符定一と章炳麟


聯緜字典(章炳麟) 符定一(1877-1958)の『聯緜字典』が初めて正式に出版されたのは、民国三十二年(1943)七月のこと、北京の京華印書局から出たものです。全十冊。

書物の題簽は、符定一本人が、篆文で「聯緜字典 定一題」と書いています。

第一冊の表紙を開くとそこに封面があり、「聯緜字典 章炳麟題」とあります。書名は篆文、書名は行書、「太炎」の朱印を捺します。これが、初版の『聯緜字典』に寄せられた、章炳麟(章太炎)の題詞です。

初版の『聯緜字典』には、卷首に「本書紹介文件」として、一「教育部国語統一籌委会中国大辞典編纂処通告」と二「北平各大学教授啓事」を載せます。このうち後者に、次のような文句が見えます。

符君『聯緜字典』一書、蒐羅宏富、取材精審、実為読古籍必備之参考書、甚足嘉恵士林。章太炎先生「復玄同書」称:「其実較明人『駢雅』為優」。……。銭玄同・楊樹達・呉承仕・高潤生・黎錦熙・高歩瀛・郭紹虞・劉異、同啓。民国二十二年五月。


ここに、章炳麟と『聯緜字典』との関係をかいま見ることができます。すなわち、章炳麟は銭玄同(1887-1939)に宛てた手紙の中で、『聯緜字典』を「明人の『駢雅』と較ぶるに優れりと為す」と評しているわけです。

「明人の『駢雅』」とは、小学の低迷期と章氏が考えた明代、朱謀*(しゅぼうい、明の宗室)が作った熟語の辞典です。章炳麟は『辞通』に寄せた序文の中でも、この辞書を引き合いに出しています。

それを考えると、「明人の『駢雅』と較ぶるに優れりと為す」という章炳麟の評語は、符定一にとって、嬉しいものであったかどうか。複雑なものを感じたかも知れません。初版本『聯緜字典』の第十冊の末には「作者以三十年専力著成此書。章炳麟・黄侃・葉徳輝・王樹枏、群相推重」という宣伝文が見えますが、実のところ、章炳麟の評価がそれ程高いものであったとはいえないのです。

なお、初版が出た民国三十二年(1943)、章炳麟(1869-1936)はすでにこの世の人ではありませんでした。しかし、前述した「北平各大学教授啓事」が民国二十二年(1933)に出されたことを考えると、正式出版前とはいえ、この頃、すでに『聯緜字典』の原稿は一応できあがっていたはずです。この段階で、符定一が章炳麟に題詞を依頼したものでしょう。まだ未完成の書物、あるいは出版の予定の決まらない書物のために、あらかじめ題詞をもらっておくことは、よくあることのようです。

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「符定一と章炳麟」への2件のフィードバック

  1.  章炳麟と符定一との関係が分かりました。ありがとうございます。紹介文の文字面、特に「蒐羅宏富、取材精審、実為読古籍必備之参考書」だけを見ると、章炳麟が絶賛しているかのようにみえてしまいますが、その言葉の奥にある、書き手の本音を見抜くことが大事なのですね。勉強になります。
      『聯緜字典』、あまり評価が高くないとのことですが、今後私自信がそのことを実感できるようになるまで使いこなせれば良いなと思っています。

  2.  私は章炳麟が大好きです。彼が人をけなすのが一流であることは、よく知られていますが、人を褒めるときにもトゲがあります。そこを読み解くのが、とても楽しいのです。私も性格が悪いので。
     『聯緜字典』、評価の問題に言及したのは、軽率だったかもしれません。私も時間をかけて検討してみたいと思います。

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