『旧唐書』経籍志の標点一則


中華書局から出版されている校本『旧唐書』の標点に誤りを見つけたので、メモしておきます。

『旧唐書』経籍志の叙に次のようにあります。

煚等撰集,依班固藝文志體例,諸書隨部皆有小序,發明其指。近史官撰隋書經籍志,其例亦然。竊以紀錄簡編異題,卷部相沿,序述無出前修。(『旧唐書』,中華書局,1975年,p.1964)

これでは、意味が通りませんし、平仄も合いません。以下のように変更するのが適切です。訳文も付しておきます。

煚等撰集,依班固藝文志體例,諸書隨部皆有小序,發明其指。近史官撰隋書經籍志,其例亦然。竊以紀錄簡編,異題卷部,相沿序述,無出前修。
煚〔毋煚を指す〕たちの撰した目録は、班固『漢書』芸文志の体例にのっとり、諸書の部ごとにいずれも小序があり、その部の趣旨を明らかにしようとしている。近頃、史官が『隋書』経籍志を撰したが、それの体例も同様であった。私が思うに、書籍を著録する際、分類名に異なる題をつけてみたところで、前の目録を踏襲して叙述するばかりで、先行の著作以上のものとはなっていない。

余嘉錫『目録学発微』(中華書局,1963年)を翻訳していてこのことに気づいたのですが、余嘉錫が引用するこの旧唐志の一節(五「目録書之体制」三,p.58)、何と中華書局『旧唐書』と同じように句読しています。両者、同様に誤っているのがやや不可解です。

しかし、同じページに余嘉錫みずから「相沿序述,無出前修」と再びその二句を引いているのですから、余氏が標点本のように読んだはずはありません。最近、『目録学発微』はさまざまな形で版を重ねていますが、いずれの標点本も誤っています。誤りが50年も踏襲されているのは、嘆かわしいことです。

本好きの五類型


本が好きという人は少なくありませんが、どのように書物とつきあっているのかを観察すると、五種の人がいます。

  • 信仰家。自分の信仰する宗教の経典類を重んずる人。彼にとっては経典の内容も重要ですが、ものとしての書物自体もきわめて大切です。読書の根本的な姿を象徴しているようです。
  • 読書家。書物に書かれた内容を読む人。読書の普通の姿です。主に内容の把握に主眼があり、借りて読んでも買って読んでもかまわない、という人。低俗な層から高級な層まで、幅があるので、一概には言えません。
  • 愛好家。好きだから読む、という人。誰それファンといった、著者ごとの愛好家のほかにも、ジャンルごとのファンもいます。読むこと自体を楽しみ、愛する傾向があり、他の趣味に通じます。
  • 確認家。確認の道具として書物に接する人。辞書などは、大多数の人が確認の道具として用いますが、確認家は念が入っており、すべての書物を確認、考証の道具と考えており、書物の内容を味わったり、楽しんだりすることはまれです。
  • 蒐集家。書物を所有し、蒐集しようとする人。蒐集は物に向かいますから、物質的な要素のない電子書籍などは、蒐集家の興味を引かないでしょう。

ほとんどの人は、以上の五類型のうちの一つを主とし、他の要素をまじえているようです。しかし、上に見たようにそれぞれの傾向が異なりますから、同じく「本が好き」といっても、それで即座に意気投合とはなりません。ビジネス書をたくさん読んで実践知識を身につけようという人と、稀覯本のコレクターとでは話が合いません。

一人の人のうちにも、変遷があります。たとえば、ある人文系の研究者の変遷を戯画的に描いてみましょう。はじめは読書家として本に親しみ、のめりこんで愛好家となり、学生になって蒐集に没頭し、それが終わると確認家となり考証をはじめる、といった具合です。

