『宋書複音詞研究』


万久富『《宋書》複音詞研究』(鳳凰出版社、2006)を読んで、勉強になりました。487年、沈約という人の書いた、『宋書』という歴史書がありますが、この書物に用いられている熟語に関する研究です。

本書の第五章「《宋書》聯合式同素異序複合詞」の第三節「聯合式同素異序複合詞発展的内在機理」という一節が私の興味を引きました。

漢語では、しばしば同義・類義・反義の2文字を組み合わせて2字の熟語を構成するのですが、その際、第1字目に置かれる文字に関して法則性がある、というおはなしです。「平坦」というときの「平」も「坦」も似たような意味ですが、漢語では「坦平」とはいわない。これは何故か、という問題です。

 張鴻魁「〈世説新語〉并列結構的字序」は、「并列結構の字序は、第一に、そして主には声調により決定される。声調の規則というものが客観的に存在する」といい、「同じ声調に属する字の并列結構においても、字序は自由に置き換えられず、声調の規則の下に、さらにもうひとつの習慣、ないし規則が字順を制約している。字序を制約しているのは、声母の要素であり、我々はこのように声母が字序を制約していることを「声序規則」と呼んでいる」という(『魏晋南北朝漢語研究』281頁、286頁)
張氏は前後の文字の確率統計に基づいて、以下の結論を導き出した、「一般的に「前清後濁」であり、「明」類の字(「明」母、「微」母、「泥」母、「疑」母)は多くの場合、後ろに置かれ、「影」母の字は多くの場合、前に置かれる」など、と。
李思明「中古漢語并列合成詞決定詞素次序諸因素考察」は、「并列合成詞の詞素の配列順序に対して影響をもつのは、まず第一に声調、次に声母で、韻母はいかなる作用も及ぼさない」という(『安慶師範院社会科学学報』1997年、第1期)。 (万久富『《宋書》複音詞研究』より)

本書の著者である、万久富氏は、『宋書』に見えるさまざまな語彙のうち、後世、使用されなくなってしまった語彙を検討しているのですが、その結果、以上の原則から外れるもの(「源淵」「泄漏」など)が、多く淘汰された、という結論を導いています。

漢語の語彙を考えるについて、実に興味深い視点です。同義語・反義語を組み合わせた熟語について、いろいろと考えてみることが出来そうです。

*Webcatによると、所蔵図書館は、7館(本日付)。

輯略のはなし


内藤湖南「支那目録学」は、日本語で読める目録学史概説として、現在でもその価値と輝きを失っていません。このことは、すでに以前の記事で書いたとおりです。

しかし、内容的に同意しかねるところもあります。その一つが、『七略』の「輯略」に関する問題です。

『七略』とは、前漢の末期、劉歆(りゅうきん)という学者がまとめた、中国で初めての本格的な図書目録です。現在は伝わっていませんが、輯略・六芸略・諸子略・詩賦略・兵書略・術数略・方技略という七つの部分から出来ていたそうです。

この『七略』をもとに、現存最古の目録、『漢書』芸文志が出来ているのですが、両者の関係について、湖南は次のようにいっています。

 現存の支那の目録では、漢書の藝文志が最も古いものである。漢書は班固の生前には出來上らないで、その妹の曹大家が完成したものといふが、藝文志は班固自身の手に成つたものであらう。後漢の中葉、西洋紀元一世紀の終り頃に出來たものである。
大體、漢書藝文志は、班固が自分で書いた處は、最初の敍文ぐらゐの僅かばかりで、その全體の大部分は、劉歆の七略によつて書いたのである。七略の中の六略を採つて載せたので、七略の一つである輯略は藝文志には載せられてゐない。

湖南は「七略の一つである輯略は藝文志には載せられてゐない」といっています。また、湖南の敬愛する清朝の目録学者、章学誠も、その『校讐通義』において「班固は輯略を削って、六略だけをのこした」といっています。湖南はこの説を襲っているのでしょう。

しかし、多くの目録学者は、「輯略は、ちゃんと『漢書』芸文志に収まっている」と考えているのです。これについては、早く姚振宗(1842-1906)が『七略佚文』の序で主張しています。その結論は、現在、『漢書』芸文志に見える各分類の解説(「小序」と呼びます)は、「輯略」を分割して載せたものである、というものです。それゆえ、「輯略」は今も伝わっている、といえるのです。

この説が正しいであろうことについて、余嘉錫『目録学発微』巻二、「目録書体制三 小序」が詳しく考証しています。

なお、「班固が自分で書いた處は、最初の敍文ぐらゐ」と湖南がいう「最初の敍文」は、しばしば「大序」と呼ばれますが、この部分も、姚振宗によれば「輯略」を元にして書かれた、ということで、姚氏はそれを『七略』の佚文として『七略佚文』に載せています。

