「筆墨精神」


IMG_0030 京都国立博物館にて、現在開催中(会期:2011年1月8日-2月20日)の展示会「筆墨精神-中国書画の世界」を観覧してきました。

とにかく、会場に立ち入るなり、唐以前の写本のみで第1室が埋められており、これには圧倒されました。それも、近代にもたらされたもののみならず、遣唐使が将来した「古渡り」のものも多くありました。これほどの充実ぶりは予期していませんでした。以下にそれらを列記します。

  • 『法華経』『大智度論』(中国・南北朝時代、5世紀。*クチャ出土。京博)
  • 『三国志』呉志巻12(中国・南北朝時代、5世紀。トルファン出土。書道博物館)
  • 『三国志』呉志巻12(中国・南北朝時代、5世紀。トルファン出土。上野家)
  • 『三国志』呉志巻20(中国・南北朝時代、5世紀。楼蘭出土。書道博物館)
  • 『真草千字文』(中国・隋-唐時代、7世紀)
  • 『漢書』楊雄伝(中国・唐時代、7世紀。上野家)
  • 『世説新書』巻6(中国・唐時代、7世紀。京博)
  • 『玉篇』巻9(中国・唐時代、7-8世紀)
  • 『毛詩正義』秦風(中国・唐時代、7-8世紀。京都市)
  • 『王勃集』巻28(中国・唐時代、7-8世紀。上野家)
  • 『冥報記』(中国・唐時代、8世紀。高山寺)
  • 『文選』「弁命論」(中国・唐時代、8世紀。上野家)

私の関心は、もちろん、初めて眼にする写本『真草千字文』でした。予想よりも、わずかに小さく感じましたが、しかしながら、予想以上に力強い筆でした。写真は見慣れているはずなのに、やはり実物は違うもの、と、感銘を受けました。できることなら、啓功氏にも見てもらいたかったものです。

そのとなりには、宋拓の智永『真草千字文』(隋時代、6世紀。京博(上野コレクション))が並べてありました。この拓本は、「関中本」と呼ばれるもので、写本とともに「神疲守真志滿逐物意移」の行から「浮渭據涇宮殿磐鬱樓觀」の行までの部分を開いて展示してありました。

「比較検討せよ」という趣向なのでしょう。どう見ても、同一の人の書写したもので、また、写本を摸本と見るのも根拠を欠きますので、写本を智永のものと認めて差し支えないように思いますが、展示の解説および図録の解説では、そうとは断定していません。断定を避けるのはかまわないのですが、写本を「隋-唐時代、7世紀」とし、拓本を「隋時代、6世紀」(もちろん、これは石に刻された時期ではなく、その底本が書写された年代、の意ですが)として並べられると、さすがに首をひねります。そろそろ、「智永のものだ」と本当のことを言ってもよい時期ではないでしょうか?そうすれば、すっきりするのですが。

以前、『真草千字文』とともに触れた唐写本『世説新書』も出品されており、しかも、予期せぬ唐写の単疏本『毛詩正義』(これは、京都文化博物館で以前見たことがありましたが、何度でも見たい!)や朱子自筆『論語集註』草稿も出品されており、満足しました。

ほかにも篆刻家、園田湖城のコレクションや作品を大量に列品し、大いに楽しめる展示会でした。入場者も多く、にぎわっていましたよ。

【追記】2010年2月19日、再度この展示を訪問しました。今回は、本ブログの読者でもあるHirshさんとご一緒させていただき、楽しく観覧しました。

智永『真草千字文』は、「叛亡布射遼丸嵇琴阮嘯/恬筆倫紙鈞巧任釣釋紛/利俗並皆佳妙毛施淑姿/工顰研咲年矢毎催羲暉」の部分が展示されていました。「本来は巻子本だったはずですけど、いつごろ、法帖に仕立てたんでしょうね?」「巻子のままだったら、もっと多くの部分を見られたのに、残念ですね」などと話をし、かつての『真草千字文』の姿に思いを馳せました。

また図らずも、東京からいらしていた戸川芳郎先生に邂逅、写本や拓本に関するさまざまなお話をうかがいました。会場で立ち話をしていて、係員の人に注意されたくらいです。記念に、ここに記しておきます。

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「「筆墨精神」」への3件のフィードバック

  1. Xuetui様

    こんばんは。
    「筆墨精神」のアップありがとうございます。
    私も早速展覧会にでかけ、「真草千字文」を拝見してまいりました。
    見られただけで幸せですが、欲をいえば、もう少し広げて展示ほしかった…。
    頭の中では、壁面ケース一面(!)という勝手な想像が広がっていました。
    それ以外にも、貴重なものがたくさんありましたので、贅沢はいえませんが。

    智永真筆かどうか、素人の私には分かりませんが、最古の写本であることは間違いないでしょうし、「国家珍宝帳」記載の、その千字文であって欲しいとは思います。
    その前提で「国家珍宝帳」の書風自体が「真草千字文」を手本としている、という意見があるそうですね。当時の人も、至高のものとして「真草千字文」認識していたのだと思うと、また更に興味が深まります。

    ところで、自分が興味を持ち始めたからそう思うのかもしれませんが、最近、巷でも中国書画や典籍の話題が多いように思います。初学者としてはとても嬉しいです。
    「関西中国書画コレクション展」というのもありますね。
    京大の関連講座も先週は残念ながら聞き逃してしまいましたが、次回は聞きに行きたいと思っています。

    1. mmさま、コメントありがとうございます。さっそく、お出かけになりましたか?きっと、満喫なさったことと存じます。

      『真草千字文』は、現状、法帖に仕立ててありますので、あれが精一杯でしょう。もともとは、巻子本だったんでしょうけど。巻子本なら、たくさん、広げることも可能です。

      書画の世界は、日本人が中国文化を理解するための、重要な入り口だと思います。これは、歴史上もそうですし、現在も、そして将来もそうだと思います。はやりすたりはともかく、美しいものに触れて、心豊かに過ごすとともに、隣国の文化に対する理解も深めてゆきたいものです。

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