また、ここに述べたのはすべて個人として書物に接する際の私的な態度をいうものであり、国家的な書籍蒐集計画や図書館の収書など、公的なものはまた別の話です。

以上、まっつん氏のブログの記事、「図書館に行ったのに…」に興味をひかれ、つれづれに書いてみました。図書館に行くと本を買いたくなる、というお話でしたが、なるほど、図書館は本の見本市でもあるのか、と興味をもった次第です。

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「史」が目録を書く理由


『漢書』芸文志において、『太史公』書、すなわち『史記』は、六芸略の春秋家に収められていました。その後、魏晋の時代に、四部分類が創出され、甲・乙・丙・丁の部が設けられると、史書はその丙部に収まることになります。

ここに史書は経書の仲間から独立し、新たな居を構えました。余嘉錫は目録学を「学術の史」と呼びましたが、目録家がそれほどに強い力を持ちえたのは、それは史部の創設が「史」なる学術に特別な地位を与えたためではないか、と、昨日、推測しました。

しかし、目録と「史」の関わりを考察すると、史部の創出のみが両者の唯一の関わりであったというわけではありません。四部分類の創出以前に、すでにそれは始まっており、また後世にも興味深い展開があったのです。

いま、目録と「史」の深いつながりを列挙しましょう。なお、ここでいう「史」とは、「史」官のことでもあり、「史」書のことでもあり、「史」学のことでもあります。「史」の語義にはこれらすべてが含まれますので、あえて区別せずに挙げてみます。

  1. 班固が『漢書』を編纂した際、その「志」の一つとして、劉歆『七略』をほぼそのまま流用して「芸文志」を書きました。これによって、国家の図書目録が正史と明確に結びつくこととなります。『漢書』は後に、四部分類の史部に収まりました。
  2. 六朝時代、書目の編纂が主に秘書で行われるようになりました。たとえば、魏では祕書郎の鄭默が、晋では秘書監の荀勗が、宋では秘書監の謝霊運や、秘書丞の王倹が、そして隋では秘書監の牛弘が、それぞれ国家の図書目録を編纂したのです。『宋書』百官志には、魏の秘書監を記して「芸文や図書をつかさどった。『周礼』の外史が四方の書物、三皇五帝の書籍をつかさどった、というのがこれに当たる」、といいます。六朝時代、秘書は、中書という役所と合併されたりして複雑に制度改革されますが、秘書が「史官」と見られていたこと、疑いありません。六朝時代、「史」は確かに目録をつかさどっていたわけです。
  3. 上述したとおり、四部分類の中において史部が独立し、書目が史部に収められるようになったことです。歴代の国家の図書目録が、書目をどこに収めていたか、それらが失われた現在、確認するのは困難ですが、少なくとも、『隋書』経籍志のもととなった隋の『大業目録』ではすでにそうなっていたはずです。
  4. 唐代以降、「経」学の立場からでなく、さまざまな「史」学の立場から、目録学の研究が盛んとなったことです。鄭樵『通志』、馬端臨『文献通考』などは、四部分類では史部に分類される「史」書ですが、これらは目録学史上の重要な著作であり、大いに議論を深めました。他方、「経」学者は、目録学の理論書を生み出すことができませんでした。
  5. 清朝中期、天才的な「史」の才を持つ章学誠が登場し、「六経皆史」、すなわち「儒家経典は、すべて古代の史の書物である」という命題を打ち立てました。これは、その後の目録学の趨勢に大きな影響を与えたました。
  6. 「経」側の要因として、儒家それ自体には、古代以来、非常に多く内部の学派間における闘争の歴史があり、儒家の内部さえまとめられず、とても「学問全体をまとめる」可能性がなかったという、特殊な事情があります。

このようなさまざまな事情が絡まり合い、清朝末期ごろの中国の学術史においては、「経」学ではなく、むしろ「史」学に、目録および目録学の管理が求められた。そのような趨勢にあったのでしょう。

そのような歴史の積み重ねの上に、最終的に登場したのが、目録は「学術の史」であるという余嘉錫のことばであった。私はそのように考えます。余嘉錫が考え出したというよりも、むしろ、事態をうまく言い当てたものではないのでしょうか。

