活字は活きている


活字の凹凸 「活字が大好きなのだけど、最近はコンピュータで作った本ばかりになってしまって…」と嘆いていたところ、李白を愛する若き学徒、I君が、「そんなことはまったく意識したことがなかった。どうやって活字本を見分けるのですか?」と問います。

 「まぶたを閉じて、本文の紙をなでてごらんなさい。活字本には凹凸があるから、指先の感触で分かるでしょ?」と答えます、「この凹凸が、立体的に見えて脳裏に焼き付き、内容もありありと覚えていられるんですよ」。

 I君は、「本当だ!凸凹だ!確かに立体だ!」と感心することしきり。「字が活きている!」

 I君には疑問がわいてきたようです、「なぜ、活字は活字というんでしょう?」

 私、「君がいま、いみじくも言ったではないか、字が活きているからでしょう!」と。

 指導の行き届いているI君は、その場で『辞源』を引き、「活字版」の項を確認します。他愛のない私の嘘はたちどころに露見しました。

 それにしても、「字が活きている」とはうまく言ったものです。いま本屋に並んでいる本よりも、古本屋に並んでいる本をこそ私が愛好するのは、ひとつには、活き活きとした活字の魅力にとらえられてのことです。

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『古代漢語虚詞詞典』を使う


 私の別ブログ「文言基礎」にて、『古代漢語虚詞詞典』(商務印書館、1999)を使って、『詩経』の「摽有梅」と「有蕡其實」の「有」字をそれぞれ調べてみました。

 『詩経』の虚詞は、慣れないと分かりづらいと思いますが、『古代漢語虚詞詞典』をこまめに引けば、身につくはずです。使い方の一例として紹介しました。

『古代漢語虚詞詞典』の附録


このところ当ブログで取り上げている、中国社会科学院語言研究所古代漢語研究室『古代漢語虚詞詞典』(商務印書館)の話題の続きです。

この書物の附録、といっても、ただ「主要参考書目」と「例句引用古籍書目」の二つ、ページにしてわずか20ページほどのものに過ぎません。しかしながら、こうして二つの目録を添えたことは、とても良心的なものと感じられます。

まず、「主要参考書目」。『説文解字』から『広釈詞』まで、47種の語学書が、時代順に並べてあります。『説文解字』『広韻』など、古代の辞書が見えるのはもちろん、そして段玉裁『説文解字注』など、伝統的な小学研究が見えるのも当然ですが、それらとともに、馬建忠『馬氏文通』、呂叔湘『文言虚字』など、近代的な研究書が連ねられています。

いうまでもなく、先行研究をまとめれば書物になる訳ではありませんから、これら47種の参考書を読めば『古代漢語虚詞詞典』が出来るわけではないのですが、このブック・リストを一つの参考として、語学書を書架に備えてみるのもよいかも知れません(完備を目指す、という意味ではなく)。

呂叔湘『文言虚字』(上海教育出版社、1959)は、私の好きな書物の一つです。私の持っている本(上海教育出版社、1978)は、150ページほどの薄いもので、本文は112ページしかありませんが、その内容は充実しています。そのうち、このブログでも取り上げます。

『文言虚字』は代表的な虚字、24字について微に入り細をうがって説明した解説です。両書をつきあわせて確認してみますと、『古代漢語虚詞詞典』には、『文言虚字』の内容が十分に取り入れられていると思われました(素人考えなので、いい加減なことを言うと、文法学者に叱られるかも知れませんが)。やや煩瑣にわたる『文言虚字』の解説をこうしてうまく整理するとは、恐れ入ったものです。

もう一つの附録、「例句引用古籍書目」は、本書に大量に引用される、古典の例句の厳密な出典を一覧表にしたものです。出典が古くは金文・経書から、新しくは章炳麟に及んでいることにも驚かされますが、特筆すべきは、それぞれについて、善本・精校本を選んで引用していることです。虚詞のような微妙なものは、異文を生じやすく、特に慎重に扱うべきでしょうから、依拠した版本が明記されているのは、ありがたいことです。良い校本がある場合はそれを、良い校本がない場合は『四部叢刊』本などの善本を選ぶなど、丁寧な様子がうかがわれます。

『古代漢語虚詞詞典』


中国社会科学院語言研究所古代漢語研究室『古代漢語虚詞詞典』(商務印書館)は、とても良い虚詞の辞典です。

  1. 虚詞の原義に始まり、その後の歴史的な変遷を概観してあること。
  2. 品詞を区別し、さらにその意味・用法を適切に(簡単すぎず・煩瑣すぎず)分けて記述し、文における位置と機能を明記していること。
  3. 用例の選択が厳密であり、用例が豊富であること。

