一部なのか三部なのか


三日ほど前から『説文解字』段玉裁注を読み始めまして、第一篇上「玉部」上を進行しているところです。

第一篇は、過去に二度は読んだ部分で、今回、三度目です。『説文』段注の大事なことは、初めの部分に書いてある。そう信じて、初めのところばかり、繰り返し読んでおります。「示部」は古代の習俗と礼との関係を詳しくうかがわせ、「玉部」は中国文明の玉に対する尊重を色濃く反映しています。段注では、ともに三礼を詳しく参照しており、経学的な観点からも興味深く読むことができるのは、もともと分かったことです。

しかし、今回ばかりは、全巻読破を目指しているのです。

「初めの部分は数回読んだ」とはいうものの、肝腎の内容をずいぶん忘れており、今回も新鮮な驚きが多いことは、かつは嬉しくかつは寂しく、といったところでしょうか。

その中の大きな驚きを紹介するとともに、一方で個人的な備忘録としたい一文があります。第一上「玉部」、「玖」字。

玖,石之次玉黑色者。从王,久聲〔段注:陸德明引『說文』紀又反。『唐韻』舉友切。古音在一部。『詩』久字在一部,孔子『易傳』久在三部〕。

「玉石混淆」という熟語から分かるように、玉と石とは峻別されるものの、しかしながら、やはり両者の中間のようなものもあります。『説文』によると、「玖」とは、石でありながら玉に似たもの、しかも黒いのだそうですが、その語の「古音」が問題です。段氏は「『詩』久字在一部,孔子『易傳』久在三部」と。

段注では、「某字志之曰古音第幾部」(第一篇上「一部」、「一」字注)と宣言するように、段玉裁の考えた17分類に基づき、古音(『詩経』の大昔から漢代まで行われたと考えられる漢字音)の分類を明記してます。『説文』所載字のすべての音について、段氏は「部」を記しているわけですが、「玖」字については、「一部」であるとしつつも、「『詩経』では「久」の字は第一部に在ったが、孔子が書いた『易伝』では「久」の字は第三部に在った」と言っているのです。

漢字の発音の符号たる「諧声符」が同じであれば、古音は同部、というのが、上古音の常識で、「久」が第一部ならば、その「久」を声符として含む「玖」も第一部、「久」が第三部なら「玖」も第三部、となります。

『詩経』の時代であれ、孔子の時代であれ、「古音」は変化していない、というのが、段玉裁が生きた当時、というよりは、段玉裁の常識です。にもかかわらず、「久」字について言えば、段玉裁は「『詩経』と『易伝』とでは、所属する部が一致していない」と言って、その間の亀裂を示しているのです。

段玉裁には、『説文解字注』のほかに、『六書音均表(Liushuyinyunbiao, りくしょおんいんひょう)』という著作があり、これは『説文解字注』にも付録としてつけられています。あわせて五つの表からなるこの書物こそが、段氏の古音研究の真髄です。その第4は「詩經韵分十七部表」、『詩経』の押韻を分析したもの。第5が「羣經韵分十七部表」、『詩経』以外の先秦典籍の押韻を分析したもの。

「『詩経』では「久」の字は第一部に在ったが、孔子が書いた『易伝』では「久」の字は第三部に在った」。この段氏の主張を、二つの表について見てみましょう。調べてみると、「詩經韵分十七部表」では「久」字は「第一部」に収められて、『詩経』の「旄丘」「六月」「蓼莪」の詩で、押韻が確認されています。そして、他方の「羣經韵分十七部表」では「第三部」に収められ、『易』の臨卦の彖伝、乾卦の象伝、大過の象伝、離卦の象伝において、他の三部の字との押韻が確認されています。

一例だけ、乾卦の象伝の押韻を段玉裁の指摘に従って見ておきます。青色で強調した文字が押韻字です。

「潛龍勿用」,陽在下也。「見龍在田」,德施普也。「終日乾乾」,反復也。「或躍在淵」,進无也。「飛龍在天」,大人也。「亢龍有悔」,盈不可也。「用九」,天德不可為也。

「道」「咎」「造」「首」は、いずれも第三部に所属する上声字です。段玉裁は、「久」がこれらの字と押韻していることを指摘しているのです。

『詩経』と『易伝』では、「久」の所属部が異なる。これは、「古音において、一つの字は一つの部に帰属した」と考える段玉裁の考えを揺るがすものであったように思えます。それゆえ、私は「驚いた」わけです。

なお、第五篇下「久部」に収める、「久」字について、段玉裁は「古音在一部」としか言っておらず、場合によって第三部の所属字と認められることを言っていません。しかし、『説文』段注の第一篇上にある「玖」字においては、これをはっきりと明言しているのです。

こういうことからも、「段注の初めの部分を熱心に読むべき」という私の考えも認められるべき、と、言えましょうか?