核心としての「経」


経、といっても、仏教の経典(キョウテン)ではなく、儒教の経典(ケイテン)の話です。

前漢の末期、長安の朝廷において実施された書籍整理は、中国の学問史上、画期的な意義をもっていました。この書籍整理は、中国におけるはじめての全面的な図書事業でした。

その成果である劉歆『七略』において、書物は次の六種に分類されました。

  • 六芸略(儒家の経典とその関連書)
  • 諸子略(先秦諸子の書物)
  • 詩賦略(韻文・散文作品)
  • 兵書略(兵書)
  • 数術略(天文暦数・占いの書物)
  • 方技略(医薬書)

この序列には、意味があります。重要なものを先に置くという原則があるのです。儒家の経典が筆頭にすえられたわけです。

劉向・劉歆父子は、儒教にたいへん造詣の深い学者でしたが、もちろんそれだけで儒家経典の優位が決められたわけではなく、国家の意志もあったことでしょう。いずれにせよ、明白な儒家中心です。しかし同時に確認しておきたいのは、この六分類は、儒家経典を中心にすえつつも、当時存在していた書物の全体を覆う構想を持っていたことです。

後世、中国の図書分類は、六部分類から四部分類へと変化しましたが、その四部分類においても、「経部」には儒家の経典を収めており、経書の優位はまったく揺るぎませんでした。そしてそれは過去の問題であるのみならず、中国の「儒家経典優位」の目録法をどう継承するか、という現代の問題でもあります。先日、銭存訓氏の議論を紹介したとおりです。

目録学において、「儒家経典優位」は時として軋轢を感じさせてしまうほどの重みをもっています。儒家経典は、一貫して目録の核心でした。

では、この目録を作るのは誰なのか。儒者なのか。実はそうではなく、「史」なのです。あるいは、「史」も広い意味では儒者でないか、という議論も成り立ちますが、しかし少なくとも、経学をもっぱら究めようという儒教のエキスパートの立場と、「学術の史」たる目録家の立場は、分けて考えられるべきです。

このことは、書物としての目録書が、四部分類の中の「史部」に収められてきたことに、端的に表れています。

「史」の立場は、目録においても「経」の外に置かれました。四部分類における最大の功績は史部の創出です。それは史家の独立であったと同時に、「学術の史」を担う目録家の独立でもあったというわけです。

「史」になる


史官というのは、『周礼』に出てくるような古代の官職です。『隋書』経籍志の正史類の小序には、「夏や殷よりも前には、左史が君主のことばを記録し、右史が出来事を記録し、周では太史・小史・外史・御史がそれぞれ分担して仕事をし、諸侯の国にも史官が置かれた」、といいます。もちろん、古代の官職としての「史」の実態はここからは分かりませんが、唐代の人には、そのように思われていたのでしょう。

古代において史という職分があったのみならず、後世にも、天子の記録である「起居注」や、王朝の歴史たる「国史」を執筆する担当者がいました。

しかし現実問題として、いくら「史」になりたくても、誰もがなれるはずがありません。特に、近世に入って非常に多くの人が科挙を受けて官界を目指すようになれば、自分に「史」の適正と意欲が備わっていると自認する個人がいたところで、とうてい、官僚機構の中でそれにふさわしい地位を占めるのはかなわぬことです。

一八世紀に生を受けた章学誠(1738-1801)は、非常に強い自負を抱き、史書の編纂についての多くのアイディアをもっていました。しかしもちろん、国家の史書を書く立場につくことはありませんでした。もっとも彼自身、唐代以降の史官は堕落していると考えていたため、史官になりさえすればそれで幸せということでもなかったのでしょうが。

最近、ニヴィソン氏の名著、『章学誠の生活と思想』を読んでいて、興味深い記述に出会いました。

David S. Nivison, The life and thought of Chang Hsüeh-ch’eng (1738-1801), Stanford University Press (Stanford studies in the civilizations of Eastern Asia), 1966.

