姚孝遂『許慎与説文解字』


許慎与説文解字
許慎与説文解字

焉哉乎也さんがお作りになっているブログ、「謂語助者 焉哉乎也」と「段注」は、熱心な学習の軌跡であり、毎日、更新を楽しみにしているサイトの一つです。

そちらを拝見しているうちに、錢大昕の「説文連上篆字為句」という考証のことを思い出し、コメントを書かせていただきました

錢大昕に「説文連上篆字為句」(『十駕斎養新録』巻4)という有名な論文があります。『説文解字』には、篆文の字が下に続く隷書と続く例がある、というものです。「詁,訓故言也」ではなく「詁訓,故言也」と読むべし、「參,商星也」ではなく「參商,星也」と読むべし、というのです。
この説に対し、段玉裁は、賛成していないようです。この「枌」字についても、錢大昕説に基づけば、「枌榆也」と読めるのですが、段氏はこれを認めないので、「淺人」が「枌」一字を削ったと考え、あらためて補っているのです。
この「説文連上篆字為句」説に対する段氏の頑固な態度は、なかなか興味深いものがあります。そのうち、また同じような例が出てくると思いますよ。現代の学者では、錢大昕を是とする人が多い印象を持っていますが、よくは知りません。

この「説文連上篆字為句」を初めて知ったのは、いつであったか?思い起こせば、以前、姚孝遂《许慎与说文解字》(中華書局,1983年)という『説文解字』の入門書を読んだ時でした。姚孝遂氏(1926-1996)は、吉林大学の教授であった、古文字学者。本書の目次を転載しておきます。

  1. 作者許慎
  2. 《説文》―時代的産物
  3. 《説文》的寫作目的和動機
  4. 《説文》版本
  5. 《説文》體例
  6. 《説文》書體
  7. 文字學的基本理論―六書
  8. 《説文》部首
  9. 歴代對《説文》的研究
  10. 《説文》得失的評價

 その第5章「《説文》體例」に「《説文》連篆字為句之例」が、錢大昕の一大発明として紹介されていました(p.14)。そのほかにも、王筠『説文釋例』の説が周到に紹介してあることなど、『説文解字』に関する常識的なことが盛られていて、概説書としてよくできています。私は以前、王筠『説文解字句讀』を少し読んでみて、非常に退屈に感じていたのですが、『釋例』を読めば王筠の印象が変わるかも知れない、と思いました。

また読み返してみたところ、第8章「《説文》部首」には、高田忠周『説文字原譜』、島邦男『殷虚卜辭綜類』という日本人の著作が大きく紹介されており、驚きました。「道理で中国の学者たちが、島邦男氏のことをよく話題にするわけだ」、と納得しました。

私の持っている本は、手書きの原稿を影印した中華書局版で(多様な文字を使用する書物としては合理的です)、薄く、非常に安価でした。1.10元。他の版も出されているようです。『説文解字』にご関心をお持ちの向きは、入手可能なものを一読なさってはいかがでしょうか。

*姚孝遂『許慎與説文解字』(中華書局,1983年),Webcat所蔵館は20館。

*姚孝遂『精校本許慎與説文解字』(作家出版社,2008年),Webcat所蔵館は9館。

姚孝遂『許慎与説文解字』 の続きを読む

『説文』第3篇の序列


 

第62部𠬞
第62部𠬞

Jí shé gān jué zhǐ, nè gōu jiū gǔ shí.

㗊舌干𧮫只,㕯句丩古十。

Sà yán jìng yīn qiān, zhuó pú gǒng pān gòng, yì yú jú chén cuàn.

𠦃言誩音䇂,丵菐𠬞𠬜共,異舁𦥑䢅爨。

Gé lì lì zhǎo jǐ, dòuyòu zuǒ shǐ zhī.

革鬲䰜爪丮鬥又𠂇史支

Niè yù huà dài qiān, chén shū shā shū cùn.

𦘒聿畫隶臤臣殳殺𠘧寸

Pí ruǎn pū jiāo bǔ, yòng yáo lǐ.

