「熊」の古音はクマなのか?


熊

「熊」字は、『説文』の部首字、540のうちの一つ(第381)。十篇上に見えます。

熊、熊獸、似豕。山居冬蟄。从能、炎省聲。

「能」(『説文』部首の第380)は「熊屬」とありますから、「从能」の部分はよいのですが、問題は「炎省聲」です。「炎」と「熊」の発音に共通性がある、と『説文』は言っているわけです。

ですが「炎」と「熊」とは、現代音で言えばyán/xióng、中古音で言えば于廉切(-mで終わる音)/羽弓切(-ŋで終わる音)、日本漢字音でもエム/ユウと、かなり異なる音です。

古音も「炎」は談部(段氏の8部。*am)、「熊」の中古音「羽弓切」ならば蒸部(段氏の6部。*əŋ)のはず。段玉裁は『説文』の「炎省聲」に基づき、「熊」の古音は8部だと理解しているようです。

どうなのだろうか、などと、ぼんやり思っていましたら、たまたま、洪颺「“熊”字的上古読音之古文字材料補証」(『遼寧師範大学学報(社会科学版)』vol.33,no.5, 2010年9月)という、まさに私の疑問に答えてくれそうな論文に出会いました。

それによると、「熊」の読音問題は清朝に始まり、談部派と蒸部派が対立。近現代では、侵部派(*-əm)が李新魁ら、蒸部派が王力・陳復華・何九盈ら。1920年代にカールグレンが「-mから-ŋへと変化した」と主張して(「上古中国音当中的幾個問題」、『中国科学研究院歴史語言研究所集刊』1930-1)、陸志韋・王静如らもこれを支持。現在は、カールグレン説の支持者が多いそうです。陸志韋と王静如によると、この変化が生じたのは「周か春秋以前で、秦の地方ではそれよりもやや遅れた」ということです。

洪颺氏によると、楚地(湖北省・湖南省)から近年、出土している文献には、侵部と蒸部の交渉が多い、とのこと。たとえば、現行の『老子』では「勝」(蒸部)と書く字を郭店や馬王堆の『老子』では「朕」(侵部)に書く例が多いことなど。洪氏はもともと侵部だった字が後に蒸部に入っていった、と考えているようです。

洪氏は『説文』「炎省聲」の説は信じられないとして退けますが(おそらく両者の主母音が異なるからでしょうが)、「許慎の方言では(「熊」字に)-mの名残が保存されていたのかもしれない」と言っています。

それにしても、洪氏が引用する李新魁氏の説(『李新魁語言学論集』中華書局、1994年)に、「熊」の古音を説明しようとして、「閩方言ではhimあるいはhom、朝鮮漢字音ではkom、日本語では音を借りてkumaと読む」と言って、h, kなどを「熊」字上古音の声母の名残、-mをその韻尾の名残と見ているのには、仰天しました。閩方言はともかく、朝鮮のkomや日本のクマは、まさか漢字音由来ではないはずです。

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