啓功と『真草千字文』


啓功千字文 先日ご紹介した、『啓功口述歴史』(北京師範大学出版社、2004年)から、『真草千字文』にまつわる話題をひとつ。

 啓功(1912-2005)は17歳の時、顔真卿『多宝塔碑』の拓本を目にして、突然「開悟」し、書家として身を立てることを決意するに至ったそうです。その後、趙孟頫、董其昌、欧陽詢、柳公権を学び、書家としての基礎を築いた、と語っています(p.171-173)。さらに、次のように言葉を継ぎます。

  後に、私は歴代の各種の墨跡碑帖をさまざま臨書したが、なかでも智永の『千字文』にはもっとも力を注ぎ、いったい何度臨書したことか知れないが、ならうたびにかならず新しい体得と進歩があった。出土文物や古代の文字がたえず発見され世に伝わるのに従い、さいわい、我々はより多く古人の真品の墨跡を目にすることができるようになり、これは私が書法を学ぶのにたいへん大きな助けとなった。

 私は碑拓の作用を否定するわけではなく、碑拓はつまるところ原作の基本的なありさまを保存できているわけだし、とりわけ、好い碑刻は神髄を伝えうる水準にさえあるのだが、ただ古人の真品の墨跡は、その結構の由来と、運筆の点画曲折を、我々によりはっきりと見せるのだ。(p.173)

 そして、現代の複製技術が、書法の学習に大いなる便をもたらしていることに触れ、さらにこう言います。

 智永の『千字文』について言うと、もともと智永の石刻本と呼ばれたものには4種あるが、模刻が精密でなく、繰り返し拓を取られることにより本来の姿が失われ、あるものは筆意こそ墨跡自体と合致するものの、欠損がひどく、結局は模刻に過ぎず本物ではない。ところが日本で智永の真跡が発見されてからというもの、このような遺憾な事態はすべて解決された。…。現在、この真跡は高度な科学技術により影印出版されており、だれもが入手可能で、私もこの本によって臨模した。(p.174)

  我々の先祖がよく保存し、よく伝えた『真草千字文』は、我が国の国宝であるのみならず、人類の貴重な遺産です。私は『千字文』の読誦をみずからにも学生にも課し、「文言基礎」というサイトも作りましたが、それは、この『真草千字文』を広く伝えたいという気持ちもあってのことでした。

 なお、二玄社「書跡名品叢刊」のような書跡の写真版は、現在ではあまりにも入手がしやすく、そのありがたみを感じづらくなってすらいますが、古人と比べてはるかに恵まれた条件の下に我々はあるのだ、という啓功のことばは、確かにその通りで、忘れるべきでないと思います。

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“啓功と『真草千字文』” への 5 件のフィードバック

  1. Xuetui様

    こんばんは。以前「文言基礎」をはじめるにあたって、ご挨拶させていただきました。
    その後、千字文は…細々と…、中国語は、こちらもよい先生に恵まれ、少しずつ勉強を続けています。

    さて、本日ちらしを見つけました。
    来年一月の京博の特別展「筆墨精神 中国書画の世界」で、
    なんと、
    真草千字文 が出陳されますね!
    そして
    論語集註草稿 朱熹筆 も…

    Xuetui様にご指導いただいて千字文の書写をはじめ、また論語の来し方に興味を持つようになった今、特別の感慨をもってこの二つを観ることができるのだと、今からとても楽しみです。これも古典を勉強することの喜びですね。ご縁とご指導にあらためてお礼申し上げます(来年の一月までに千字文の何処まで進めるか?を課題に頑張ります)。

    「文言基礎」を終えられた皆さんは、展示室で音読しながら観覧されるのでしょうか?
    想像するだけでなんだか楽しそう。
    展覧会にたくさんの方が足を運ばれることを願っています。

    ご存知かと思いましたが、嬉しくてつい書き込みをしてしまいました。

    mm

  2. mmさま、コメントちょうだいいたしまして、ありがとうございます。

    有益なお知らせ、感謝いたします!つい先日、京博のサイトを見ましたばかりですのに、まったく気がつきませんでした。それにしても、上野コレクションの精髄が勢揃いとあって、本当に、今から楽しみでたまりません。

    朱子の手稿の話は、先日、河南大学の学生さんたちにも紹介したところで、また、以前にこのブログでも言及した唐写本の『世説新語』(『世説新書』)も出品されるとのこと。そして何より、『千字文』。写真版で見慣れたこの写本も、現物を眼にすれば、感動もひとしおでしょう。私はこれまで拝見したことがないので、今からわくわくしています。

    近頃、街ではクリスマス商戦が早くも始まり、郵便局は大声を張り上げ年賀状を売りだし、またお歳暮やおせちの宣伝なども耳にし、正直、苦々しく思っていたのですが、『千字文』が見られるとあって、来年の正月が待ち遠しくなりました。

    深くお礼申し上げます。文言基礎の方にも、いつでも質問、コメントなどお寄せください。

    1. Xuetui様

      ご返信ありがとうございます。

      何かと忙しく慌しい年末ですが、それを乗り越えれば『真草千字文』が待っている(笑)、という訳ですね。それに向けて仕事や勉強にも身が入りそうです。

      展覧会がはじまりましたら、注目されているものや上野コレクションのことなど、こちらでご教示頂けると嬉しいです。勝手なリクエストですみません…

      前回は東博のこちらの特別展
      で拝見したようなのですが(展示替えがあったので、先の二つを本当に観たのか、ちょっと自信がなくなってきました。すみません)、会場を埋め尽くす筆跡と古写本にとにかく圧倒された記憶があります。

      今回は、文字の意味内容にもきちんと意識をむけられたら…と思います。

      mm

      1. mmさま、こんにちは。そうですね、これで今年の年末もなんとか乗り切れそうです。楽しみです。

        おっしゃるように、宝物というのは、あまりたくさん見せられると、つかれるだけで、ありがたみを感じません。きっと、人間はそういうふうにできているのでしょう。たとえば台湾の故宮に行くと、国宝級の青銅器がたくさん並んでいますが、多くの人から「ものが多すぎて何が何だかわからなかった。疲れた」という声を聞きます。

        そういうときは、自分なりに見たいものをあらかじめ決めておき、それを重点的に見て、後は思わぬ発見があれば幸運、それ以外は、無表情で素通り、というのがよいのかも知れません。

        開催が始まったら、このブログでも取り上げます。展覧会があることをお知らせくださいまして、ありがとうございます。

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