あらためまして、ご挨拶申し上げます


このブログ、「学退筆談」は、2009年6月に開始したもので、日々の読書の覚え書きであるとともに、読者の皆さまの益となるか、と思える書物を紹介してきました。日頃、韓愈を愛好しておりますために、「韓退之に学ぶ」意を託し、また『礼記』曲礼の「君子恭敬撙節退讓以明禮」の精神を慕い、号である学退を名乗ってまいりました。

このたび思うところありまして、「学退筆談」の名は変えず、「古勝隆一読書記」と副題を付することにより、本人の名を明かすことといたしました。わたくしの履歴等につきましては、もう一つのブログ「簡齋」をご覧くだされば幸いです。

今後とも、かわらぬご愛顧をお願いいたします。

なお、学退の名は、今後とも名乗らせていただきます。

日本の若い漢学徒は何をなすべきか


若い日本人が中国古典を研究し、これから職業的な「漢学家 hanxuejia」として立ってゆくには、どのような道が考えられるのか?

「行き着く先は同じであっても、道は一つではない」、『周易』繋辞伝下に「天下同帰而殊途、一致而百慮」と言うのは、確かに学問についても当てはまる至言ではありますが、それにしても、一つの標準的な学び方が提示されていない現状は、混乱しているように思えます。

本来、学習法などという重いものは、軽々に示すべきではありませんが、国際漢学の世界の中で、日本の若い学者が重視されていない現状を鑑みると、早い段階から目標を設定し、それを次々に達成してゆく必要がある、と、焦燥を感じております。 私なりにその方途を考えてみましたので、同道の皆様からのご批判をいただければ幸いです。

なお、漢学を吉川幸次郎にならって「ことば」の学問と「こと」の学問に分けるとすると(詳しくは吉川幸次郎『読書の学』をお読みください)、私の示したモデルは前者に偏っています。それゆえ、「こと」の学問に近い、たとえば歴史学などの場合、それほどまでに漢語を重視し、その修得に時間を割く必要はないのかも知れません。

それでも、「中国語くらいできないと、これからは誰にも相手にされない時代が来る、いや、すでに来ている」ということは、歴史学を学ぶ若い人にも知っておいてもらいたいと思います。

基礎段階(大学学部相当)

  1. 現代漢語を学ぶ/初めは言語教育の専門家に習うこと。それ以降も、外国人である以上、生涯にわたる研鑽が必要です。
  2. 現代漢語を用いて、基礎的な古典を暗誦する/私の方法は、「文言基礎」に示しました。

出発段階(卒業論文相当)

  1. 自分が研究対象とする古典を決める/自分自身で納得のゆく対象を選ぶ必要があります。「古典」については、適宜、ご自身の対象に即して「翻訳」してお考えください。
  2. 古典に接する方向性を決める/周りの人のやり方を批判的に見ながら、自分に合う方向を大づかみに見つけてください。
  3. 研究の必要に応じて、他の言語(漢語の方言を含め)を習得しておく/必要なものは、早い段階で習得した方がよいでしょう。英語の学習を中断するのも、危険です。

習熟段階(修士課程・修士論文相当)

  1. 日本近現代の漢学が蓄積した成果を学ぶ/日本人であることの利点を最大限に活かし、日本漢学の成果を十分に吸収すべきです。国際的に認められるために、日本の学説史を的確に把握することは不可欠です。定期的に、研究史を自分なりにまとめて文章化する練習をしておきましょう。
  2. 中国近現代の学界が蓄積した成果を学ぶ/中国の学者はもちろん、欧米の学者たちと議論するにも、中国の近現代学術を十分に理解することが必要です。定期的に、研究史を自分なりにまとめて文章化する練習をしておきましょう。できれば、中国語で。
  3. 中国の前近代の研究成果を学ぶ/特に古典学に関して言えば、前近代の成果の習得に十分に意を配るべきです。
  4. 欧米の研究成果を学ぶ/分野によりますが、概して、欧米の研究を無視・軽視するのは愚かな選択です。定期的に、研究史を自分なりにまとめて文章化する練習をしておきましょう。できれば、英語で。

研究段階(博士課程以降相当)

