湖南による高似孫紹介


内藤湖南「支那目録学」の特色のひとつとして、宋代の目録学に紙幅を割いている点が挙げられるでしょう。

宋代目録学の成果として、『新唐書』藝文志・『崇文総目』・『秘書省続編到四庫闕書目』・『遂初堂書目』・『郡斎読書志』・『直斎書録解題』・『通志』・『史略』・『子略』・『玉海』・『文献通考』が紹介されています。内容豊富と言うべきです(『中興館閣書目』及び『続書目』についての言及がないのは奇異に感じられますが)。

この中でも、特に注目したいのは、高似孫(1158-1231)の『史略』・『子略』についての説明、ならびに高似孫の学風についての考察があることです。

大體彼のやり方は、宋の時の一般のやり方と異り、漢以來の古い學問の仕方を復活せんとした。鄭樵の目録學の影響を受けながら、それより一段内容に立入つて考へ、又鄭樵の目録學は自己の頭で組織立てた理論であつたが、高似孫はすべて昔からあるものについて之を組織しようとした。即ち歴史に關する理論も、昔から多くの人が書いたものを引き拔いて並べると、そこに一種の史學が出來る。目録學より見て史學・諸子の全體を知らしめ、しかも自分の組立てた理論でなくして、人の議論を順序よく並べて、昔の人の議論で自分の説を立てようとする。これは學問の深い人でなければ不可能のことである。

 これは内藤湖南ならではの見方で、高似孫の学問はともすれば、単なる抜き書きとも見なされかねないものです。また、目録書でもないので、一般的に目録学史で触れられることはほとんどありません。

『史略』は中国で早く失われ、日本にのみ伝存した書物なので、湖南がこれを顕彰したかったとの見方も出来ますが、むしろ、高似孫の学問への深い理解を読み取るべきでしょう。なお、『史略』の宋版は現在、重要文化財に指定され、内閣文庫に蔵されており、オンラインでも紹介されています。http://www.archives.go.jp/owning/important.html

宋代は、木版印刷がはじめて本格化した時代で、それゆえにこそ、書物観が大きな変化を遂げた時代です。今日、我々が中国の書物史を考える場合にも、この変化には是非とも目を向ける必要があります。ともすれば、目録学史は分類の変遷にのみ目を奪われがちとなり、この変化に対して鈍感です。湖南による宋代目録学の解説は、この点、バランスがとれているものと感じられます。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中