ブックガイドとしての『読書雑志』


 中国学の成果として書物を見る場合、学術論文であれ、一般向けの書物であれ、私の考える「よいもの」の条件は、「さらなる読書を導くか否か」にあります。

 「面白かった」「新説が示されていた」「知らない話が紹介してあった」「文章がよかった」だけでは、どうにも、もの足りません。たとえそれらすべてが満たされていたとしても。

 「書物をさらに読みたい!」と刺激するようなものでなければ、「よいもの」、読む価値のあるものとは思えないのです。感想を過去形で語れてしまうものではなく、未来の読書へとつながるものをこそ、と思うのです。

 もちろん、これは私の偏った判断基準に過ぎず、読者それぞれが好きに読書を楽しめばよいのは言うまでもないことです。しかしながら、こと中国学について言うと、それは「数冊の書物を読めば、その全体像がつかめる」ような分野ではありません。ある研究なり概説なりを評価するにせよ、大量の古典や厖大な先行研究との関係においてしか、接することも評価することもできない、そのようなものです。長い伝統を有するが故に、そういう難しさがあります。

 昨日、吉川忠夫『読書雑志-中国の史書と宗教をめぐる十二章』(岩波書店、2010)を紹介して、私は同書を「さらなる書物の林へと読者を誘う」と書きました。伝統中国の歴史・宗教に関心を持つ方にとっては、絶好のブックガイドともなりうる、ということです。

 そこで、この「学退筆談」では、同書に収められた十二章をすべてブックガイドとして読んでみようと思います。

 『史記』の解説があれば『史記』そのものを読んでみる、関連する吉川氏の他の著作も読んでみる、という程度の紹介しか出来ませんが、『読書雑志』から始まる「書物の林」の広がりをお示しできれば、と思います。

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