冗談はさておきまして、上に挙げたような例、いや例外は、注意深く読みさえすれば、きっと段注の到る処に見られるのでしょう。そのようなわけで心を入れ替えて、「段注の全巻読破」を目指す、これが当面の目標である、そう申し上げておきます。

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『読書の学』の読みがたさ


吉川幸次郎『読書の学』(筑摩書房、1975年)を若い漢学徒に読んでもらいたいと願っています。しかしその一方で、「本書は読みがたい」という思いもあります。

20代の頃、初めて本書を読んだ時、「たいへんに面白く、しかも重要な著作だ」と感じました。今、あらためて読みかえしてみると、「たいへんに面白く、しかも重要ではあるけれども、難しい」という印象です。授業の必読書リストに追加するなら、いくつかの但し書きがいるかも知れません。試みに、ここに列記してみます。

  1. 粗雑に読むなかれ。「細心の読者」を目指しましょう。特に引用文は読み飛ばさずに。ただ、丁寧に読むのが難しいのも事実ですから、時間をかけて読みましょう。
  2. 博識に驚くなかれ。著者の博学に目がくらめば、著者の伝えたいこと、思考の軌跡を追いがたくなります。
  3. 知識を得ようとするなかれ。知識を得るための便利本ではありません。考え方を読み取ってください。
  4. 言葉にとらわれるなかれ。著者の用いる概念には明瞭でないものが含まれており、英文学や国文学にも言及が多く、十分に専門的でない場合もありますが、時に、意を汲むことも必要です。批判はむろん結構ですが、そこで投げ出したり、軽んじたりするのはやめてください。

私自身、十分に著者の行論を追い切れないところもありますが、ただ、それはどうやら私の問題ばかりでもなさそうで、第19回に引用されている、島田虔次氏から著者に宛てられた年賀状には、「「ちくま」のご連載、佳境に入るが如く、入らざるが如く、甚だ人をして焦燥せしめます」とあった、とのこと。大学者と引き比べるのは恐縮ですが、著者の思索の行き先の見定めがたさは誰にとってもかわらぬようです。

20代の頃には、なぜ本書を難しいと思わなかったのか?読みに慎重さが足りなかった、というわけです。「読書の学」を分かったつもりで、分かっていませんでした。上に挙げた四つの戒めは、つまるところ、過去の自分に対する苦言に他なりません。

「読書の学」を如何に身につけるか?それが要点です。

『読書の学』


学者が書物を読むのは当たり前のようですが、特に「読書の学」なる書名を与えられた書物があります。吉川幸次郎『読書の学』(筑摩書房、1975年)。

その「読書の学」とは、「一一の書の一一の言語表現そのものに即し、その外に向かってひろげる波紋、更には内に向かってうずまく波紋、つまり一一の言語表現にまつわる無限に複雑なもの、それを静かに追求する仕事」(第39回)を目指す、そのようなものです。1971年の夏から、1975年の春まで、吉川氏が筑摩書房の雑誌「ちくま」に連載した文章がまとめられています。

当時は広く知識層に向けて語りかけられたのですから、中国学徒のみならず、多くの読者があったことでしょう。そして本書は、読書界一般はいざ知らず、日本の中国学の世界においては、今後とも永遠に読み続けられるべき書物だと思われます。

著者自身が「はしがき」にて、「より道は甚だ多い」と述べるとおり、曲折が多く、しかも思索が粘り強いので、決して読みやすくはありません。「書物を読む際、事実のみをとらえるのみでなく、書物の著者が発した言語を徹底的に吟味せよ」という主張自体は分かりにくくないのですが、なぜそのことを語る本書の行文に曲折が多いのか、なぜこのように粘り強いのか、この点を追うのでなくては、本書を読む意味は薄いでしょう。

漢学徒として読むならば、現代中国語の習得はもちろん、一定程度、駢文や古文を学んであることが本書を読む条件になるかも知れません。読み飛ばしは厳禁です、著者は「粗心の人」(第11回)を戒めるために本書を書いたのですから。我々はせいぜい、「細心の読者」となることを目指すべきでしょう。もちろん、漢学徒以外の読者は自由に読めばよいのですが、我々はここから何かを汲むのですから、そうせざるを得ません。

『史記』の一句、「隆準而龍顔」をめぐる思考は、第10回から第16回に及び、実に粘り強く感ぜられます。しかもそこまで粘り強く追究したうえで、「事実として結局どうであったのか」という問いに対する判断は、なお慎重に保留されており、安易に答えを求める割り切りとは正反対です。それでも厳然として連なる古典の文句のリズムを受け止める、それこそが著者の姿勢なのです。

本書はすべて39回の連載をまとめたものですが、特に重要なのは、第1回から第24回まで、それと第39回であると思います。読み物として面白いのは、第31回、第32回の太宰春臺のところなどでしょうが、方法論を学ぶには前半部分を熟読する必要があります。

著者は言います。

私のいう「読書の学」は、すべての書に施さるべきである。しかしそのまずもっとも施さるべき対象、あるいは対象それ自体が「読書の学」を要求するのは、契沖の「万葉集」におけるごとく、文学の言語であり、詩の言語であるとしなければならない。(第29回)

その言に同意しつつ、より広く中国学の方法として、「読書の学」があることを、我々後輩の学徒はあらためて確認する必要があります。最終回である第39回に、契沖の言葉を引用するのは、私にとって、限りない励みです。

よろずの奥義は誰かはきはむる人あらん、此理ありと信じて、いつはりをすてて、心のをよふ所まことにつかは、神明もこれをうけたまふへし。

*吉川幸次郎『読書の学』(筑摩書房、1975年)(筑摩書房、1988年、筑摩叢書)(筑摩書房、2007年、ちくま学芸文庫)。