私も姚氏と同様、大序は、大部分、「輯略」の文章を踏襲したのではないかと思いますが、これについては、いずれあらためて考えてみたいと思います。

『七略』は滅んでしまったものの、『漢書』芸文志によって、その大体を知りうる、というお話でした。

湖南による高似孫紹介


内藤湖南「支那目録学」の特色のひとつとして、宋代の目録学に紙幅を割いている点が挙げられるでしょう。

宋代目録学の成果として、『新唐書』藝文志・『崇文総目』・『秘書省続編到四庫闕書目』・『遂初堂書目』・『郡斎読書志』・『直斎書録解題』・『通志』・『史略』・『子略』・『玉海』・『文献通考』が紹介されています。内容豊富と言うべきです(『中興館閣書目』及び『続書目』についての言及がないのは奇異に感じられますが)。

この中でも、特に注目したいのは、高似孫(1158-1231)の『史略』・『子略』についての説明、ならびに高似孫の学風についての考察があることです。

大體彼のやり方は、宋の時の一般のやり方と異り、漢以來の古い學問の仕方を復活せんとした。鄭樵の目録學の影響を受けながら、それより一段内容に立入つて考へ、又鄭樵の目録學は自己の頭で組織立てた理論であつたが、高似孫はすべて昔からあるものについて之を組織しようとした。即ち歴史に關する理論も、昔から多くの人が書いたものを引き拔いて並べると、そこに一種の史學が出來る。目録學より見て史學・諸子の全體を知らしめ、しかも自分の組立てた理論でなくして、人の議論を順序よく並べて、昔の人の議論で自分の説を立てようとする。これは學問の深い人でなければ不可能のことである。

 これは内藤湖南ならではの見方で、高似孫の学問はともすれば、単なる抜き書きとも見なされかねないものです。また、目録書でもないので、一般的に目録学史で触れられることはほとんどありません。

『史略』は中国で早く失われ、日本にのみ伝存した書物なので、湖南がこれを顕彰したかったとの見方も出来ますが、むしろ、高似孫の学問への深い理解を読み取るべきでしょう。なお、『史略』の宋版は現在、重要文化財に指定され、内閣文庫に蔵されており、オンラインでも紹介されています。http://www.archives.go.jp/owning/important.html

宋代は、木版印刷がはじめて本格化した時代で、それゆえにこそ、書物観が大きな変化を遂げた時代です。今日、我々が中国の書物史を考える場合にも、この変化には是非とも目を向ける必要があります。ともすれば、目録学史は分類の変遷にのみ目を奪われがちとなり、この変化に対して鈍感です。湖南による宋代目録学の解説は、この点、バランスがとれているものと感じられます。

湖南の劉向評価


内藤湖南(1866-1934)の全集、第12巻に収められている「支那目録学」は、日本語で読める目録学概説としてはまず第一に読むべきものでしょう。内藤乾吉氏による全集の「あとがき」を引用しておきましょう。

「支那目録学」は、大正十五年の四月から六月まで、京都大学の東洋史学科の特殊講義として、十一回を以て講じたものである。著者はこの年の八月に大学を退いているから、これが大学在職中の最後の講義である。他の講義同様、著者自身の草稿はないので、聴講者のノート数種と、著者が使用したと思われる資料とを参照して整理した。文中の標目はその際に便宜施したものである。整理をしたのは昭和二十四年八月であるが、当時刊行の機を逸し、このたびはじめて印行するものである。

大正十五年といえば、西暦で1926年です。この講義では、劉向から章学誠までの目録学をとりあげており、同時代の孫徳謙(1866-1935)が書いた『漢書芸文志挙例』『劉向校讐学纂微』を参考にしています。当時、中国の学者が目録学に対して持っていた関心にまさに呼応したものです。

「支那目録学」の魅力のうち、最大のものは、司馬遷と「二劉」、すなわち劉向(りゅうきょう)父子の学問についての比較だと思います。

漢代までの支那の學問を總括して考へたものに、二通りの種類がある。一は司馬遷の史記で、一は二劉の學である。

湖南は、春秋戦国時代に成熟した中国文化の総括こそ、司馬遷の学問であり、劉向の学問であると考えます。まず、司馬遷の学問をこう語ります。

あらゆる學問の中で、最も總括的な最大の學問は史學であつて、史學は世の中を經綸する學問であり、史學が古來から漢代までの學問の關係を知る學問であるとし、この根本の古今一貫した學問を知れば、當時世に殘つてゐる書籍はそれによつて總括せられ、色々の本はあつても、その全體に關係があり、世の中の經綸に役立つといふ考へで史記を書いたのである。

一方の劉向の学問はどうか。

二劉はこれと異り、司馬遷が史記に載せないで、そのままにして世間に殘しておいたその方を全體に總括したのである。これは一書毎に解題を作り、その由來・主張・得失を一一の本について書き、之を子目ごとに一纏めにし、更にそれを一纏めにして六略の各部類とし、全體を六略とし、その六略の上に輯略を作つて全體を總論した。即ち各々の本の部分的方面より見て行き、最後に總括されたところで、人間の思想・技術が古來如何に動いたかを見たのである。即ち司馬遷の殘した部分的のものを一つに纏めた。當時の學としては、司馬遷の如く歴史の中心から總括したものと、二劉の如く各部分より總括したものと、この兩方より見て全體の學問が分るのである。