皮㼱攴教卜,用爻㸚。

 

第45部「㗊」は、上の「品」を承ける。第46部「舌」は「口」を承ける。第47部「干」は「舌」の上部。第48部「𧮫」、第49部「只」は「口」を承ける。

第50部「㕯」、第51部「句」も「口」を承ける。第52部「丩」は、「句」の一部。第53部「古」は「口」を承け、第54部「十」は「古」の上部。

第55部「𠦃」は「十」を承ける。第56部「言」は、また「口」を承ける。第57部「誩」は「言」を並べたかたち。第58部「音」は「言」を承ける。第59部「䇂」は「音」の上部。

第60部「丵」は、その下部が「䇂」に似ているから(こじつけ気味です)。第61部「菐」は「丵」を承ける。第62部「𠬞」は「菐」の両脇にある左右の手のかたちで、第63部「𠬜」は「𠬞」を反転させたかたち。第64部「共」は「𠬞」を承ける。

第65部「異」、第66部「舁」も「𠬞」を承ける。第67部「𦥑」は「舁」の上部。第68部「䢅」は「𦥑」を承け、第69部「爨」は「𦥑」「𠬞」両方を承ける。

第70部「革」は、この字の古文が「𦥑」に従うため。第71部「鬲」は、かたちの上での関連はないが、意味的に「爨」とつながる。第72部「䰜」は「鬲」を承ける。第73部「爪」は「𦥑」の左辺。第74部「丮」は「爪」と同義。

第75部「鬥」は「丮」を承ける。第76部「又」、第77部「𠂇」は、ともに「𦥑」を承ける。第78部「史」、第79部「支」は「又」を承ける。

第80部「𦘒」は「又」を承け、第81部「聿」は「𦘒」を承ける。第82部「畫」は「聿」を承ける。第83部「隶」、第84部「臤」は「又」を承ける。

第85部「臣」は「臤」を承ける。第86部「殳」は「又」を承け、第87部「殺」は「殳」を承ける。第88部「𠘧」は「殳」の上部。第89部「寸」は「又」を承ける。

第90部「皮」も「又」を承ける。第91部「㼱」は「皮」を承ける。第92部「攴」も「又」を承け、第93部「教」は「攴」を承ける。第94部「卜」は「攴」の上部。

第95部「用」は「卜」を承ける。第96部「爻」は、占いの連想で「卜」からつながる。第97部「㸚」は「爻」を並列したかたち。

第3篇は、前半の難関ですね。数が非常に多いので。『説文』の第1篇から第14篇までは、それぞれ上下に分かれていますので、それを覚えておいた方がよいのですが、ことにこの第3篇のように部首数が多い場合は、切れ目を意識しておくべきでしょう。第3篇上は「爨」まで、第3篇下は「革」から。

総じて、はじめの部分は「口」を承ける「言」などが目立ちますが、「𠬞」(両手のかたち)が登場してからは、手に関係のある部首が列挙される、という印象です。

『説文解字新訂』


『説文解字』の閲読用のテクストを探していたところ、臧克和、王平校訂『説文解字新訂』(中華書局、2002年)を持っていることを思い出しました。

この書物は、大徐本(陳昌治本、すなわち一篆一行本)をもとに整理されたもので、字の排列など、基本的な内容は底本の通り(ただし第15篇にもともとある540部の目録は省かれています)ですが、ピンインが注記してあり、また各字の古文字の字形を参考として載せてあることなど、内容が足してあります。

古文字の字形は、『甲骨文合集』『殷周金文集成』『睡虎地秦簡文字編』などの編纂物から転載されているほか、第6篇上の木部については、唐写本『説文』からも採られています。それらの古文字の字形を参照して『説文』の篆文を観察すれば、文字変遷の一面を知ることもできるわけです。

また、『説文』の字形(小篆や古文など)が明らかに変化している(、というのは、後世の転写の誤り、の意でしょう)場合には、アスタリスクを付け、注意を促してくれているのも、親切です。

索引も充実しており、画数・現代音から引くことができて、たいへんに重宝します。

横組みの繁体字を用いて、標点・整理されています。大徐本の最善校訂本を目指しているわけではないので、研究論文などに引用する用途に向きはしないでしょうが、横組みに対して抵抗感のない方には、閲読用の『説文解字』としてお薦めできます。私もこのところ、『説文』を見る機会を増やしているので、この本も用いてさらに『説文』に親しみたいもの、と願っています。

*『説文解字新訂』臧克和、王平校訂(中華書局、2002年)、Webcat所蔵図書館は24館。

『説文』第2篇の序列


 

第28部癶
第28部癶

Xiǎo bā biàn bàn niú, lí gào kǒu kǎn xuān.

