『現代漢語詞典』編纂雑識


1979年に『辞海』修訂本が上海辞書出版社から出た前年、1978年の12月、現代漢語の代表的な辞書、『現代漢語詞典』が商務印書館から出版されました。編者のひとりである孫徳宣氏の、「《现代汉语词典》编纂杂识」(『辞書研究』1980年第1輯)を読んで、感ずるところがありました。まずは孫氏の文章を訳して、その編輯経緯をたどります。

  • 『現代漢語詞典』は我が国の解放後、集団作業で編んだ初めての漢語中型詞典で、普通話を広め、漢語の規範化を促進することを編集方針とするものであった。
  • 1956年の後半以来、もとの「中国大辞典編纂処」および「新華辞書社」の一部の人員を中国社会科学院語言研究所に併せ、「詞典編集室」を成立させ、規則を定め、体例を検討し、次の年から大規模に資料を集めて整理をはじめた。
  • 1958年2月に試編を開始し、6月から正式に編写をはじめ、次の年の年末に初稿を完成させ、次々と油印版を印刷して意見を収集した。
  • 1960年には「試印本」を出版し、広く意見を収集した。1965年には「試用本」を出版し、関係各所に送って審査を受けた。1973年、「試用本」の紙型を用いて出版し、印刷部数を増やし、内部発行した。
  • 1966年5月、文化大革命が始まり、詞典の修訂作業は頓挫し、その過程で四人組による重大な妨害と破壊を受け、内部発行を停止した。
  • 四人組が粉砕された後、『現代漢語詞典』ははじめて新生することができ、修訂をさらに加えて、1978年12月、第一版が出版され、正式に発行された。

この修訂経緯は、まさに『辞海』の場合を想起させます。ともに困難な作業であったに違いありません。この文章は、その間の二十数年、孫氏が「よい辞典とは何か」を問い続けたことのもう一つの成果と言えましょう。

特に興味深いのは、「詞典の思想性」と題された第3節です。この場合、「思想性」とは、言うまでもなく共産主義思想の思想性のことです。「我々は社会主義国家であり、上層建築の文化領域の中にある工具書として、無産階級の政治に服務しなければならない、ここには些かの疑問もない」、としながらも、「警察」「商業」「銀行」「政治」などの項目につき、いちいち「無産階級にとってはどうの、資産階級にとってはこうの」とくだくだしく記述していた1960年「試印本」に疑義を呈しています。

我々が考えるに、語文の詞典とは、読者が字音や辞義を調べ、理解することに供するものであり、その注釈は、専門の巨著や百科全書のように委曲を尽くし、細大漏らさず、とはいかない。詞典は、法令でもなければスローガンの抜萃でもなく、宣伝パンフレットや政治教科書の代用にもできない。…。

「愛」「恨」といった条に「階級社会においては、愛(もしくは恨)には階級性がある」という一句を加えるべし、また「刑場」の注釈の「犯人を処刑する場所」の後に「革命烈士が義に殉じた場所」と加えるべし、と主張する同志もあったが、これは必要なのか?

孫氏によると、「形而上学極左思潮」は、別に四人組が作ったものでもなく、1950年代の後半にはすでに萌芽していた、とのこと。1978年にできあがった『現代漢語詞典』は、政治色がほどほどに抑えられています。このことは、まさしく孫氏の良識の賜物であると思われてなりません。それとともに、このような良識をもった人にとって、どれほどその編輯作業が苦しいものであったか、想像するに余りあります。

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