以上のように、司馬遷と劉向とを対比した上で、次のように総括します。

この二書は、漢代の最大の學術的收穫で、これだけで支那の學術は盡きてゐると云つてもよい。その後、書籍も色々出來、分類法も色々變つたが、全體に於てこの二大學問の流れに過ぎぬ。

中国史において、前漢という時代がもっている特別な意味を再考せざるをえません。中国文化の第一の総括がここで徹底的に行われ、後世においても、この枠組みが有力に機能した、というわけです。

それと同時に、中国の伝統学術がもっていた特徴的な傾向、すなわち司馬遷的な史学と、劉向的な文献学とがその根幹になっていることを思い知らせるものです。

この説は、中国の伝統学術をかなり極端なかたちで単純化していますが、見識に満ちた湖南らしい、的を射抜いた考えであると思います。

*Webcatによると、所蔵図書館は、274館。

目録学はそれほど大切なのか?


清朝の学者、王鳴盛は、目録学を評して次のようにいいました。

目録の学は、学中の第一の緊要事なり、必ずこの問塗に従りて、はじめて能くその門を得て入る。(『十七史商榷』)

「目録学は、学問の中でなにより重要なのだ。目録学によらなければ、学問の殿堂に立ち入ることすらできないのだ」ということです。この一文、目録学者にとっては、目録学への愛情をいたく刺激するものらしく、大家の先生から学生さんまで、中国人も日本人もなく、こぞって論文の冒頭に引用します。

どうも、私はこの台詞を好きになれません。この文を目にするたびに、何ともいえない「いらだち」がこみ上げてくるのです。その「いらだち」というのが、自分でもおかしいくらいなので、分析してみました。

  1. 内容があまりにも高圧的。「第一の緊要事」って、みなさん、本当にそう信じているんでしょうか?ほかにもっと大切なことがあると思いますが……。
  2. 陳腐であること。引用を繰り返す方に申し上げたいのですが、いいかげん、聞きあきました。陳腐においては他の追随を許さない中国古典研究の世界に身を置き、かなりの忍耐力はあるつもりですが、この繰り返しには耐えられません。もう勘弁してください。
  3. 王鳴盛が好きでないこと。この業界、大学者を軽々しくそしるのは御法度なのですが、人間、好き嫌いがあるのはやむをえないことです。全世界の王鳴盛ファンのみなさん、ごめんなさい。

別にそんな大げさなことをいわなくても、中国古典に、そして目録学の勉強にいそしめば、よいではないですか。こと目録学への愛着については、私も人後に落ちません。「どれくらい目録学が大切なのか」、じっくり考えてみたいと思います。

目録学について


内藤湖南(1866-1934)という偉い学者が、次のように言っています。

目録學は支那には古くからあるが、日本には今もつて無い。これは目録といつても、單に書物の帳面づけをするといふやうな簡單なことではない。支那の目録學にはもつと深い意味がある。これを知らないと、書物の分類も解題もできない。のみならず、今日實際に當つて、色々のものを見るのに困る場合が多い。日本の目録には、意味のないことが多い。かの佐村氏の「國書解題」などでも、箇々の書の特質を標出し得ずして、何れの書にも同樣の解題をしてあるやうな處があつて、解題の意味をなさぬものがあるが如きである。(「支那目録學」、『内藤湖南全集』巻12、筑摩書房、1970年所収)

内藤湖南のみならず、目録学を重要と考える漢学家は多いのです。「前近代中国の文献を扱うためには絶対に目録学が必須」というのが、中国の古文献を取り扱う研究者の心得になっているようです。

学生時代にそのような話を聞いて以来、私も目録学なるものに関心を持ち続けているのですが、なにより残念なのは、目録学に関する自分の理解が一向に深まらないことです。むしろ、最近では混乱をきたしています。その原因を考えてみて、適確に学説を整理せず、いい加減に読み飛ばしてきたことに思い至りました。目録学を勉強しなおすつもりです。

そこで、しばらくは、この目録学関係の著作を取り上げて、思う所などを綴ってゆきたいと思います。この先しばらく、章学誠・孫徳謙・姚振宗・姚名達・余嘉錫・内藤湖南・倉石武四郎ら、目録学の大家の論著を語ってみようと思います。

ご挨拶


 どんな書物を読んでも、すぐに忘れてしまいます。困ったものです。備忘録が欲しいと思っていたところで、書評のブログを作りたくなりました。もちろん、人様にお示しするようなものではないのですが、もしも同好の士があれば、是非ともおつきあい願いたいものです。

 書評といっても、たいそうなものではありません。気楽なメモにしようと思っています。しかし、もともと口が悪いたちですので、毀誉褒貶を加えたくなってしまうかも知れません。

 さらに書評といっても、自分の気の向いた書物しか読みませんし、私の関心は漢学に偏っていますので、たとえばベストセラーや受賞作品といった、一般読書界の関心事とは、まったく無縁です。まず、アマゾンで買えない書物ばかり取り上げることになるかも知れません。

 とまあ、ごらんの通り、偏屈者の戯れごとです。日本書と中国書を中心に、たまには英語の書物も読んでいこうかと思っています。よろしくおつきあいのほど。