小八釆半牛,犛告口凵吅。

Kū zǒu zhǐ bō bù, cǐ zhèng shì chuò chì.

哭走止癶步,此正是辵彳。

Yǐn chān xíng chǐ yá, zú shū pǐn yuè cè.

廴㢟行齒牙,足疋品龠冊。

 

第15部「小」第は、上の「丨」を承けて。第16部「八」は「小」を承ける。第17部「釆」は、「八」同様、ものを分割するかたち。第18部「半」は「八」を承ける。第19部「牛」は、「半」が「牛」に従うから。

第20部「犛」は「牛」を承けて。第21部「告」も「牛」を承ける。第22部「口」は「告」を承ける。第23部「凵」は「口」を開けたかたち。第24部「吅」は「口」を並べる。

第25部「哭」は「吅」を承ける。第26部「走」は何の脈絡もない。段玉裁は「有形不相承者、此是也」という。第27部「止」は「走」の下部。第28部「癶」は、「止」を背中合わせに並べたかたち。第29部「步」は「止」と「癶」左辺を上下に重ねたかたち。

第30部「此」は「止」を承ける。第31部「正」、第32部「是」、第33部「辵」も「止」を承ける。第34部「彳」は「辵」の上部。

第35部「廴」は「彳」を承ける。第36部「㢟」は「廴」を承ける。第37部「行」は「彳」を背中合わせに並べたかたち。第38部「齒」は、「止」を承ける。第39部「牙」は「齒」からの類推で、字形上の関連はない。

第40部「足」、第41部「疋」は「止」を承ける。第42部「品」は遠く「口」を承ける。第43部「龠」は「品」を承ける。第44部「冊」は「龠」の下部。

総じて、ものを分割する「八」などや、「口」、そして足や歩行に関係する「止」にまつわる字を集めた篇、と理解しましょう。

第2篇上は「此」まで、第2篇下は「正」から。

『説文』第1篇の序列


第10部丨
第10部丨

以前にご紹介した『説文』540部の暗記法を、14篇すべてにわたり公開することにします。私家版ですが、もしも勉強してみたい、という方がいらしたら、どうぞご活用下さい。

  • 『説文』第15篇の上は、許慎の序文と目録から成っており、第1部「一」から第540部「亥」までを列記しています。『説文解字注』では、これを段玉裁が解説しており、その序列の意味を説いています。これを読めば、どんな基準で部首が並べられているのか、分かる仕組みです。だいたい段注に従って、14篇それぞれにつき、「許慎の意図」を説明してゆきます。
  • 読誦しやすいように、ほぼ5字ずつ区切ってあります。まったく正統派の方法ではなく、あくまで便法ですが、一応、載せておきます。

Yī shàng shì sān wáng, yù jué qì shì gǔn.

一丄示三王,玉玨气士丨。

Chè cǎo rù mǎng.

屮艸蓐茻。

まず第1「一」から。段玉裁は何とも言っていませんが、『説文』の本文に「道立於一」とありますから、ここからすべてが始まるのです。それを承けて第2部「丄」、楷書では「上」と書きますが、古文の形は短い横線と長い横線を上下に重ねたものなので、「一」を承けて登場します。段玉裁は「蒙」という言葉でそれを表現しています。第3部「示」は、古文の「上」に従う形。第4部「三」は、「示」の下の部分を横にしたもの。第5部「王」は「三」を承けます。

第6部「玉」も同じ(「玉」の篆文には点がありません)。第7部「玨」は、「玉」を二つ並べた形(段玉裁は「並之重之」と表現)。第8部「气」は、第部の「三」を変形した形(小篆の「气」は三本線で書く)。第9部「士」は、「王」(「一」で「三」を貫く形)を承け、十と一を合わせた形(『説文』に「十一に従う」とあります)。第10部「丨」は、「王」「玉」の縦線。

第11部「屮」は、「丨」を承ける。第12部「艸」は「屮」を並べた形。第13部「蓐」は「艸」を承ける。第14部「茻」は「艸」を重ねた形です。

第1篇上は「丨」まで、第1篇下は「屮」から。