湖南と仏経目録


内藤湖南「支那目録学」の中で、もっとも納得のゆかない部分をひとつ。それは、仏教書の目録に対する評価です。

 阮孝緒の頃は、僧祐が出三藏記を作つた頃であるが、これはもつと便宜的の目録で、殆ど學問上の意味をなさない。大體佛教の方の目録は、その後まですべて索引目録が主で、内容目録になつたことはない。佛教學者には目録の智識は發達しなかつた。

僧祐(445-518)の『出三蔵記集』といえば、仏教目録の金字塔です。一五巻の内訳は以下の通り。

  • 撰縁記:巻一
  • 詮名録:巻二-五
  • 総経序:巻六-一二
  • 述列伝:巻一三-一五

「撰縁記」は経典の成立を説いた記事を集めたもの、「詮名録」は目録、「総経序」は経典訳出の際につけられた序文を集めたもの、「述列伝」は訳経者の伝記、と、非常に周到に組み立てられています。特に、目録を補佐する「撰縁記」「総経序」「述列伝」の周到さは、同時代の一般書の目録を遥かに凌駕しています。湖南の「便宜的の目録で、殆ど學問上の意味をなさない」などいう評価は、とんでもない誤りです。

1938年に「中国文化史叢書」の一冊として出版された姚名達(1905-1942)の『中国目録学史』は、「宗教目録篇」という篇を設け、大きな紙幅を割いて仏経目録を熱く論じました。なかでも『出三蔵記集』については、きわめて詳しく紹介しています。

 遥かに安録(道安『綜理衆経目録』)を続ぎ、近く『別録』(『衆経別録』)を接ぎ、一切の経録を嚢括しその大成を集むる者は、釈僧祐の『出三蔵記集』為り。

姚名達は、僧祐の「撰縁記」は、劉歆『七略』が学術の源流を論じたのに相当し、「総経序」「述列伝」は劉向の解題に当たる、といいました。僧祐のこの目録がこれほどまでに成功し得た理由も、詳しく説明してあります。

仏書目録の意義とその到達点を見誤っている点が、湖南目録学の最大の弱点であろうと思います。

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