『辞通』の価値が分からない人々


 1934年、開明書店は朱起鳳(1874-1948)の『辞通』を出版しました。この書物の出版に際しては、多くの著名人が序文を寄せました。章炳麟・胡適・銭玄同・劉大白・林語堂・程宗伊の諸人です。まことに多彩な顔ぶれで、序文だけでも、たいへんに読みごたえのあるものです。

 中でも、私がおもしろいと思うのは、銭玄同(1887‐1939)の序文です。1934年1月、『辞通』の見本数巻分を示された銭玄同は、さっそくそれを読みました。

 私はそれを慌ただしく一通り読み、この書物が、一つのことばの様々な変形を集め、「某は某の音近きの仮借なり」、「某は某の義同じきの通用なり」、「某は某の字形の譌舛なり」などと説明したものであることを知った。
 さらに、本来は別々のことばであるのに、音が近く通写されるために混乱して区別しがたいもの、たとえば「君臣」と「群臣」との関係は、意味が異なるのに、「君臣」を「群臣」と書いたり、また「群臣」を「君臣」と書いたりするが、こういった類については、それらを分けて、いちいち説明を加えてある。

 以上のように『辞通』の内容を紹介した後、銭玄同は次のように評価を加えます。

 およそ先人の「文を望みて訓を生ず」る弊害を、この書物では少なからず訂正しており、先人の「知らざるを蓋闕す」ることについても、この書物は少なからず究明している。書物の中に、先人の精確な説についてはもちろん採用してあるが、ただし朱先生みずからの独創が実に多く、すべての条にどれも彼の独得の見解が示されているといってもよいほどである。…。語言文字の学に関する前代の著作のうち、創見が最も多いのは、黄生の『字詁』と『義府』、方以智の『通雅』、王念孫の『広雅疏証』、朱駿声の『説文通訓定声』の数書ほどしかない。朱先生の『辞通』は、創見の多さではそれら諸書に劣っておらず、むしろ凌駕しているとさえいえよう。

 言語に関わる著作として、最高級の評価が与えられていることが分かります。さらに、銭玄同は、『辞通』が、他の巨大字書・巨大辞書とどのように異なるのかを次のように語ります。

 清の聖祖、愛新覚羅玄燁の『康煕字典』と『佩文韻府』の両「劣書」にいたっては、でたらめに編纂されたもので、欠点ばかりであり、抜き書きすら不十分で、精通していないというレベルをも、はるかに下回るほどなのに、学のない連中は、それらの巨大さに驚き、大切な書物として奉じており、ひどいのになると西洋人の吐き捨てた余りものを有り難がり、この二つの「劣書」を中国のことばの宝庫であると見なし、今後、辞典を編纂するには必ずこれら二つの「劣書」を主要な資料とすべし、とまで考えているのである。
 このような連中は、決して『辞通』の価値を理解できぬに違いない。彼らは朱先生の創見について「武断である」と退け、『辞通』の案語の簡潔さについても「固陋である」と退けるやも知れないのだ!

 銭玄同の『辞通』評価が完全に正しいか否かの判断は、我々読者の一人一人の検討にゆだねられるとしても、私は、銭氏の怒りにかなり共感することができます。辞典の質ではなく、その厚さでしか価値をはかれぬ輩は、いつの世にも多いものです。そして、そういう輩の発言力の方が圧倒的に強いこと、これもいつの世にも変わらぬことでしょう。

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