ブックガイドとしての『読書雑志』第五章


吉川忠夫『読書雑志-中国の史書と宗教をめぐる十二章』(岩波書店、2010)を導きとして、中国学の書物の林に踏み入ります。

その第五章は「陳寿と譙周」。もと、ちくま学芸文庫の一冊『正史三国志』第六冊(1993年、筑摩書房)の解説として書かれたものです。

『三国志』の著者、陳寿は蜀の巴西郡安漢県、今の四川省南充市の人。

陳寿が生を享けた蜀の地は、すでに三国時代に先だつ漢代において、司馬相如や厳君平や揚雄など、その時代を語るさいに名をおとすことのできぬ文学者や思想家を輩出し、かくしてその地には、中原と十分あい拮抗しうるに足るだけの濃密な文化的伝統が培われていた。

吉川氏は、以上のように語ります。昨今、中国史研究においても、特定の地域に的を絞る人文地理学的な手法が注目をあびていますが、巴蜀の地に向けられた吉川氏の関心は、その先駆けともいえそうです。

漢代以来に培われた蜀の伝統、それを濃縮してみずから学者として体現したともいうべき二人の史家、譙周と陳寿。譙周が師で陳寿はその学生、という師弟関係ですが、しかし、譙周の著作である『古史考』『法訓』『五経然否論』などが、後世、失われてしまったため、陳寿の側から譙周を望む、といった趣向です。

まず読みたいのは、その陳寿が書いた譙周の伝記、『三国志』蜀書の譙周伝です。吉川氏によると、「『三国志』のなかに著者の陳寿本人が登場するのは、蜀書第五・諸葛亮伝中の『諸葛亮集』を撰定して上呈するにあたっての上表文、それとこの譙周伝だけ」との由で、ここに陳寿の強い思いを読み込むこともできそうです。中華書局本の『三国志』にて裴松之の引く注を含めて精読するのが理想的ですが、日本語訳ならば、吉川氏が解説を寄せたところの筑摩版によるのもよいでしょう。この訳本にも、裴松之注が訳出されています。

今鷹真[ほか]訳『三国志』2, 筑摩書房(世界古典文学全集 ; 24B),1982年。のち、井波律子訳『蜀書』(『正史三国志』第五冊),筑摩書房(ちくま学芸文庫),1993年。

また、譙周がみずからの死期を予言したと伝える陳寿が、「疑うらくは譙周は術を以て之れを知る」といったことに関連して、吉川氏は次の論文の参照を求めます。

吉川忠夫「蜀における讖緯の学の伝統」,安居香山氏編『讖緯思想の綜合的研究』(国書刊行会, 1984)所収。

蜀の学問に対する吉川氏の深い関心を知ることができる論文です。なお『讖緯思想の綜合的研究』について、この「学退筆談」で以前、戸川芳郎氏の「〈礼統〉と東漢の霊台」を紹介したことがあります。

この章では、陳寿の一生についても触れられています。『晋書』の陳寿伝をお読みください。同じ『晋書』巻九十一「儒林伝」の記事として、蜀の太学では譙周を孔子に見立て、陳寿を子游に見立てた、という故事が本章に紹介されていますので、あわせて儒林伝も読みたいところです。

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