  1. 自分の方法論を練り直す/自分が絶対に負けないという土俵を設定して勝負するのが理想ですから、世界中にいる競合しうる相手に対して有利に振る舞えるよう、戦略的に考える必要があります。
  2. 中国か台湾に留学する/講義を受ける、というだけでなく、お互いに信頼関係を築き、生涯にわたる人間関係を形成します。「中国語を学びに」という目的を言う人がいますが、それではスタート時点で出遅れていますので、漢語はいちおう習得してから留学した方がよいです(学部時の語学の不勉強は、かなり響いてきますよ)。
  3. 自分の研究を遂行するために必要な古典の領域を明確にし、資料を周到に蒐集・整理する/領域はなるべく広く(核心が曖昧にならぬ程度に)、資料は周到に。日本人の資料操作のうまさは、世界の漢学者の認めるところですから、資料の蒐集と整理に関して手を抜くことは許されません。
  4. 自分の研究を遂行するために必要なそれらの古典を読む/ここが最も重要です。読みが浅ければ、何をやっても意味がありません。
  5. 論文・口頭発表などの形式を通じて研究を表現、他者からの批評を受ける/アウトプットです。以上のことがクリアできていれば、難しいことではありませんが、文章を書く練習は、常々しておくべきです。また、中国語でも論文を書き、研究発表できるように、訓練を積んでおく必要があります。批評はフィードバックのために。

これくらいこなすのが当たり前になれば、「日本の漢学はもう終わった」と言われなくなるのではないでしょうか。

なお、現在すでに功成り名遂げていらっしゃる多くの日本人学者は、たとえ中国語が流暢でなくとも許容されていますが、その許容も若い世代に対しては、もう適用されないことを覚悟すべきです。時代はすでに変わりました。

個人的な学習の目標


一年の初めに抱負を述べるようなことを、これまで一度もしたことがありません。しかし、思い立った時に、達成したいと願う目標を明らかにしておくのは、まんざら無意味ではないかも知れない。そこで、この半年から一年くらいの間に達成したいと考えていることを箇条書きにしてみます。

  1. 『老子』を暗誦する。ずっと前から朗読を続けていますが、憶えては忘れ、憶えては忘れ、という具合ですから、温め直す、ということで。
  2. 『論語』を暗誦する。これも同様に、繰り返しです。
  3. 『詩経』を通読する。以前に志していた全篇暗誦はあきらめましたが、数回は通読したいと思います。
  4. 『易』を通読する。なるべく理解が深まるように。王弼でも見ながら。
  5. 『説文解字』を通読する。「学退筆談」でも取り上げてゆきます。
  6. 『荘子』を通読する。何度も通読していますが、おりにふれて読み直すつもりです。
  7. 「十三経」に一通り目を通す。自分の無知と向き合う意味で。
  8. 『新華字典』を読み終わる。今、Mあたりです、あとふた月くらいで何とか。

仕事とは別に、以上の学習を達成したいものです。私の人生設計によると、これくらいは三十代のうちにすべて終えて、次の段階に進んでいたはずなのですが、なぜか遅れています。

人生、思うようにいかないものです。このあたりで辻褄を合わせておく必要がありますね。

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想像を絶する大震災


2011年3月11日に三陸沖で発生した大震災は、東北の地域のすべてを覆し、関東の人々の暮らしを傷つけました。同じ日本人として、たいへんにつらいことです。この震災の被害に遭って命を落とされた多数の方々のご冥福をお祈りしております。また今なお避難所において苦しんでいらっしゃる何十万人もの被災者の方々が、なんとかこの苦難を乗り越えられますことをも、お祈りいたします。

このような天災に対して、人文学は無力であります。被災された方々の暮らしが穏やかで平安なものとなる日が訪れますよう、ただただ祈念いたしております。

この間、多くの外国の友人たちが、気遣いをくださいました。深く深く、お礼を申し上げるとともに、日本に向けられた世界の人々の温かい眼を代表するものだと、私は信じております。

中国の先生からいただいた言葉に「天災人禍,普世同悲」とありました。「天災」のあまりの過酷さに苦しみつつ、「人禍」のもたらすかもしれぬ底知れぬ不安におののきます。

普段、時世とは距離を置く、我が「学退筆談」ですが、今回ばかりは沈黙することができませんでした。再び、被災者の方々へのお祈りをさせていただきます。 学退拜