十師友


一、辞源修訂本
心から尊敬できる師匠です。慈愛に富み、どんな疑問にも真摯に答えてくれます。おっしゃることは精確で、軽口をたたくことはありませんが、かといって近寄りがたい先生ではありません。いつでも穏健な口調で答えてくれます。

二、新華字典
円満な人格をもち、子どもから専門家まで、どんな人の相談にものってくれる頼もしい人です。証拠がどうの、歴史がどうのといった、学者ぶった言い方をしないので、軽んじてバカにする半可通が多いのは残念です。本当はものすごい学識を持った方なのに。この人には、漢英双解という名の弟がいて、弟の方はバイリンガルですから、外国人にとっては、よりつきあいやすい人物だといえます。

三、辞通
つきあいを始めた頃は、「うがったことをいう、偏屈な先輩だな」という印象を持ちましたが、よくよく人物を知れば、至極、まっとうなことをいう筋の通った人です。今では、「この角度からの見方は不可欠!」と思って、よく質問します。辞源先生の口からは聞くことのできない古代語の説明をしてくれます。

四、聯綿字典
ものの考え方としては、辞通さんと近い立場の人です。話題が広く、資料を次々と示してくれるお話は、確かに面白いのですが、「眉唾ものかな?」と思わせる時もあります。辞通さんの話を聞いたついでに、ちょっと意見をうかがうことが多いです。

五、古代漢語虚詞詞典
中国語の中でも、難しくて微妙なニュアンスをもつことばに精通しています。賢い人で、説明も的確だとは思いますが、「もう少し教える工夫をしてくれると、もっと気軽に質問できるのにな」と感じています。

六、漢語大詞典
何しろ物知りなので、世界中の学者に頼られていて、人気があります。ただ、辞源先生門下の私としては、個人的には全幅の信頼をおくには至っていません。「収録語彙数が一番多いから、一番優れた辞書だ」と真顔で言う人は、馬鹿だと思っています。

七、辞海
ちゃんとした先輩です。常識的な知識を確認するために質問すると、「これくらいは正確に押さえておけよ!」と力強く答えてくれます。

八、経籍籑詁
堂々たる風格の老先生です。あまりにも格調だかいので、最初は気おされてしまいましたが、朗々たる訓釈に慣れてしまえば、いつ質問しても、「訓詁の真髄に触れることができた」という満足感を得られます。

九、ロングマン米語辞典
外国人にとって分かりやすい説明をしてくれますし、教える工夫にたけた人なので、気軽に英語の質問ができます。教わったことは確実に理解できます。

十、広辞苑
日本語をズバリと説明してくれる人が少ない中で、頼りになります。疑問があれば必ず聞くようにしています。時折、説明のために画いてくれるイラストも上品です。ただ最近は、調べ物をすることが多いので、日本語に関しては、日本国語大辞典さんによく質問します。

辞書というお店


 中国古典を学ぼうとするとき、「工具書」と呼ばれる辞書・参考書類をうまく使いこなしたいものです。特に、ことばを調べるための辞書は不可欠でしょう。私のように、「中国古典は中国語として読むべき」と考える立場の者は、もちろん中国で出版された辞書を使いますので、以下に述べることも中国書を対象としたものです。

 「これ一冊ですべてよし!」という辞書はありませんので、適宜、使い分けることになります。私が使っているいくつかの辞書については、以前、このブログでも「私の愛した辞書」と題して紹介しました。それらの辞書を「適宜」使うためには、それぞれの辞書に対する十分な理解が必要です。

 たとえていうならば、一つのことばを辞書で調べるのは、一つの品物をお店に買いにゆくのに似ています。どんなに「よい店」でも、すべての購買目的を満たす「よい店」など、存在しません。それぞれのお店の品揃えや価格、品質、接客などをよく知ってこそ、よい買い物ができることでしょう。お住まいの近くに複数のスーパーマーケットがあり、使い分けをしている方も多いことと思います。「魚を買うならここ、米を買うならあそこ」などと。さらには、おしゃれな洋服を売る店、家電量販店、和菓子屋、本屋、コンビニエンスストアなど、さまざまなお店があり、我々は目的を間違えず、「適宜」買い物をすることができます。

