『史記』封禅書


『史記』八書のうちの「白眉」と吉川忠夫氏が推す「封禅書」。この機会に、読み直してみました。この一巻を読むだけで、一冊の長い書物を読んだかのような読後感です。圧巻の一語に尽きます。「東のかた巡狩し、岱宗に至」った舜に始まり、司馬遷の主たる漢の武帝に終わる、中国古代の帝王たちと神秘世界との関わりが描かれます。

次々と降臨する神々や仙人と、入れ替わり立ち替わり現れる方術の使い手たち。そういうものが、果てしもなく帝王たちを魅了してゆきます。「封禅書」は、そのような神秘の世界に没入してゆく帝王たちの記録です。

帝王が関わるということは、そのような神秘の世界の力が政治を決定的に左右してゆくということでもあります。その意味で、「封禅書」は、「裏側から見た中国古代の政治史」として読むこともできます。神の助けなくして、中国の統治はありえないと考えたのが、秦の文公であり、斉の桓公であり、秦の始皇帝であり、漢の高祖・文帝であり、そして武帝でした。彼らは尋常ならざる執念をもって神を祀りました。「元号」というものも、天から与えられた瑞祥にこたえるため、漢の武帝が創始したものなのです。

大局的に見ると、西方の秦では雍(現在の陝西省鳳翔)の地に、「畤」と呼ぶ施設を作って祭祀を行い、一方、東方の斉では、海上にあるという三神山を求めて方士たちがさまざまに活動しました。また各地にあった山岳信仰も大きな背景として存在しました。帝王たちはさらにその先にある究極の祭祀として、古代の聖王たちが行ったと伝えられた「封禅」の祭りを熱望しました。

秦漢による中国統一が実現すると、このような各地の祭祀がすべて融合される形で、多種多様な祭祀が行われ、そしてその最終的な結実として秦の始皇帝、漢の武帝の「封禅」が決行されたのです。司馬遷こそは、漢の武帝に随行してその封禅に参列し、感激をもっとも熱く訴えた人物に他なりません。

ただし、封禅書が伝えるのは、そのような輝かしい成功ばかりではありません。次々と目の前に現れる怪しい人物たちにだまされ、翻弄され続けたのも、他ならぬ秦の始皇帝と漢の武帝でした。

顧頡剛(1893-1980)『秦漢的方士与儒生』は、近代的な観点から、秦漢の帝王を取り巻いた「方士」「儒生」たちを描いたものです。日本語訳もありますので、封禅書とあわせて読めば理解が深まります。

顧頡剛『秦漢的方士與儒生』上海古籍出版社、1978。
顧頡剛著、小倉芳彦等訳『中国古代の学術と政治』大修館書店、1978。

『史記』封禅書は、古代中国を理解するために、むろん不可欠の文献ですが、後漢時代以後の歴史において、いよいよ存在感を増してゆく中国の宗教を考えるうえでも、同じく必読の文献であるにちがいありません。

広告

「『史記』封禅書」への6件のフィードバック

  1. 中国仏教など宗教文献を読むときに持っておいた方がいい辞書類は何かありますでしょうか。あと医学関係でこれがいいというのもございましたら教えていただけますでしょうか。

  2.  ちょっと、お答えしづらいですね。まず第一に、一般的に言って、私は「持っておいた方がいい辞書」というものがあるとは思いません。使い方を理解しないと、持っていてたまに引いても役に立ちませんので。
     次に、中国仏教と言っても、非常に大きな範囲があります。具体的にどんなものを読むのか、どこまで知る必要があるのか、によって、答えは違ってくると思います。たとえば、岩波の『仏教辞典』で用が足りる人はいるのでしょうが、私は使っていません。
     用途などをお知らせ下れば、より答えやすいと思います。

  3. 中国仏教について全般的にはまだ知らない状態ですが、あえて絞りますと、明清頃の居士仏教(これ自体範囲など正確に理解しておりませんが)に関心があります。どういう本が世の中にあるか何でもいいからとりあえず知っておきたいという、曖昧な感覚でご質問した次第でありまして、もうしわけございません。

  4. また、具体的な疑問がありましたら、ご一報下さい。まず、論文などを読まれたら如何でしょうか?概説書は手薄な領域かもしれません。手もとにある本ですと、『中国仏教史論集』6(大乗文化出版社、民国66年)というものが、十数篇ほど明清仏教の論文を載せ、そのうち、居士の仏教を取りあげたものも、いくつかあります。ご参考まで。

  5. どうもありがとうございました。先生のおっしゃる使い方の理解というのは、各辞書の記述内容の性格を理解するというようなことでしょうか。普段辞書は、調べたいものがあって、それを引いてみて項目があったら読む、という感じのことしかしていないのですが…

  6. 辞書の使い方については、これまでも説明してきたつもりでしたが、不十分のようですから、あらためてエントリーを立て、考えを述べさせてもらいます。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中