二種の保息局本『説文解字注』


高橋由利子氏「段玉裁『説文解字注』保息局刊本の二種の異本について」(『お茶の水女子大学中国文学会報』5,1986年4月)を読みました。「前言」によると、趣旨は以下の通り。

段玉裁の『説文解字注』はその原刊本である經韵樓刊本の他に、蘇州保息局刊本があり、保息局本と呼ばれている。
本稿はその保息局本について、現在二種類の異なる系統の版本が見られること、およびその相違点、またそれらの二系統の版本の成立の由来について考察を加えるものである。

この論文に書かれている主要な点を以下にまとめます。

一、現在、国内の以下の図書館に保息局本が存在する。

  • 東京大学附属図書館
  • 東京大学文学部漢籍コーナー
  • 早稲田大学図書館
  • 京都大学人文科学研究所
  • 京都大学文学部

二、保息本には二種類の系統があり、東京大学附属図書館の蔵本を「甲本」、それ以外を「乙本」と名付ける。

三、「甲本」には李鴻章の序があり、同治六年(1867)に刊行された。「乙本」には同治十一年の呉宗麟の識語があり、その年に刊行された。

四、両者は版が互いに異なるが、封面だけは同じで、紙質まで似通っている。

五、李鴻章(1823-1901)の序(実は馮桂芬の撰)によると、「甲本」はもともと李氏が入手した経韻楼本の版木(一部分)を補って完全なものにすることを意図したが、結局、すべての板を更新して成った。一方、呉宗麟の識語によると、「乙本」は呉宗麟の父が入手した経韻楼本の版木(一部分)を基礎にしている(下記「九」を参照)。

六、李鴻章・呉宗麟の父の入手した経韻楼本の版木というのは、どちらも金宝樹という蘇州の人の旧蔵であった。

七、李鴻章・呉宗麟とも、自分の力で作った新しい『説文解字注』の版木を保息局に寄付した。

八、保息局は出版機関ではなく、馮桂芬(1809-1874)が蘇州に設立した慈善施設であった。

九、乙本は、「校勘を加えて新しく版木を作り直したのではなく、原刊本の經韵樓刊本の版木をそのまま大きな手を加えずにしようしたもののようである」(p.103)。

以上、高橋氏の論文の要点をまとめました。25年も前のご研究ですが、今なおたいへんに有意義であると思います。

ただ、「乙本」の実態については、もう少し追究する余地があるようにも思われます。少なくとも、経韻楼本と保息局「乙本」の間に若干の文字の異同が存在することは事実です。

写真は、京都大学人文科学研究所蔵本のものです。

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“二種の保息局本『説文解字注』” への 8 件のフィードバック

  1. 古勝 隆一先生
                            2011年11月1日
    前略。
    ◎高橋氏論文、P.99、3行目・4行目。
    「補刻段氏説文解字注」(表)
    「同治六年七月補刻於蘇州保息局」(裏)

    以上のように記されていますが、写真を見ると、「(裏)」は、「補刻」ではなく「補刊」ですね。

    ◎経韻楼本と保息局「乙本」の間に若干の文字の異同が存在

    「文字の異同」が学説に影響するのか、今後の「筆談」を鶴首してお待ちいたします。

    藤田 吉秋・Eメール・toubokuji@nifty.com

  2. 藤田さま

    コメントくださいまして、まことにありがとうございます。

    確かにご指摘の通り、封面裏は「補刊」ですね。封面裏については、同時に、人文研の目録でも「蘇州」を「蓬州」と読み間違えているという醜態をもさらしてしまいました(これについては、オンライン版をすぐに訂正いたします)。

    「乙本」については、「どうせ経韵楼本そのものなのだから、わざわざ見る価値はない」と考える人があるようなので、それに対し、「乙本は経韵楼本そのものではない」と明らかにしておく必要を感じただけです。おそらく、これによって段氏の本領が発揮できる、という種のものではないと思います。

    経韵楼本『説文解字注』ともなると、初印の印刷後も版木が非常に重んじられており、この版木が太平天国や捻軍の侵攻で荒廃した蘇州の復興を助けた。高橋氏のご論考からこの事実を知り、思いを深くした次第です。 学退敬上

  3. 古勝 隆一先生
                            2011年11月2日
    拝復・追伸。
    ◎高橋氏論文、P.103、「同治六年七月補刻於蘇州保息局」。
    こちらも、「補刻」としてありました。

    以下、高橋氏にお伝えすべき事ですが・・・。
    ◎高橋氏論文、P.100、「『段注』はこの数十年というもの全国を席捲して」。
    「數十年來風行海内」。「風行」は、「盛行、普遍流行」でしょうから、「席捲して」と訳すのは、漢語としても日本語としても正しくないと思いました。
    ◎高橋氏論文、P.103、「保息局は出版所や印刷所の類の機関ではなく、(中略)一種の慈善施設」。
    「保息」の字義を辿って説明された方が親切ではないか、と思いました。
    「保息」。『漢語大詞典』Ⅰ-P.1392
    指安養百姓。使之繁衍生息的措施。『周礼・地官・大司徒』:「以保息六養萬民。一曰慈幼、二曰養老、三曰振窮、四曰恤貧、五曰寛疾、六曰安富」。鄭玄注:「保息、謂安之使蕃息也」。

    ◎「蘇州の復興を助けた」。
    孟子の理想-「文王發政施仁、必先斯四者」-が少しでも実現できてよかったと思います。

    藤田 吉秋

  4. 藤田さま

    いくつかの補い、ありがとうございます。おっしゃるとおり、『周礼』の「保息」に言及があればなお親切であったかと思います。

    実は、ブログなどで他の方の論文を紹介したりするのは少し気が引けます。以前ならば、私信などでお伝えしたようなことを公開するわけですから。しかし、PDFも公開される世の中ですし、積極的に考えれば、せっかくの旧作を読み直す機会でもあろうか、と思い、取り上げてみた次第です。

    次回、高橋先生にお目にかかった際には、ご指摘いただいた内容と自分の意見とをあわせて、お伝えしようと存じます。 学退

  5. 古勝先生
    いつもブログを拝見しております。
    「実は、ブログなどで他の方の論文を紹介したりするのは少し気が引けます」とのことですが、先生のご紹介によって、二十五年前の有意義な論文を知ること、読むことができました。
    ご紹介いただきありがとうございます。

    版本に関する論文の紹介や批評は、まず論文をコピーし、更に実物を手元に用意しないといけないので、なかなか難しいものです。しかし、PDFで論文を読んだり、版本を見ることができる時代は、ブログを用いて公表することができ、しかもあれこれ討論ができるのだということを、先生のブログで気付かされました。
    これもまた勉強になりました。ありがとうございます。

  6. エヌさま

    コメントくださいまして、ありがとうございます。

    高橋先生のご論文も読まれたとのことで、「やはり書いてよかったのかな」と思っております。「学問は公器」と考えれば、あまり気を遣う必要もないかも知れませんね。こうして、学問を語り合うことができるのは、私にとってはとても幸せなことです。

    では、今後ともよろしくおつきあいください。 学退上

  7. 今更ながら、人の言ったことを鵜呑みにして、すぐ調べられる本ですら見ていなかった自分に恥じ入るばかりです。
    「一物不知,以為深恥。遭人而問,少有寧日。」の感を深くしました。。

  8. Whitestonegさま

    いえいえ、ご謙遜なさらず。むしろ、私なんぞは、恥ばかりです。かえって調べるきっかけをお与えいただき、感謝しているくらいです。

    これからも、よろしくお願いいたします。素晴らしい出会いがありますよう、お祈りしております。

    学退上

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