 一つのことばを調べるときも、たとえば、「この字を『新華字典』で調べれば、たぶん適切な意味が載っているだろう」、「『辞源』で引けば、この場合、きっと経書が書証として挙がっていることだろう」、「この熟語は『漢語大詞典』にしか収めていないだろう」などと予測を立ててから調べます。辞書は、何が出てくるか分からないブラックボックスでは決してありません。「それぞれの辞書の個性をつかむ」必要、つまり、あらかじめその特徴や傾向を知っておく必要があるのです。ちょうど、買い物に出かける前に、目当ての店の品揃えや品質を予測するようなものです。

 もちろん、その予測が外れることもあります。「当然『新華字典』に載っているはずだと思ったのに、載っていない!」、反対に、「載っているはずはないと思ったのに、載っていた!」などと。「畑」という字が「日本人姓名用字」と定義されて『新華字典』に載っていることを始めて知ったとき、意外に思ったことがあります。

 買い物と同じなのは、なじみの店に愛着がわくのと同様、辞書を愛用すればするほど、特徴を理解することができ、愛着もわいてくるところでしょう。

 一方、買い物とちがうのは、辞書の場合、いくら調べてもお金が減らないことです。「高級で近寄りがたい辞書」というのは確かにありますが、それでも高級なレストランとちがって、図書館で調べるなら、お金はかかりません。それどころか、知識が貯まり、見聞が広まる一方です。辞書は本当にすばらしいものです。

ブックガイドとしての『読書雑志』第三章


 吉川忠夫『読書雑志-中国の史書と宗教をめぐる十二章』(岩波書店、2010)を導きとして、中国学の書物の林に踏み入ります。

 その第三章は「顔師古―班固の忠臣」。初出は日原利国編『中国思想史』上(ぺりかん社, 1987)です。

 『漢書』の注釈を書いて中国史上に名を残した顔師古(581-645)。代々儒者であった、彼の家族を描き、その中における顔師古の学問を語っています。

 まずは吉川氏が紹介する、顔師古の祖父、顔之推(531-?)の『顔氏家訓』を読みたいことろです。特に、「序致」「教子」「兄弟」「後娶」「治家」の諸篇と「勉学」篇を。原文で読まれる方には、以下のものをおすすめします。圧倒的な学識を誇る王利器氏の注もよいです。

王利器『顔氏家訓集解』増補本、中華書局(新編諸子集成第1輯)、1993。

 日本語訳ならば、以下のものを。

森三樹三郎・宇都宮清吉訳『世説新語・顔氏家訓』平凡社(中国古典文学大系)、1969。東洋文庫版もあります。

 眼目の『漢書』注は、やはり、原文を読むしかありません。中華書局本の第一冊に「漢書叙例」がありますから、ご覧下さい。長いものではありません。吉川氏が引く「近代注史,競為該博,多引雜説,攻撃本文」の文句も見えます。

 顔師古のもう一つの著作である『匡謬正俗』を読むとすると、次の注釈がよい出来です。

劉曉東『匡謬正俗平議』山東大學出版社、1999。

 たとえば、『詩経』や『礼記』に見える「衡」字に関する考証がその巻一にあります。徐邈という学者が「衡の音は横」というのに対し、「衡即横也,而徐氏並音為横,皆失之矣」と顔師古はケチをつけます。「不勞借音」と似た言いまわしが、『漢書』注の鼂錯伝・賈捐之伝・高帝紀などにも見えること、劉氏がつぶさに指摘しています。そこに、顔師古の個性をかいま見ることができます。

 なお、この章の記述は、吉川氏が書かれた二篇の学術論文がもとになっており、いずれも次の著書に収められています。

吉川忠夫『六朝精神史研究』同朋舎出版 (東洋史研究叢刊)、1984。 そのうちの第9章「顔之推論」と第10章「顔師古の『漢書』注」がそれに当たります。前者は、吉川氏の修士論文がもとになっているとのことです。

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『史記』封禅書


『史記』八書のうちの「白眉」と吉川忠夫氏が推す「封禅書」。この機会に、読み直してみました。この一巻を読むだけで、一冊の長い書物を読んだかのような読後感です。圧巻の一語に尽きます。「東のかた巡狩し、岱宗に至」った舜に始まり、司馬遷の主たる漢の武帝に終わる、中国古代の帝王たちと神秘世界との関わりが描かれます。

次々と降臨する神々や仙人と、入れ替わり立ち替わり現れる方術の使い手たち。そういうものが、果てしもなく帝王たちを魅了してゆきます。「封禅書」は、そのような神秘の世界に没入してゆく帝王たちの記録です。

