『説文解字注』保息局乙本


前回ご紹介した高橋由利子氏「段玉裁『説文解字注』保息局刊本の二種の異本について」は、段玉裁『説文解字注』の重要な版本、「保息局本」に関する基本となる研究です。

「経韵楼本のその後」について、たいへんに興味深い数々の事象が紹介されていますので、ぜひご一読ください。

経韵楼本『説文解字注』は嘉慶二十年(1815)に初めて印刷され、その後も数十年にわたってその「版木」が非常に重んじられました。この版木が太平天国や捻軍の侵攻で荒廃した蘇州の復興を助けた、という事実をこの論文を読んで知りました。今年、大きな災害を経験した我が国の復興を考えるヒントになるのでは、などとも思いました。

さて、この論文の中で高橋先生は、「乙本」について、「校勘を加えて新しく版木を作り直したのではなく、原刊本の經韵樓刊本の版木をそのまま大きな手を加えずに使用したもののようである」(p.103)とおっしゃっています。

つまり、保息局「乙本」は、段玉裁の経韵楼が作成した版木に、少しだけ修理を施したものを、同治十一年(1872)以降に印刷した本である、というのです。そうであるとするなら、経韵楼本と保息局「乙本」は基本的に同版、ということになります。

ところが、保息局本を見た私の印象は、「経韵楼本と保息局とは別版(別々の版木を用いて印刷したもの)」というものでした。そこで、両方の版本を左右において比較してみました。

保息局乙本が用いた版木はどのようなものか?調べた結果は以下の通りです。

部は、経韵楼の版木を用いている。それ以外の部分は、経韵楼印本をもとに精密に覆刻した版木を用いている。

全体を比較するのは難しいので、一篇上(巻首含む)を比べました。結果を記しておきます。

(一)経韵楼の版木を用いた部分、全15葉

巻首「説文解字注分巻目録」(4葉)、第15-20、23、24、27、28葉

(二)経韵楼印本を覆刻した版木を用いた部分(補版部分)、全33葉

巻首「王念孫序」(2葉)、第1-14、21、22、25、26、29-41葉

高橋先生は、おそらく(一)「経韵楼の版木を用いた部分」に相当する部分をご覧になって同版と判断されたのでしょう。私の初めの印象は、(二)の部分を見て得たものです。どちらもそれぞれの判断においては正しかったのですが、ともに一面的でした。

してみると、李鴻章の序に、経韵楼の版木が「經亂燬大半(混乱のせいで大半が焼けた)」といい、呉宗麟の識語に「是版之半(経韵楼の版木のなかば)」を彼の父が入手した、というのは、嘘ではなかったのでしょう。

補版は、原刻の経韵楼本とそっくりに作成されているので、相当よく見ないと違いが分かりません。いくつか、比べなくても分かるような明確な差異をメモしておきます。

王念孫序
王念孫序

1.王念孫の序の部分です。これは補版部分ですから、板が異なります。左側が原刻の板(経韵楼本)で、右側が補版(保息乙本)です。

匡郭は、補版のものが2mmほど大きい。

最終行冒頭の「書」字の形も異なります。

2b1経韵楼
2b1経韵楼
2b1保息乙
2b1保息乙

2.二篇下1葉、「尟」字の説解、「从是少」です。

保息乙本は、「少」を「也」に誤っています。

2b5経韵楼
2b5経韵楼
2b5保息乙
2b5保息乙

3.二篇下5葉、「逪」字の注、「旅酬行禮。一䢒一逪也」です。

保息乙本は、「酬」を「觥」の異体字(酉に光)の字に誤っています。

両者を比較する過程で、いろいろと面白い発見もあったのですが、それはまたあらためてお伝えしましょう。

なお、早稲田大学蔵の保息局本『説文解字注』は、WINEにて、写真が公開されています。お手持ちの経韵楼本影印本と比較なさるのも一興ではないでしょうか。

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