陸心源の肖像印


陸心源肖像印 『積微翁回憶録』(上海古籍出版社、1986年)から、ひとつ。

1930年7月12日、長澤規矩也に連れられ、楊樹達が東京世田谷の静嘉堂文庫を訪問したことを、数日前に書きました。当日の記録を『積微翁回憶録』から抜いておきましょう。

又到静嘉堂文庫,庫藏宋元本一、二百種,不能盡覽,僅閲二十餘種。一為『莊子』成疏,字大悦目,黎蒓齋、楊惺吾皆有跋,為『古逸』本所自出。一為蜀大字本『周禮』鄭注,黄蕘圃舊藏,印有陸存翁六十五歳小像印記,此以前藏書家所未有也。陸氏藏書盡售於庫,故有此。…。(p.50)

文中に見える「陸存翁」は、著名な蔵書家であった陸心源(1834-1894)、あざなは剛甫、室名は存斎、浙江帰安の人。陸氏の蔵書、「皕宋楼」は岩崎氏の静嘉堂文庫に売却されましたが、その陸氏の「六十五歳小像」の印が『周礼』に捺してあった、というわけです。

これに対し、楊樹達の甥であり、『楊樹達文集』編輯委員会の主編でもある楊伯峻(1909-1992)は、次の按語をつけています。

伯峻謹案:陸心源〔1834-1894〕年僅六十一,未至六十五,疑小像印記有偽。

楊伯峻は、61才までしか生きなかった陸心源が65才の印を作ったわけがないから、印は偽物でないか、というのですが、事の真相は、こうです。『周礼』等に捺してある印の印文は、正しくは「存齋四十五歳小像」なのです。篆文では「四」の字と「六」の字がよく似ており、楊樹達は「六」と見間違えたのでしょう。その誤りの上に、甥の楊伯峻がわざわざ「疑小像印記有偽」などという、的はずれな按語をつけてしまったのです。

古文字学の大家、楊樹達の誤りも決して誉められたものではありませんが、楊伯峻の疑いはいかにも軽率です。

それに以外にも、いくつかの誤字を見受けましたので、メモしておきます。

  • 石田幹之助(1891-1974)の「幹」を「韓」に誤る(p.48)。
  • 野口正之の「口正」を誤って合して一字とする(p.122)。
  • 東久邇宮の「久」を「文」に誤る(p.229)。
  • 「貢職圖」の「職」を「織」に誤る(p.277)。
  • 「天官陰陽」の「官」を「宮」に誤る(p.301)。

『積微翁回憶録』は民国時代の学界を知る絶好の書物なのですから、再印の時には是非とも修正してもらいたいものです。

〔補〕2007年、北京大学出版社から、『積微翁回憶録』が新たに出版されているようです。同書をお持ちの方がいらっしゃいましたら、上記の数点につきまして、訂正済みかどうか、コメント欄にてご教示いただけると助かります。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中