The Classic of the Way and Virtue


 “The Classic of the Way and Virtue: A New Translation of the Tao-te ching of Laozi as interpreted by Wang Bi”、ずいぶん長い副題がついていますが、その名の通り、『老子』とその王弼注の英訳です。訳者はリチャード・ジョン・リン氏、カナダのトロント大学の名誉教授、とのこと。

 同書のイントロダクションに、次のような訳者のことばが見えます。

 『老子』とその王弼注とを訳し始めたころ、しばしば自分が陶鴻慶『読諸子札記』に示される読みに合うよう、『老子』と王弼注のテクストを修正して読んでいることに気づいた。しかししばらくして、陶鴻慶が単なるテクストの校勘をはるかに越えたことを行っていることに思い至った。彼は自分の考えに合致するように、根本的に『老子』及び王弼注を書き換えており、彼はそれらを書き換えることで、自分の考える正しい解釈をテクストが意味するようにさせていたのだ、と。

 (『老子』王弼注の代表的な整理者である、)波多野太郎も樓宇烈も、陶鴻慶の読みと解釈を引用するが、時にそれらを皮相・誤りとして拒否しており、そして拒否はしばしば生じており、私は陶鴻慶の示唆する読みのほぼすべてを疑うようになっていった。そこで私は作業の初めに立ち戻ってやり直すことにして、陶鴻慶の示唆のほぼすべてを棄て、出来るかぎりテクストをいじらぬよう、決意したのである。(p.21)

 陶鴻慶(1859-1918)の『読諸子札記』は、近代的な感覚で諸子の書物を校勘した著作です。「分かりやすくなるように、大胆にテクストを校勘する」といった印象です。

 一人の西方の学者が、はじめ、陶氏の読みの通りの良さに従いながら、後に「陶鴻慶の示唆する読みのほとんどすべて(almost all of Tao’s suggested readings)」を疑うようになった、というのは、非常に興味深い話です。私の目からしても、古文献の本文をあまりにきれいに(つまり、現代人の頭に分かりやすいように)直しすぎる陶鴻慶の読みは相当に疑わしいものであり、リン氏の気づきは、結果としてたいへんよかったのではないかと思います。

 とはいえ、リン氏が結果的に底本とした楼宇烈氏『王弼集校釈』(中華書局,1980)も、少なからぬ箇所において、陶鴻慶の説に従っています。『老子』王弼注のテクストには問題が多く、そのままの状態では読みがたいのが、悩ましいところです。たとえば、『老子』第一章「此兩者同出而異名,同謂之玄」の王弼注は、楼氏の本では次のようになっています。

不可得而名,故不可言同名曰玄。而言〔同〕謂之玄者,取於不可得而謂之然也。〔不可得而〕謂之然。則不可以定乎一玄而已。

 亀甲括弧に入れた5文字が、陶鴻慶の説により補われたものです。リン氏も、その結果に従って英訳されています。

 さて、『老子』を十分に理解しようとするなら、王弼(226-249)の注を読むことが、どうしても必要です。たとえば現代の翻訳本で、直接・間接に王弼の解釈の影響をまったく受けていないものなど、皆無なのでは、と想像します。『老子』の訳を読んで、「老子を直接に理解した」と思っても、実はもとをたどれば王弼の解釈につながっている場合が多いのです。

 その王弼注に立派な英訳があるのは、彼らの福でしょう。ひるがえって、『老子』の思想に憧れる人の多い我が国には、いまだその訳書がありません。注釈という性質の都合上、日本の出版界には受け入れられないのでしょうか?いずれによせ、あきたりないことです。

“The classic of the way and virtue : a new translation of the Tao-te ching of Laozi as interpreted by Wang Bi” ,  translated by Richard John Lynn, Columbia University Press (Translations from the Asian classics), 1999。Webcat所蔵館は4館。

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「The Classic of the Way and Virtue」への4件のフィードバック

  1. 話がずれますがおききします。
    石刻とか敦煌研究などはどういう風に勉強していけばいいかなどをまだ習ったことがないのですが、本などを色々教えていただけますでしょうか。

  2.  石刻研究と敦煌研究は、なかなか流行っており、本も多数出版されていますし、私も少しは関心をもっております。まず、藤枝晃氏の『敦煌学とその周辺』『文字の文化史』、あるいは『草創期の敦煌学』などを読んでみて、関心をもてそうなら、手を染めてみては如何ですか?
     ただ、流行っているからといって、みなが知っておくべき教養だとも思いませんし(小学や目録学などは、ある程度みなが理解すべきだと思います)、やりたい人がやればよいのではないでしょうか?
     もし面白そうな書物があれば、気が向いた時に紹介します。

  3. どうもありがとうございます。最近竹簡・木簡に手をだそうとしております。石刻なども関係する面などあれば触れたほうがいいのかということも思いました。碑文などが書道研究で使われるというのは聞いたことがあり、碑文も石刻に入るのだと思いますが、石刻研究という場合は、一般に、どういうのが関心対象とされているのでしょうか。

  4. 石刻は、(1)誤字の可能性がほぼないこと、(2)歴史事実の考証の資料として、文献資料の不足を補えること、(3)出土地から歴史地理情報が得られること、(4)書法の作例として、などの理由により重んじられています。

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