欲取蟬,而不知黃雀在其傍也!黃雀延頸欲啄螳蜋,而不知彈丸在其下也!此三者皆務欲得其前利,而不顧其後之有患也。」吳王曰:「善哉!」乃罷其兵。(『說苑』正諫。程翔《說苑譯注》,北京大學出版社2009,年,p. 229-230)
呉王が楚を討とうとし、それを少孺子が阻止するために、みずから園林に身を潜め、「蝉を螳螂が狙い、螳螂を鵲が狙い、そして黄雀を狙う自分」を演出する、という趣向です。ここでは、少孺子自身を脅かす者は何もありません。『韓詩外伝』と大同小異ですが、それよりもさらにつまらない話になっています。
先秦・漢代の書物には共通する話柄が多いことはよく知られ、それら話柄はアーカイブのように保存され共有された、とされていますが、それにしても、出来不出来の差は大きいものです。
『荘子』山木篇の一章が、身を忘れ真を忘れがちな現代の読者にも自己の反省を迫るものであるのに対し、他の両書の話は、臣下が君主の戦争好きを諫める陳腐なお説教でしかありません。この差は、とても大きなものであるように思われます。
登場する鳥が、翼を広げると七尺もある大きく異常なカササギ(『荘子』)から、小さなマヒワ(『韓詩外伝』『説苑』)へと変更されているのも、矮小化の表れの一つと言えましょうか。