これだけの条件を満たす辞典は多くありません。「虚詞なら『漢語大詞典』を見ればよい」という人もいますが、『漢語大詞典』はこれらの条件を満たしていません。

凡例によると、次の合計1855条の虚詞を収めています。

  • 単音虚詞が762条
  • 複合虚詞が491条
  • 慣用詞組が289条
  • 固定格式が313条

単音虚詞というのは、どの虚詞辞典にも収める「于」「所」「以」などですが、複合虚詞・慣用詞組・固定格式については説明が要りますから、少し例を挙げましょう。

複合虚詞とは、「庶幾」「然則」など。「庶幾」は二字で副詞となり、「然則」は二字で連詞となります。

慣用詞組とは、「非唯」「如何」など。それぞれ二字でひとつの品詞とならず、「非唯」は副詞「非」と副詞「唯」とを結合させたもの、「如何」は動詞「如」と疑問代詞「何」とを結合させたもの。慣用的に二字同士で結びつくことが多いが、文法上、二字でひとつの詞として扱われない点で、複合虚詞と異なります。

固定格式とは、「既…又…」「雖…然…」など、一定の呼応関係をもつもの。

以上のように、単音(単字)の虚詞のみならず、複音の虚詞を収録している点も、本書の特徴です。実用上、この方が便利です。

本書の序文によると、本書の編者の多くは、『古代漢語虚詞通釈』(何楽士・敖鏡浩・王克仲・麦梅翹・王海棻 編、北京出版社、1985年)の編者と共通する、とのことです。しかし、『古代漢語虚詞通釈』の蕪雑さとは比較にならないほど、本書『古代漢語虚詞詞典』はよく整理されています。

*中国社会科学院語言研究所古代漢語研究室『古代漢語虚詞詞典』(商務印書館、1999年) Webcat所蔵図書館は39館(本日付)。

虚詞の辞典


文言文を学ぶとき、虚詞(虚字とも)の学習が必要であると、よく説かれます。必要である理由を、思いつくままに挙げてみましょう。

  1. 韻文・散文を問わず、非常に高い頻度で文中にあらわれる。特定の一文字について言うと、実詞(名詞・数詞・動詞・形容詞)のそれと比較した場合、非常に高い頻度で登場します。
  2. 虚詞こそが、文の細かい表情を決定する。訓読ですますわけにゆかないゆえんです。
  3. 意味・用法が多岐にわたり、複雑であり、時代的な変遷も大きい。虚詞の辞書が必要です。

このように、虚詞の学習は特に必要なのですが、以前、別サイト「文言基礎」で『千字文』を読んだ際には、この問題にはほとんど触れませんでした。これには訳があります。『千字文』は、「重複しない千字を用いて韻文を作る」方針に貫かれていますので、他の文と比較して、極端に虚詞が少ないのです。それゆえ、虚詞の学習のためには、よい教材であるとは到底言えません。そこで、『千字文』学習中は、この問題に触れませんでした。

では、どのように虚詞を学べばよいのか。基本的には、ご自分の興味に従って(または演習の準備であってもよいのですが)文言文を読み進め、虚詞に気づいたら、こまめに虚詞の辞典を調べることです。その説明をよく読んで、特に用法に注意する必要があります。

ただ世の中には、非常に多くの文言虚詞の辞書が存在します。私もあれこれ購入し、試行錯誤しました。書棚の整理を兼ねて、主なものを分類してみます。

  1. 古典的虚詞辞典(経書・先秦諸子を読むため) 劉淇『助字辨略』。王引之『経伝釈詞』。呉昌瑩『経詞衍釈』。
  2. 詩文(読解・作文)のための虚詞辞典 張相『詩詞曲語辞匯釈』。王鍈『詩詞曲語辞例釈』。
  3. 俗語などを読むための虚詞辞典 蒋礼鴻『敦煌変文字義通釈』。江藍生『魏晋南北朝小説詞語匯釈』。王雲路・方一新『中古漢語語詞例釋』。『唐五代語言詞典』『宋語言詞典』『元語言詞典』。他にも多数ありますが、よく知らないので省きます。
  4. 汎用的虚詞辞典 楊樹達『詞詮』。裴学海『古書虚字集釈』。韓崢嶸『古漢語虚詞手册』。何楽士『文言虚詞浅釈』。何楽士『古代漢語虚詞通釈』。中国社会科学院語言研究所古代漢語研究室『古代漢語虚詞詞典』。

しばしば虚詞の重要性について語られはするものの、ただ、これらの工具を上手に使いこなしている方はあまり多くないようです。読んでいる書物と、使っている虚詞辞典が合わないことが、一つの問題点であろうと思います。『経伝釈詞』は経書を読むためには非常によい手引きですが、詩を作ろうという人が使っては間尺に合いません。同様に、特殊な口語的表現を一般用の虚詞辞典で調べたところで、載ってはいません。

なお、上記の『助字辨略』『経伝釈詞』『詞詮』などを再編集してまとめた、『虚詞詁林』、『古書虚詞通解』というものがあります。便利な書物ではありますが、相当慣れた人(それぞれの虚詞辞典の個性を把握して使いこなしている人)でないと、とても御せるものではありません。

一般的な工具書として、一冊だけ推薦するなら、中国社会科学院『古代漢語虚詞詞典』(商務印書館、1999年)を挙げます。現代的で、なかなかうまく編輯されていると思います。後は対象とする文献に応じて、他のものをご参照下さい。

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