この書物に引かれた章学誠の手紙は、章学誠の若い頃に書かれたものです。そこには、「たとえ史臣となることができずとも、地方志の編纂にたずさわれるではないか」、という章氏の見解が述べられていました。ニヴィソン氏の訳とともに引きます。

丈夫生不為史臣、亦当従名公巨卿執筆充書記、而因得論列当世、以文章見用於時。如纂修志乗、亦其中之一事也。(「答甄秀才論修志第一書」)

If a man of spirit is unable to become an official historian, he may still become a secretary in the retinue of a person of note or a high official, and in this way be able to discuss critically his age and gain significant employment for his literary skill. One possible activity in such a capacity is the compilation of local histories. (Nivison, 1966, p.30)

清朝のころ、地方志の編纂は、不遇の知識人にとってきわめて大きな意味をもっていました。章学誠の父親も、進士にまでなりながら、官界では恵まれず、有力者の庇護のもと、教師や地方志編纂者として生活の糧を得ていました。それは章学誠自身にとっても同じでした。地方志の編纂事業は、彼らにとっての生命線であったのです。そのことは、ニヴィソン氏の書物にも周到に書いてあります。

国の史官になる希望はかなわずとも、男子たる者、地方志を修めることもできる。これが章学誠の率直な思いであったのでしょう。むしろ、そうであって欲しいと願っていた、ともいえましょうか。

昨日、余嘉錫が目録および目録学を「学術の史」と喝破した、と申しました。その「史」はもともと史官の意味をもっていたことも申しました。余嘉錫が夢想していた、生きたものとしての「学術の史」とは、いかなるものであったか。ことによると、目録学史上の偉大な先達、章学誠の生き方、つまり地方志の編纂者に、その一つの典型を見ていたのではないか。そのように想像されるのです。

「学術の史」としての目録学


目録学は、劉向・劉歆から始まる長い伝統を持つ学問ですが、二千年にわたるその歴史の中で、多くの学者の力によってさまざまな新しい顔が明らかにされてきました。

その歴史の中で、余嘉錫は、目録学の何を明らかにしたのでしょうか。目録学に対する余嘉錫の最大の貢献は、目録が「学術の史」であると位置づけた点にあるように、私には思われます。

中国には、長い学の伝統があり、その成果としての書物が伝えられてきました。前漢時代の末期、それらの膨大な書物を前にして、劉向たちはそれらの書物からさかのぼって古代の学の姿を明らかにし、さらにその上で、学の伝承がどのように書物の上に反映されているのか、そこまでを論じて目録を書いた。それは、目録の序文として完成された。これぞ「学術の史」と評価しうる、余嘉錫はそのように考えます。

してみると、目録は単なる帳面ではありません。そして目録学は、単なる帳簿の学ではありません。

知凡目録之書,實兼學術之史,賬簿式之書目,蓋所不取也。(《目録学発微》「目録学之意義及其功用」)

このような目録学の見方は、余嘉錫が一人で発明したものではなく、前史があります。まず、章学誠は班固を踏まえて、目録学の意義を「弁章学術、考鏡源流」という二句で総括しました。それをさらに一語で言い表したのが、余嘉錫の「学術之史」であったのです。

班固曰:「劉向司籍,辨章舊聞。」又曰:「爰著目録,略序洪烈。」後之論目録者大抵推本此意。章學誠又括之以二語曰:「辨章學術,考鏡源流。」由此言之,則目録者學術之史也。(《目録学発微》「目録学之体制一・篇目」)

学術をまず腑分けし、それぞれの学派の「源」をつきとめ、さらにはその「流」がどのように展開したのかを詳しく考察する。その責任をもつのが目録編纂者であり、目録はまさにその表現である、と余嘉錫は考えました。「史」官は歴史を記述する任務を負いましたが、わけても、もっぱら学術を記述するのが「学術の史」たる目録家の仕事である、というわけです。