帝王が関わるということは、そのような神秘の世界の力が政治を決定的に左右してゆくということでもあります。その意味で、「封禅書」は、「裏側から見た中国古代の政治史」として読むこともできます。神の助けなくして、中国の統治はありえないと考えたのが、秦の文公であり、斉の桓公であり、秦の始皇帝であり、漢の高祖・文帝であり、そして武帝でした。彼らは尋常ならざる執念をもって神を祀りました。「元号」というものも、天から与えられた瑞祥にこたえるため、漢の武帝が創始したものなのです。

大局的に見ると、西方の秦では雍(現在の陝西省鳳翔)の地に、「畤」と呼ぶ施設を作って祭祀を行い、一方、東方の斉では、海上にあるという三神山を求めて方士たちがさまざまに活動しました。また各地にあった山岳信仰も大きな背景として存在しました。帝王たちはさらにその先にある究極の祭祀として、古代の聖王たちが行ったと伝えられた「封禅」の祭りを熱望しました。

秦漢による中国統一が実現すると、このような各地の祭祀がすべて融合される形で、多種多様な祭祀が行われ、そしてその最終的な結実として秦の始皇帝、漢の武帝の「封禅」が決行されたのです。司馬遷こそは、漢の武帝に随行してその封禅に参列し、感激をもっとも熱く訴えた人物に他なりません。

ただし、封禅書が伝えるのは、そのような輝かしい成功ばかりではありません。次々と目の前に現れる怪しい人物たちにだまされ、翻弄され続けたのも、他ならぬ秦の始皇帝と漢の武帝でした。

顧頡剛(1893-1980)『秦漢的方士与儒生』は、近代的な観点から、秦漢の帝王を取り巻いた「方士」「儒生」たちを描いたものです。日本語訳もありますので、封禅書とあわせて読めば理解が深まります。

顧頡剛『秦漢的方士與儒生』上海古籍出版社、1978。
顧頡剛著、小倉芳彦等訳『中国古代の学術と政治』大修館書店、1978。

『史記』封禅書は、古代中国を理解するために、むろん不可欠の文献ですが、後漢時代以後の歴史において、いよいよ存在感を増してゆく中国の宗教を考えるうえでも、同じく必読の文献であるにちがいありません。

ブックガイドとしての『読書雑志』第二章


吉川忠夫『読書雑志-中国の史書と宗教をめぐる十二章』(岩波書店、2010)を導きとして、中国学の書物の林に踏み入ります。

その第二章は「『史記』の十表と八書」、ちくま学芸文庫に収められた『史記』2の解説として書かれたものです。

小竹文夫、小竹武夫訳『史記 書・表』筑摩書房(ちくま学芸文庫『史記』2)、1995。

『史記』には、本紀・世家・列伝のほかに、「八書」「十表」と呼ばれる部分があります。吉川氏の解説も、これを対象としたものです。

吉川氏はまず「表」の説明から始めます。『史記』の「十表」、すなわち、「三代世表第一」「十二諸侯年表第二」「六國年表第三」「秦楚之際月表第四」「漢興以來諸侯王年表第五」「高祖功臣侯者年表第六」「惠景間侯者年表第七」「建元以來侯者年表第八」「建元已來王子侯者年表第九」「漢興以來將相名臣年表第十」については、中華書局本をお持ちならば、ぱらぱらとめくってみるだけでもよいでしょう。一見、右から左に「横書き」されたかのような体裁もあり、興味深く感じられます(ただし、翻訳について言うと、小竹氏の『史記』訳が優れたものだとは、私にはどうも思えません)。

次に是非とも読みたいのは、『史通』表暦篇と書志篇です。原文でお読みになるなら、次のものは如何でしょう。

張振珮箋注『史通箋注』貴州人民出版社、1985。

邦訳はお二方の手になるものがあります。

増井経夫訳『史通-唐代の歴史観』平凡社、1966。
増井経夫訳『史通』研文出版、1981。

西脇常記訳註『史通内篇』東海大学出版会、1989。
西脇常記編訳註『史通外篇』東海大学出版会、2002。

どちらも、大体の内容をつかむにはよいかと思います。日本語訳で読まれるなら、冒頭の六家篇から、書志篇までを通読されるとよいかも知れません。

続いては、内藤湖南の『支那史学史』を読みます。

内藤湖南『支那史学史』1・2、平凡社(東洋文庫、557・559)、1992。

全集版も、もちろんよいのですが、ここは吉川忠夫氏が解説を書き、索引も付いている東洋文庫版を選択しましょう。その第1冊は、中国史の起源から宋元時代までを論じています。不朽の名作ですので、この機会に如何でしょうか(第2冊の清朝史学の説明は専門的に過ぎるように思われますので、ひとまずここまで)。吉川氏の解説も卓抜です。

