評価ということ


 昨日、ある場所で加藤秀俊氏の講演を拝聴。お話をうかがうのは初めてだったが、思わず身を乗り出した。

 学問の評価という問題をめぐって発せられた、「こんにちほど批評というものがおとろえた時代はない」という警抜な一言に慄然とした。文芸批評・美術批評・建築批評の低迷。学問を評することについても、もちろん、寒々しい状況は同じである。

 加藤氏は「誰が評価するのか」と問いかけられた。各種の賞、各種の助成金がたくさんあるにも関わらず、多くの場合、この「誰が評価するのか」が明らかにならない。

 多くの書評はあっても、書物の核心に斬り込み、読者の印象にのこるほどのものが、どれだけあるだろう。

 「目利き」が口を閉ざしているのが、今日の状況ではないのか。

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