そしてこの任務は、劉向・劉歆父子で終わったわけではありません。歴史の推移とともに、ある学問は途絶し、ある学問は新たに生まれる。そして確実に、学問は日ごとに増えて、また複雑になってゆく。これこそが、後世の目録家が知恵をしぼることになった理由なのです。

また、書籍を管理する立場からいうと、帰属する書物があまりに乏しい分類を設けておくことは、のぞましくありません。しかし一方、「学術の史」の立場からいえば、学の系統の異なるものを一つの分類に収めて涼しい顔をしているわけにもいかないのでしょう。ここに、目録の難しさがある、余嘉錫はそういいます。

藏書之目,所以供檢閲。故所編之目與所藏之書必相副,收藏陳設之間,當酌量卷册之多少厚薄。從來官撰書目,大扺紀載公家藏書,是以門類不能過於繁碎。甲乙之簿與學術之史,本難強合爲一。劉歆七略收書不多,又周秦學術,至漢雖有廢興,而古書尚存,篇卷約略相當,故卽按書分隸,因以剖判百家,尚不甚難。然史附春秋,而詩賦別爲一略,已不能不牽就事實。後世之書日多,而學有絶續,體有因創,少止一二,多或千百,其數大相逕庭。爲書目者,既欲便檢査,又欲究源流,於是左支右絀,顧此失彼,而鄭樵焦竑之徒得從而議其後,亦勢之所必至也。至今而檢査之目與學術門徑之書,愈難強合。(《目録学発微》「目録類例之沿革」)

古く「史」とは、君主の言行を記録する役人の呼び名でした。そういう意味において、「学術の史」とは、王朝の目録を管理する役人にこそふさわしい呼び名といえましょう。余嘉錫自身、清末の科挙官僚であったわけですから、そのような前近代の感覚を引き継いでいた、と評しうるかも知れません。

しかし、それを「古くさい時代錯誤」と切って捨てるわけにもゆきません。書物全体、そしてその書物を成立させている学術の総体を記述しようという意欲。「学術の史」とは、そのような目録家たちの意気込みを実によく表したことばです。いつの時代にも、学術の記述が不要であるはずがありません。それが今の時代にも可能であるのか否か、一考に値するのではないでしょうか。

『七略別録佚文 七略佚文』


bielu目録学の基礎文献、『別録』『七略』は、とうに失われてしまっているので、利用するにはそれらの佚文を集めた輯佚書が必要です。普通、姚振宗『七略別録佚文』『七略佚文』が用いられています。

以前、姚振宗の著作を収めた『師石山房叢書』をご紹介しましたが、そのさい、近年刊行された鄧駿捷校補『七略別録佚文 七略佚文』(上海古籍出版社、二〇〇八年)に触れ、いずれ紹介すると申しあげていました。

最近、同書を使ってみたのですが、結論からいって、この本はおすすめできます。かなり丁寧な仕事が施してあり、開明書店版を使い続ける必要もなさそうです。『別録』や『七略』を見る際には、今後、この本を用いることにしたいと思っております。

この本を眺めつつ、姚振宗の書物自体に問題があることに気がつきました。それは、姚氏の提示している佚文が、いくつかの来源からの佚文を合成したものである場合が多いということです。

たとえば、『七略別録佚文』「六芸略佚文」中の「『雅歌詩』四篇」に当てられた佚文は次の通りです。

漢興以來,善雅歌者魯人虞公,發聲清哀,遠動梁塵,受學者莫能及也。〔嚴本、馬本。〕(《藝文類聚》巻四三、《〈文選・成公子安《嘯賦》〉注、《事類賦注》巻一一)

「嚴本、馬本」というのは、姚氏自身の注記であり、厳可均『全前漢文』、馬国翰『玉函山房輯佚書』が集めた佚文による、という意味。その下に続く括弧の中は、整理者である鄧氏の注記であり、どの書物によって佚文が集められたのか、つきとめたものです。