『史記』の「八書」、すなわち「禮書第一」「樂書第二」「律書第三」「暦書第四」「天官書第五」「封禪書第六」「河渠書第七」「平準書第八」の中では、吉川氏が「白眉」と推す「封禅書」を読んでみましょう。やや長いので読むのに苦労しますが、できれば原文で、そうでなければ上記の訳書でもよいでしょう。

ブックガイドとしての『読書雑志』第一章


 吉川忠夫『読書雑志-中国の史書と宗教をめぐる十二章』(岩波書店、2010)を導きとして、中国学の書物の林に踏み入ります。

 その第一章は「史書の伝統―『史記』から『帝王世紀』まで」。『史記』『漢書』『東観漢記』『古史考』『帝王世紀』といった、初期の史書を紹介したものです。初出は『しにか』6-4(1995)。

 まだ本書をお読みになっていない方に配慮し、内容をまとめることはせず、さっそく、本章に触発されて読んでみたくなる諸書をご紹介しましょう。

 まず『史記』太史公自序です。この「自序」は中国で最も有名な序文で、『史記』第一百三十篇として、その末尾に置かれています。文言文を自在に読みこなせる方は、中華書局の点校本を読んでいただけばよいのですが、「日本語で」という方は、次の訳書を。

小川環樹・今鷹真・福島吉彦訳『史記列伝』1-5、岩波書店、岩波文庫(青(33)-214-1-5)、1975。

 『史記』列伝、七十巻のうち、「扁鵲倉公列伝」「亀策列伝」を除く六十八巻を訳したものです。太史公自序はその第5冊目に収められています。

 「太史公自序」から、司馬談・司馬遷父子が史書撰述によせた、熱烈な使命感を知ることが出来るでしょう。

 史官の伝統を語り、本書には『左伝』宣公二年と襄公二十五年の記事への言及がありますので、これも読んでみます(二年分、読むわけです)。現代中国語訳としては、次のものが適当です。

沈玉成訳『左伝訳文』、中華書局、1981。

 この沈氏の訳本は、次の書物と併用できるので便利です。両方、併せて読めば、力がつきます。

楊伯峻『春秋左伝注』修訂本、中華書局、1990。

 日本語訳ならば、次のものを。これも楊伯峻の注本と併用可能です。

小倉芳彦訳『春秋左氏伝』上・中・下、岩波書店、岩波文庫、(青(33)-216-1,2,3)、1988。

 『漢書』は、班彪・班固の父子が作ったものですが、これをめぐっては、本書に引用される、『後漢書』の班彪伝・班固伝(列伝三十、上・下)を読みたいところです。日本語訳をということならば、次のものをお勧めします(高価ですから、図書館などでご覧になれば十分です)。

吉川忠夫訓注『後漢書』第1冊-別冊、岩波書店、2001。

 班彪伝・班固伝は、訓注本の第5冊に見えます。ただし、班固の伝に引かれている「両都賦」や「典引」は『文選』にも収められる名文ですが、何しろ長いので、挫折しないよう、ここでは読み飛ばす方が賢明でしょう。班固が死に至った経緯が書かれる伝の末尾は、哀れをさそいます。

 『東観漢記』『古史考』『帝王世紀』については、『隋書』経籍志を開いて確認したいところです。中華書局の点校本『隋書』を見てもよいですが、次の本はあると便利です(古い本なので、購入は難しいと思います)。

『新校漢書芸文志・新校隋書経籍志』世界書局、中国学術名著、1963。

 『隋書』経籍志で『帝王世紀』を探すと、史部の「雑史」の分類中にその名を見いだすことが出来ます。吉川氏は「正史の概念にはおよそなじまない性格の史書」と同書を解説しますが、それを実感できるのではないでしょうか。

 2点のみ、補わせていただきます。

 1.日本語訳は、いつか卒業しましょう。
 2.『史記』などの大部の書物や、『左伝』などの難読の書物を読むときは、全巻読破を目指すのではなく、一篇を読み終えることを目指しましょう。全巻読破は、読み終えること自体が目的化してしまいがちで、しかも挫折しやすいものです。

