姚名達の新鮮さ


姚名達(1905-1942)が、その著、『中國目録學史』(商務印書館,中國文化史叢書,1938)を「是の書は絶えて成熟の作には非らず」(自序)と認めたことは、以前のエントリーで紹介しました。

ところが姚名達は、この書物が未熟であることを認めつつも、同じその自序に、続けて自己の書物の独自の見解があると述べ、それらを次のように例示しています。

  1. 『別録』に「輯略」はなかったこと。
  2. 『詩』『書』は、いずれも叢書であること。
  3. 『隋書』経籍志の四部は、『七略』『七録』の嫡流であり、荀勗や李充の四部分類の後身ではないこと。
  4. 仏経を分類した『旧録』及び『別録』とは、支敏度の『経論都録』及び『別録』であること。
  5. 馬懐素が『七志』の続編を作ろうとしたのは、褚無量が「四部を整比」したのとは異なる仕事であること。

なるほど、目録学史上の、おもしろい論点ばかりです。今なお、学術史的な関心を喚起します。

ただ、こう列挙すると、姚名達が専門的に伝統的な目録学を治めたようにみえるかも知れませんが、そうではありません。姚氏は、積極的に西洋の学問(当時、「西学」と呼ばれた)を取り入れているのです。

たとえば、「分類篇」には「新分類法創造之嘗試」「西洋近代分類法之進歩」「杜威(Melvil Dewey)十進法之接受與修正」の3節を設け、また「専科目録篇」には、西学の諸分野に対応すべく「訳書目録」「哲理目録」「教育目録」「社会科学目録」「自然科学目録」「応用技術目録」などの創成を提案し、その具体的な方策を説いています。

さらに、「結論篇」は、「古代の目録学についての著者の感想」「現代の目録学についての著者の感想」「将来の目録学についての著者の感想」と3節に分かち、それぞれに対して自分の見解を披露しています。簡単な総括ではありますが、姚氏のバランスの良さをうかがわせます。

目録学の研究においては、得てして古代に対する視線が圧倒的なものとなりがちですが、姚氏のそれは、現状、そして未来への態度が極めて明確な学風です。

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