ただ『易』のみ无字を用いる


易内皆作无字
易内皆作无字

前回、書きましたとおり、段玉裁は「無」と「无」には少し意味の違いがある、と言っています。意味の違いはさておき、「無」「无」の違いを考える際に考慮すべき、もう一つの面白い経学上のテーゼがあります。

それは、「儒教経典のうち、『易』のみが「无」字を用いる」というものです。段玉裁は「无」字に注して「今六經惟『易』用此字」と言っています。

この説のもとになっているのは、6世紀末に陸徳明が書いた『経典釈文』であるらしく思われます。『経典釈文』は『易』の乾卦の「无咎(とが無し)」を釈して、次のようにいっています。

无、音無。『易』内皆作此字。『説文』云:「奇字無也。通於无者、虚无道也。王述説:天屈西北為无」。
无、音は「無」。『易』のなかではすべてこの「无」字に作る。『説文』に「(「无」は)奇字の「無」である。「元」に通じるもので、虚無の道である。王育の説によると、天が西北に傾いているのを「无」という」とある。

『経典釈文』の「通於无」は「通於元」の誤り、「王述」は「王育」の誤り。訳では正しておきました(すでに先人の指摘があります)。

陸徳明は、「无」と「無」とを区別し、(他の経書と異なり)『易』ではすべて「无」の字を用いている、と指摘しているわけです。陸徳明は南朝の人ですから、南朝の『易』の写本は「无」字を用いていたというわけでしょう。

後に唐代においては、「『易』では「无」を用い、他の経では「無」を用いる」という規範意識が、すでに成立していたようです。唐の開成二年に立てられ、西安の「碑林」に現存してもいる「開成石経」は、唐王朝公認の経書本文ですが、これを見ると、『易』については「无」を用い、他の経については「無」を用いています。

甚だしい例は、『左伝』襄公九年のそれです。姜氏の言として、『易』の「隨,元亨利貞,无咎」を引用するのですが、その「无咎」をわざわざ「無咎」と書き換えているのです。

こうして見ると、「无は無の簡体字だ」と無造作に言えないことは明らかでしょう。

ただ、段玉裁が「今六經惟『易』用此字」と言った「今」の語を正当にとらえるならば、『易』とその他の経の間に見える「无/無」の使い分けは、歴史的に形成されて現在に伝わったものに過ぎず、そこに聖人の微意を読み込む必要はないはずです。

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