鄧氏の指摘により、『芸文類聚』、『文選』注、『事類賦注』に当たってみました。

  • 「漢興以來,善雅歌者魯人虞公,發聲清哀,遠動梁塵。」(『芸文類聚』引『別録』)
  • 「漢興,善歌者魯人虞公,發聲動梁上塵。」(『文選』李善注引『七略』)
  • 「漢興以來,善雅歌者魯人虞公,發聲清泉,蓋動梁塵,受學者莫能及也。」(『事類賦注』引『別録』)

いずれも、姚氏の提示した佚文(鄧氏の指摘によれば、馬国翰の佚文を踏襲したもの)と一致しません。つまり姚氏の佚文は、複数の佚文を合成して作ったものだということになります。

余嘉錫『目録学発微』が、この一条をうっかりと、『文選』注の引用にかかる『別録』の佚文としていたので、調べてみました。余氏も、あまり確認せず姚氏の輯佚書を用いたのでしょう。我々も気をつけたいものです。

『古書通例』と『目録学発微』


余嘉錫は生前、著作をわずかに一点しか出版しませんでした。それは『四庫提要辨証』という書物です。これは、有名な『四庫全書総目提要』二百巻を詳しく検討しなおしたものであり、今なお広く用いられています。同書は著者自身認める畢生の作でもあり、余嘉錫文献学の真骨頂であるといえますが、いかんせん、それ自体、膨大かつ難解です。全篇を通読する人は少ないのではないでしょうか。かくいう私も通読したことはなく、いま読んでいる最中です。

それでは初心者がとりつく島がないのかというと、そうではなく、都合のよいことに、余嘉錫が1930年代に大学の講義に使っていた次の二書、『古書通例』(『古籍校讀法』ともいう)と『目録学発微』が、恰好の手引きとなるのです。

これらはもともと、民国時代に講義資料として印刷されたものであり、正式な出版物ではありませんでしたが、余嘉錫の没後、整理出版されました。私は、それぞれ以下の版で読みました。

  • 『古書通例』上海古籍出版社、1985年7月
  • 『目録学発微』巴蜀書社、1991年5月

これらのうち、『古書通例』については、2008年に平凡社、東洋文庫の一冊として、嘉瀬達男・内山直樹の両氏とともに、訳出しました。近いうちに、『目録学発微』の方も世に問うことができれば、と望んでおります。

さて両書は、ともに大学の講義資料とはいえ、資料も充実しており、たいへんに高度な議論が展開されています。両者とも、重点は前漢末の劉向・劉歆父子が作った目録を根本に据えて、中国の書物の歴史を見通したものです。

『古書通例』は、先秦時代の諸子百家の学問が、どのようなかたちで「書物」というかたちに定着したのか。そして劉向たちは過去の学問をどのように整理・集成し、どのように目録を作ったのか。そこに重点があります。詳しくは、日本語版につけられた、内山直樹氏の「解説」をご覧ください。

一方の『目録学発微』は、やはり劉向・劉歆父子の校書を大いに発揚しつつ、一つの学としての目録学の意義、そして、劉向らの目録以後の目録学の展開を述べたものです。『古書通例』が「劉向以前から劉向まで」に重きを置くのに対し、『目録学発微』は「劉向から劉向以後」に重きを置く、といえます。

また両書の方法論を比較すると、『古書通例』が実践的な読書の学を説くのに対し、『目録学発微』は目録学の方法と資料を紹介する、ともいえましょう。

このように対比してみると、それぞれの書物の内容には違いがありますが、互いに補い合って、余嘉錫文献学の基本的な見方を提示できていると考えています。

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四部分類の独訳


シュタックマン氏『中国の図書館 天一閣の歴史 十六世紀から現代まで』は、目録学をテーマにした数少ない欧文の研究書です。

Ulrich Stackmann,
Die Geschichte der chinesischen Bibliothek Tian Yi Ge vom 16. Jahrhundert bis in die Gegenwart,
Franz Steiner, 1990

