『三礼辞典』


礼は巨大なシステムであり、生活の細部から国家の儀礼まで、実に多岐にわたっており、しかも複雑です。「三礼」と呼ばれる経典、『周礼』『儀礼』『礼記』はありますが、通読は事実上、困難です。概説書などを読む必要があるゆえんです。

さてその礼には、多くの術語があります。たくさんの術語はいかにも面倒ですが、いたしかたのないところです。彭林氏の『中国古代礼儀文明』は確かに詳しく礼の説明をしていますが、そうであるがゆえにこそ、大量の礼の術語であふれています。「含」「踊」「引」「大功」「小功」「緦麻」「重首」「免」等々。礼に詳しくない人は、きっと戸惑うことでしょう。

そういう時に、礼の専門的な辞典があると心強いものです。おすすめしたいのが、銭玄、銭興奇『三礼辞典』(江蘇古籍出版社, 1993)です。凡例の第一条には次のようにあります。

本辞典は、専書辞典である。『儀礼』『周礼』『礼記』『大戴礼』の四書の、典章・制度・礼制・名物に関わる専門用語、約5000条を収録した。四部の礼書やその他の古籍を読み、また上古時代の社会文化史を研究する便に供した。

「専書辞典」とは、特定の書物を対象とした辞典のこと。中国ではたくさんの「専書辞典」が出版されていますが、玉石混淆、すすめられるものばかりではありません。しかし『三礼辞典』は礼書を読むための、実によい手引きです。

礼の言葉、5000条の収録数は少なくありませんが、数が多いだけでは十分でありません。説を周到に集め、しかも適宜整理して示す必要があります。本書の序文には次のように言います。

専書の辞典の場合、その重要な任務は先人の研究成果を総括することにある。しかし、礼書(の解釈)は諸説紛々たるありさまで、自分の師法をもととするものがあり、さらに同じ師承関係にありながら説が異なるものまである。また、古籍を集めてきては、自説にこじつけたりもする。説には純粋なもの雑駁なものが入り交じっており、慎重に選択を加える必要がある。説のうち、採用すべきものは、みな載せておいた。理に合うものは詳しく敷衍して延べ、合わないものは理屈にしたがって正し、従うべき説、そうでない説を定めた。実物によって証明できるものについても、その是非を断じた。

『辞源』などの辞書にも、礼の言葉はある程度、載っているものの、説の当否を詳しく検討したりはしていないので、是非とも専門的な辞書の欲しいところです。

笑い話をひとつ。中国大陸では、文革中(1966-1976)、儒教だ礼だなどと言うのは、むろん御法度でしたが、その十年の動乱も一段落した後、ある学者が礼書の整理、標点を行いました。その礼書には、「祼」(guan4、漢音でカンと読みます)の礼が取りあげられていたそうです。『三礼辞典』によると、「圭瓉(玉製の酒器)を以て鬱鬯(におい酒)を酌みて地に灌(そそ)ぎ以て神を降(おろ)す、之を祼と謂う。宗廟の祭祀に常用す」とのことです(p.844)。ところが、点校を担当したその先生、シメスヘンの「祼」の字をコロモヘンの「裸」の字と思いこみ、ことごとくハダカにしてしまったそうです。『礼記』祭統の「祼尸」も、すべて「裸尸」になってしまったとか。

当時、このようなよい辞典があれば、かかずにすんだ恥であったかも知れません。同時に、文革による学問の荒廃も、そうとうに深刻であったことがうかがわれます。

*『三禮辭典』錢玄、錢興奇編著,江蘇古籍出版社,1993,Webcat所蔵館は32館(本日付)。

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