出土文字資料と歴史


8年ほど前に出版された書物を読みました。福田哲之氏『文字の発見が歴史をゆるがす』(二玄社、2003年)。

  • 古代“殷”王朝は実在した―甲骨文
  • 殷周革命の証人―西周金文・利𣪘
  • 孔子が予言したお家騒動の顚末―侯馬盟書
  • 修正を迫られる儒教史の通説―郭店楚簡・上海博物館蔵戦国楚竹書
  • 始皇帝時代の法律マニュアル―睡虎地秦墓竹簡
  • よみがえる漢代学術の世界―馬王堆漢墓帛書
  • 失われた『孫子』の発見―銀雀山漢墓竹簡
  • 三国志の時代に芽生えた楷書の肉声―走馬楼三国呉簡
  • 書聖“王羲之”の書の真相をもとめて―楼蘭出土文書
  • 唐代人が手習いした王羲之の実態―吐魯番出土文書

20世紀初頭以来、中国ではおびただしい資料が地下から出土し、「伝世資料」の対立概念として「出土資料」と呼ばれ、一貫して学界の関心をあつめてきました。本書では「出土資料」のなかの文字資料である、「出土文字資料」が、特に20世紀の発見について紹介されています。殷の甲骨文から唐代の手習いまでが網羅されており、一通り、中国の出土文字資料についての知識を得ることができるよう、配慮されています。

周到にまとめられており、図版も豊富で、しかもコラムまで用意されていて、たいへんに充実しています。お一人で執筆なさっていることにも驚かされます。中国から発見された唐代以前の出土文字資料の手引きとして、どなたにもお薦めできる内容です。私も多くのことを学びました。

ただし本書のタイトルについて、違和感を覚えました。「文字の発見が歴史をゆるがす」というのですが、読後感として「文字の発見は、本当に歴史を揺るがすのだろうか?」という疑問が浮かんだのです。

本書で挙げられている例で言えば、呉大澂(1835-1902)という学者は、「”文”字説」という考証文を書いて、『尚書』大誥の「寧王」とは、実は「文」の古文字を後世の学者が「寧」と読み間違えたものであった、と、非伝世文献をもとに証明しています。偉大な発見であり、その結論は疑い得ないでしょう。

その上であえて問います。「この発見により、歴史は揺らいだのだろうか?」確かに、『尚書』大誥を西周時代の史実を伝える「歴史資料」としてあつかうならば、西周の歴史は修正を受けるはずです。

しかしそれとは別に、『尚書』解釈の歴史はどうなるのでしょうか。歴代の多くの学者が、事実誤認ではありながら、「寧王」だと信じて解釈をしてきたこと、これもまた歴史上の事実です。この歴史事実が揺らぐことはないでしょう。

たとえて言うなら、ある宗教における信仰が何らかの誤謬にもとづくものであったことが証明されたとしても、「その宗教が信仰された」という事実、あるいは「その宗教ではかくかくしかじかの文化が醸成された」というような歴史上の事実はいささかも変わらないのと同じです。

ある出土文字資料が発見されたとして、その出土文字資料が書かれた時代の前後の歴史には修正が加えられるかも知れません。しかしそれよりも後の時代の歴史は、まったく揺るがないのではないか。私はそのように考えます。

「歴史をゆるがす」という言葉が、私にとって少し刺激的すぎただけかもしれませんが、「歴史はなかなか揺るがない」という私の感覚は落ち着いたものであるようです。中国の伝世文献には、どっしりとした安定感があります。

その一方で、今後とも多くの文物が出土することを大いに期待しています。優れた文物に触れることは、その文化に対する感覚を最もよく涵養する、とも信じているからです。本書は、日本の読者の眼をそのような出土資料に向けさせる、優れた手引きであると思います。

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