功成り名遂ぐ


  「功成り名遂ぐ」という国語は、『老子』第9章の「功成名遂身退、天之道」に基づく成語です。

 持而盈之,不如其已。揣而鋭之,不可長保。金玉滿堂,莫之能守。富貴而驕,自遺其咎。功成名遂身退,天之道。

  しかしながら、国語辞書のたぐいでこの語を検しても、その出典として『老子』を明示しているものは、ほとんどないようです。なぜでしょうか?その理由について、明確な答えがあるわけではありませんが、私の見通しは、次のようなものです。

  伝統的に言って、『老子』の有力な本文系統が二つ、あります。魏の王弼が注をつけた「王弼本」と、河上公なる謎の人物が注をつけた「河上公本」です。

 それ以外に、近年、注目を集めている本文として、1970年代に湖南省から発見された前漢の写本、「馬王堆帛書」の甲本・乙本、1990年代に湖北省から発見された戦国時代の写本、「郭店楚簡」の甲本・乙本・丙本があります。ただし、「郭店楚簡」は、現行の『老子』81章の一部を収めるだけです。

 専門的に言うと、これほど簡単にはまとめられませんが、一応、「王弼本」、「河上公本」、「馬王堆帛書」、「郭店楚簡」くらいを頭に入れておくと、『老子』の本文の話は分かりやすくなるはずです。

 それぞれの本に文字の異同があるので、一口に『老子』といっても、どの本が根拠とされているかにより、議論が食い違うことがあります。

 さて、「功成り名遂ぐ」に話をもどしますと、この文句は、「河上公本」にしか、見えない本文なのです。「王弼本」にも、「馬王堆帛書」にも、「郭店楚簡」にも、見えません。「王弼本」では、この部分、「功遂身退,天之道」となっています。

 「功成名遂」の語が「河上公本」にしかない、という事実から、「日本では、伝統的に、(王弼本ではなく)河上公本が伝承された」ことが、推測できます。また、現在、日本に伝わっている『老子』の古写本は、すべて「河上公本」であり、「王弼本」の古写本は一つもありません。このことからも、日本では古くから河上公本が伝承されたことが確認できます。

 ことほどさように、日本の『老子』と言えば、「河上公本」なのです。しかし、近年、「河上公本」と「王弼本」の勢力関係は、完全に逆転したようです。たとえば、現在市販され、よく読まれている『老子』の訳本の底本は、ほとんどすべて「王弼本」である、という状況にあります。

 国語辞書の編纂者は、「王弼本」重視の流れを見て取り、さらにそこに「河上公本」に対する中国古典学者の「貶意」を読み取り、「功成り名遂ぐ」が『老子』(河上公本)に基づくという事実の指摘を避けているのではないか、というのが、私の推測です。邪推かも知れませんが。

 『日本国語大辞典』では、「功成り名遂ぐ」「功成り名遂げて身退くは天の道なり」の両項を立て、さすがに後者については、『老子』に基づくむね明記していますが、かえって前者に対して口を閉ざしているのは、やはり奇妙です。

 なお、「河上公本」は、文献学的な価値の低いものなどでは決してなく、私見に拠れば、「王弼本」以上に尊ぶべきものです。何しろ、「王弼本」には、古写本も宋版もないのですから。

 このような「王弼本」重視の状況にあって、たとえば日本文学を専攻する方が、能の〈舟弁慶〉の「功成り名遂げて、身退くは、天の道」の出典を調べようと『老子』を当たっても、これを検出するのは、容易ではないかも知れません。

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