同書には、『四庫全書』の分類に対してドイツ語訳を当てた一覧表が、付録として載せられていました(pp.220-221)。参考資料として、ここに転載させていただきます。誤字などをご指摘いただければさいわいです。

欧米漢学における、近年の傾向として、訳しこんだ語を用いず、漢語音をローマ字表記することが多いようです。たとえば、Confucianism といわず、Ru という、など。書物の分類名についても、漢語音をローマ字表記する例があるようですが、訳語を見れば、「どのように理解し、解釈したか」が分かるもの。興味深く感ぜられるので録する次第です。

たとえば「目録類」は、先にご紹介した銭存訓氏の英訳では、Bibliographies となっていますが、シュタックマン氏訳では、Bibliographien, Kataloge und Inschriftenverzeichnisse とします。簡潔な銭氏の訳もよいのですが、『四庫全書』の史部目録類には、その小序にもいうとおり、金石目録が入っているので、シュタックマン氏訳の方がより説明的で、『四庫全書』の実情に即しています。

経部 KLASSIKER

  • 易類 Buch der Wandlungen
  • 書類 Buch der Urkunden
  • 詩類 Buch der Lieder
  • 礼類 Buch der Riten
  • 春秋類 Frühling und Herbst-Annalen
  • 孝経類 Buch des Gehorsams gegenüber den Eltern
  • 五経総義類 Generelle Bedeutung der 5 Klassiker
  • 四書類 Vier Bücher
  • 楽類 Klassische Vorstellungen über Musik
  • 小学類 Wörterbücher, Studien zur Phonetik

史部 GESCHICHTE

  • 正史類 Offizielle dynastische Geschichte
  • 編年類 Annalen
  • 記事本末類 Aufzeichnungen über Anfang und Ende historischer Ereignisse
  • 別史類 Nicht offizielle Geschichte einer oder mehrerer Dynastien
  • 雑史類 Nicht offizielle Geschichtsdarstellungen unterschiedlicher Form, teilweise fiktiv
  • 詔令奏議類 Kaiserliche Edikte und Throneingaben
  • 伝記類 Biographien und Ereignisgeschichte
  • 史鈔類 Nacherzählungen von Geschichtswerken
  • 載記類 Geschichte der Dynastien, die nicht zur offiziellen Dynastiefolge gerechnet werden
  • 時令類 Jahreszeitliche Gebote
  • 地理類 Geographie und Regionalgeschichte
  • 職官類 Amter in der Kaiserlichen Verwaltung
  • 政書類 Recht und Institutionen
  • 目録類 Bibliographien, Kataloge und Inschriftenverzeichnisse
  • 史評類 Kritik der Geschichtsschreibung

子部 WISSEN

  • 儒家類 Konfuzianer
  • 兵家類 Militärschriftsteller
  • 法家類 Legalisten
  • 農家類 Agrarschriftsteller
  • 医家類 Medizinschriftsteller
  • 天文算法類 Astronomie und Rechenkunst
  • 術数類 Rechenkunst
  • 芸術類 Bildende Künste
  • 譜録類 Naturkunde und Wissen über handwerkliche Produkte
  • 雑家類 Schriftsteller, die die Ideen verschiedener Philosophieschulen zusanmenfassen, Aufzeichnungen mit dem Pinsel (bi ji) und cong shu
  • 類書類 Enzyklopädie
  • 小説家類 Schriftsteller von Legenden, Anekdoten und Erzählungen
  • 釈家類 Buddhisten
  • 道家類 Taoisten

集部 POESIE

  • 楚辞類 Elegien von Chu
  • 別集類 Gesammelte Werke
  • 総集類 Anthologien
  • 詩文評類 Kritik der Dichtung
  • 詞曲類 Lieddichtung der Gattungen Ci und Qu und deren Metrik