ブックガイドとしての『読書雑志』


 中国学の成果として書物を見る場合、学術論文であれ、一般向けの書物であれ、私の考える「よいもの」の条件は、「さらなる読書を導くか否か」にあります。

 「面白かった」「新説が示されていた」「知らない話が紹介してあった」「文章がよかった」だけでは、どうにも、もの足りません。たとえそれらすべてが満たされていたとしても。

 「書物をさらに読みたい!」と刺激するようなものでなければ、「よいもの」、読む価値のあるものとは思えないのです。感想を過去形で語れてしまうものではなく、未来の読書へとつながるものをこそ、と思うのです。

 もちろん、これは私の偏った判断基準に過ぎず、読者それぞれが好きに読書を楽しめばよいのは言うまでもないことです。しかしながら、こと中国学について言うと、それは「数冊の書物を読めば、その全体像がつかめる」ような分野ではありません。ある研究なり概説なりを評価するにせよ、大量の古典や厖大な先行研究との関係においてしか、接することも評価することもできない、そのようなものです。長い伝統を有するが故に、そういう難しさがあります。

 昨日、吉川忠夫『読書雑志-中国の史書と宗教をめぐる十二章』(岩波書店、2010)を紹介して、私は同書を「さらなる書物の林へと読者を誘う」と書きました。伝統中国の歴史・宗教に関心を持つ方にとっては、絶好のブックガイドともなりうる、ということです。

 そこで、この「学退筆談」では、同書に収められた十二章をすべてブックガイドとして読んでみようと思います。

 『史記』の解説があれば『史記』そのものを読んでみる、関連する吉川氏の他の著作も読んでみる、という程度の紹介しか出来ませんが、『読書雑志』から始まる「書物の林」の広がりをお示しできれば、と思います。

読書の学、新『読書雑志』


読書雑志 中国の史書と宗教をめぐる十二章

吉川忠夫氏『読書雑志-中国の史書と宗教をめぐる十二章』(岩波書店、2010)が刊行されました。このブログで初めて新刊書を取りあげます。

『読書雑志』というと、中国学を知る人ならば必ず王念孫(1744-1832)の名著を思い浮かべますが、吉川氏の新著はあえてそれと同名の題を用いたものです。「あとがき」に明らかにされているとおり、これは著者ご自身のご命名ではなく、ご本人は「立派な書名だが、あまりにも立派すぎてとても気恥ずかしい」と語っていらっしゃいます。

この命名については、賛否両論あるに違いありません。はじめ私もいくばくかの違和感をもったのですが、さっそく通読してみて、その上で『読書雑志』という書名をあらためて眺めてみると、これはこれでよいのではないかと感ずるようになりました。

それはどういうことか。王念孫の「読書の学」が、「小学」という宝剣を手にとってひたすら通行本の誤りを正し続け、校勘学に新境地を開いたものであるとするならば、対する吉川氏の「読書の学」とは、史料を博捜した上でそれを丁寧に吟味し、ことばの襞を読み解く、そのような読書を通じて対象を立体的に浮かび上がらせるものと言えそうです。

また、王念孫の文章が明快な考証文であるのに対し、吉川氏の文章は時に陰影に富み、時に熱くほとばしる美しい文学です。

これら鮮やかな対比は、王念孫『読書雑志』と吉川忠夫『読書雑志』の違いを際だたせます。つまり書名が同じであるにもかかわらず、吉川氏の新著は王念孫のものと似ても似つかぬものであるがゆえに、かえってさわやかさを感じさせます。清朝考証学に対する屈折した嫉妬や媚態などは微塵もなく、決して二番煎じではない明朗さを示しているのです。「読書」も「雑志」もそもそも固有名詞ではありませんし、王念孫のものでない「読書雑志」があっても当然よいのだ、と思えてきます。

中国の文学・史学・思想に通じ、さらに仏教・道教にも造詣の深い当世随一の碩学である著者が、博識をひけらかすことは決してせず、それでいて、時にさりげなく、時にはっきりと読書の喜びを表現し、さらなる書物の林へと読者を誘います。ここには吉川幸次郎の「読書の学」が深く根を張っており、家学の確かな存在を感じさせますが、そこにとどまることなく、読書を心から喜ぶ著者の姿が、紙面を通じて読者に迫ることでしょう。これまた読者にとっての、読書の喜びです。「最上の読書のたのしみがここにある」とある帯の文句は、誇張ではありません。

以前に執筆された解説や記事などを集めたものであり、すでに読んだことのあるものが多かったのですが、こうしてあらためて一冊にまとめられた本書を手に取ると、読書の嬉しさがまたしみじみと湧き上がります。