徐仙民


 劉師培『經學教科書』は、未完の書ながら、経学史を知るのによい手引きですが、その第19課「三國南北朝隋唐之春秋學」に、魏晋時代の『春秋穀梁傳』解釈を説明する、次の一文があります。

説『穀梁』者、有唐固・麋信・孔衍・江熙・程闡・徐先民・徐乾・劉瑤・胡訥十數家、范寧集衆家之説成『穀梁集解』。

 范寧「春秋穀梁傳序」の「釋『穀梁傳』者雖近十家、皆膚淺末學不經師匠」という文句があり、それを唐の楊士勛『春秋穀梁疏』が解釈したものが、この劉師培の説明のもとになっていますので、引用して対照してみます。

近十家者、魏晉已來注『穀梁』者、有尹更始・唐固・麋信・孔演・江熙・程闡・徐仙民・徐乾・劉瑤・胡訥之等、故曰「近十家」也。

 両者には幾つかの異同がありますが、いま注目したいのは、「徐仙民」(劉氏は「徐先民」と表記)です。この人は徐邈という東晋時代の学者で、あざなは「仙民」(『經典釋文』叙録、及び『晉書』に書いてあります)。経書に「反切」をつけ、その読音を明らかにしたことで知られ、『経典釈文』には彼の説がとても多く引用されています。

 ところが、数年前に出版された陳居淵氏の『経学教科書』注(上海古籍出版社、2006年)には、「徐先民、范寧『春秋穀梁傳序考證』作「徐仙民」、生平事跡不詳」(p.74)とあります。『春秋穀梁傳序考證』というのは不正確ですし、また徐邈のことだとも気づいていないようです。この注は完成度の低いものですので、お読みになる際にはご注意を。

 それはそうと、『隋書』経籍志に「『史記音義』十二卷、宋中散大夫徐野民撰」という書物があります。現存しませんが、裴駰『史記集解』に「徐廣」としてたくさん引用されています。『史記』の読音と訓詁を明らかにしたものです。

 この徐野民『史記音義』については、銭大昕『廿二史考異』巻三十四の『隋書』経籍志の考異に、次のようにいいます。

即徐廣。隋人避諱、因稱其字。然廣又有『晉紀』四十五卷、『車服雜注』一卷、却稱名不稱字、蓋唐時修史不出一手、故多駁文。又如「民」字、避唐諱、例當作「人」、…、此徐野民仍用本字、則由後來校書者妄改、又不能盡改也。

 徐廣は、名(廣が隋の煬帝の名)も字(民が唐の太宗の名)も、隋唐の帝王の諱に当たってしまった、珍しい人です。

 もうお察しのように、上に挙げた徐邈(あざなは仙民)と徐広(あざなは野民)、兄弟です。徐広は、『晉書』卷八十二に、伝が立てられていて「徐廣字野民,東莞姑幕人,侍中邈之弟也」とありますから、徐邈が兄で、徐広が弟。『晉書』卷九十一の儒林傳には徐邈の伝があり、兄弟ともに当時の名士でした。兄弟で経学と史学とを分担して研究し、「音義」をつけた、という点に興味をひかれました。

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「徐仙民」への2件のフィードバック

  1. Xuetui様
                            2010年12月5日
    前略。
    ◎徐仙民。

    初めてメールを差し上げます。
    間然する所とてございませんが、引用漢文を旧字、本文を新字、ということであれば、「儒林傳には徐邈の伝があり」の「儒林傳」は「儒林伝」ではないでしょうか。

    『辞通』と『聯緜字典』との優劣は戸川芳郎先生からお聞きしたことがあります。戸川先生のブログかと思いきや、先生の論文が引かれていました。貴殿の正体は?

    「漢語大詞典/これ無しには仕事にならないでしょう。私より速く引ける人は、世界中に何人いるのか?」。私も「開模」、「破模」が「ともに『漢語大詞典』に載ってない言葉」であることは1秒で調べられます。
    『高僧伝』巻13
    釈僧洪
    「後率化有縁、造丈六金像、鎔鑄始畢、未及開模。時晉末銅禁甚嚴、犯者必死」。
    「還開模、見像胸前果有燋沸」。
    釈法悦
    「及至開模量度、乃踊成丈九、而光相不差」。
    「鑄後三日、未及開模」。

    I love Chinese classics and teach Chinese thought classes at a university in Japan.
    What is the name of your university ?

    藤田 吉秋・Eメール・toubokuji@nifty.com

  2.  藤田さま、拙文をご覧くださいまして、ありがとうございます。文字の新旧については、きわめて鈍感、無頓着ですので、ご覧になって不快に感じられることもあるかも知れませんが、ご容赦ください。
     このブログは、もともと学生に読んでもらうために書いておりますので、『漢語大詞典』云々も、紙の辞書を引くのを億劫がる学生たちを励まし、「私以上に辞書に親しんでください」というメッセージを発信したもので、自慢する意図はなかったのですが、読み返してみると確かに威張っているようにみえます。これも不快に感じられたとすれば、ご容赦ください。
     そしてこのブログは、筆名で始め、筆名で続けてゆくつもりですので、本名を申し上げることはできません。お読みいただけばお分かりの通り、大先生と見間違われるようなものではありません。よろしければ、またいらしてください。

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