唐写本『説文』木部


大阪の武田薬品、杏雨書屋がいま所蔵する、国宝の唐写本『説文』木部残巻。この本の真贋をめぐって、清末以来、論争があります。贋作と見るのは、孫衣言、孫詒讓、朱一新、黄以周、惲天明、何九盈ら。一方、真作と見るのは、莫友芝、楊守敬、内藤湖南、周祖謨、梁光華、沈之傑ら。

写本は紛れもなく唐代のものであり、本来こんなことは問題にもならないはずです。しかし、1957年に雑誌『中国語文』で、惲天明氏が孫詒讓の偽作説を紹介し、さらに2006年、何九盈氏が問題を蒸し返しました。『中国語文』を主戦場に交わされた戦いは、以下の通り。

  • 周祖謨〈許愼和他的《説文解字》〉,《中國語文》1956年9月(總51期)。
  • 惲天明、周祖謨〈關於唐本《説文》的真偽問題〉,《中國語文》1957年5月(總59期)
  • 何九盈〈唐寫本《説文・木部》殘帙的真偽問題〉,《中國語文》2006年5期(總314期)
  • 梁光華〈也論唐寫本《説文・木部》殘帙的真偽問題〉,《中國語文》2007年6期(總321期)
  • 沈之傑〈試説唐寫本《説文・木部》殘帙在清代以前的定位與流傳〉,《中國語文》2007年6期(總321期)

莫友芝(1811-1871)が幻の唐代写本、『説文解字』木部を入手して喜び、1864年、《唐寫本説文解字木部箋異》を木版印刷して世に問いました。それに対し、木板印刷からでは、唐写本の存在を信じ切れなかった学者たちがおり、当時17歳の孫詒讓も含め、彼らがあやふやな論拠を基に本書を疑った、というのが一連の偽書騒動の実情のようです(梁氏、2007)。孫詒讓らは、何と、現物も写真も見ずに疑ったのです。当時、写真版が技術的に可能であれば、問題にすらならなかった話でしょう。

それだけに、「何でいまさら」の感がぬぐえません。特に、孫詒讓関係の資料は惲氏がすでに出しているにも関わらず、何氏が『孫衣言孫詒讓父子年譜』(上海社会科学出版社、2003)からの新出資料扱いで提示しているのは、粗忽です(梁氏、2007)。

2007年6期号に、すかさず反論が2本載せられたのは、さすがに『中国語文』の良心というべきでしょう。ともに有効な反論になっているので、ご関心の向きは是非、ご一読を(梁氏のものは、ネット上でも読めます)。一方、わが『汲古』に載せられた何氏論文の紹介には、何氏への批判がありませんでした。この点、残念に思いました。

【追記】と、上記のように、悪口を書いてから、いつも本を買っている卓越アマゾンのウェブサイトを開いてみたところ、何氏の書物がお薦めの一番に挙がってきました。卓越アマゾン、畏るべし!

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「唐写本『説文』木部」への6件のフィードバック

  1. いつも興味深く拝見させて頂いております。
    終わりの方に書かれている『汲古』というのは雑誌でしょうか?ちょっと気になるので、どのような内容だったのか、差し支えない範囲で少しだけでもご紹介頂けると幸いです。ネタ落ちになってしまうようで、申し訳ありません。

  2.  Hirshさま、こんにちは。お察しの通り、『汲古』は雑誌で、汲古書院という出版社が出している、書誌学関係の雑誌です。学会誌ではありませんが、学術性の高い雑誌と認められています。ただ申し訳ないことに、手もとにその号がなく、印象だけで書きました。何氏の論文の内容をただ紹介したものという印象を当時、持ちました。
     私はその写本が本物であることを確信しているので、単なる紹介では、「見識がない」と思った次第です。この件については、書きたいことは少なくなく、論証もできるのですが、そこまでするとなると、私も覆面をぬぎすて、正体を現さざるを得ないかも知れません。それは後日のこととしたいので、どうか、お手柔らかに願います。
     なお、『汲古』は、汲古書院に連絡すれば無料で送ってくれると思います。たしか、51号だったように覚えています。

  3. Xuetui様、ご丁寧にお返事頂き、恐縮です。雑誌に関しては汲古書院に連絡してみるつもりです。この件に関しての詳しいことも、機会があればいつかお聞かせ願えれば嬉しいです。
    頼惟勤『説文入門』にも紹介されている唐鈔本ですよね。素人目にはこのような偽書騒動があったとは、それも孫詒讓登場とは思いもよりませんでした。とても興味深く読ませて頂きました。

  4.  Hirshさま、コメント頂戴いたしまして、ありがとうございます。そうなのです、孫詒讓が、考証界のスーパー・ヒーローであるがゆえに、この話は混乱するのです。しかし、その孫詒讓も間違いはおかすのです。それを信じたくない人がいることも、理解できなくはありませんが、ものの真贋は、そういうレベルの話ではありません。
     『説文入門』は素晴らしい本ですね。また、頼先生門下の方々がよい研究をなさっているのは、素晴らしいことです。

  5. 灯台下暗しで学界をひろく知らないのですが、頼先生の門下生というと、水谷誠先生いがいにはどなたになるのでしょうか。また真贋とか年代判定の話は結構関心あるのですが、たとえば具体的には、王重民『敦煌古籍敍録』「爾雅注」で大暦九年とあるのは読んだ人が書いたもので、闕筆も考えると、唐ではなく六朝の写本だという話があります。とくにこれについて明確な反論の根拠があるわけではないのですが、これで議論がつくされているのかも自分では判断できないでいます。こういう王重民などの考証がどうなのかも機会があればお話お願いします。

  6.  頼先生は、お茶大の先生でいらしたので、女性のお弟子さんが多いように思っております。
     繰り返し申し上げますが、真贋の問題は、難しいです。確信を持てるもの以外、口をつぐむのが良識的で賢明な態度です。『爾雅』については、研究をしたことがないので、何とも申し上げられません。
     王重民の文献考証については、いつか考えがまとまったら、書いてみたいと思います。コメントありがとうございました。

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