本好きの五類型


本が好きという人は少なくありませんが、どのように書物とつきあっているのかを観察すると、五種の人がいます。

  • 信仰家。自分の信仰する宗教の経典類を重んずる人。彼にとっては経典の内容も重要ですが、ものとしての書物自体もきわめて大切です。読書の根本的な姿を象徴しているようです。
  • 読書家。書物に書かれた内容を読む人。読書の普通の姿です。主に内容の把握に主眼があり、借りて読んでも買って読んでもかまわない、という人。低俗な層から高級な層まで、幅があるので、一概には言えません。
  • 愛好家。好きだから読む、という人。誰それファンといった、著者ごとの愛好家のほかにも、ジャンルごとのファンもいます。読むこと自体を楽しみ、愛する傾向があり、他の趣味に通じます。
  • 確認家。確認の道具として書物に接する人。辞書などは、大多数の人が確認の道具として用いますが、確認家は念が入っており、すべての書物を確認、考証の道具と考えており、書物の内容を味わったり、楽しんだりすることはまれです。
  • 蒐集家。書物を所有し、蒐集しようとする人。蒐集は物に向かいますから、物質的な要素のない電子書籍などは、蒐集家の興味を引かないでしょう。

ほとんどの人は、以上の五類型のうちの一つを主とし、他の要素をまじえているようです。しかし、上に見たようにそれぞれの傾向が異なりますから、同じく「本が好き」といっても、それで即座に意気投合とはなりません。ビジネス書をたくさん読んで実践知識を身につけようという人と、稀覯本のコレクターとでは話が合いません。

一人の人のうちにも、変遷があります。たとえば、ある人文系の研究者の変遷を戯画的に描いてみましょう。はじめは読書家として本に親しみ、のめりこんで愛好家となり、学生になって蒐集に没頭し、それが終わると確認家となり考証をはじめる、といった具合です。

また、ここに述べたのはすべて個人として書物に接する際の私的な態度をいうものであり、国家的な書籍蒐集計画や図書館の収書など、公的なものはまた別の話です。

以上、まっつん氏のブログの記事、「図書館に行ったのに…」に興味をひかれ、つれづれに書いてみました。図書館に行くと本を買いたくなる、というお話でしたが、なるほど、図書館は本の見本市でもあるのか、と興味をもった次第です。

【追記】

思い出した話をひとつ。学生のころ、先輩に連れられてある図書館へ。その図書館の規則として、綫装本のコピーを許さないことを知り、それに苦情を列ねていたところ、その先輩が「いずれにせよ、読むのだ。いま書き写しておけばよい」といって、数十頁ほどの本を鉛筆で写して帰りました。なるほど、そういうことか、と大いに蒙を啓かれました。

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「本好きの五類型」への10件のフィードバック

  1. こんにちは!どうもご無沙汰しております。
    ただの積読人間のぼやきだったのですが、こうして取り上げていただいて、大変恐縮しています。
    う~ん、なるほど、本好き五類型の人ですか!非常に興味深く拝読しました。「自分だったらどれが主なのだろうか」と、自己分析しながら読ませていただきました。…が、「読書家で『ありたい』」という希望が強すぎて、結局自分がどれに当てはまるのか分からず、自分でもよくわかりませんでした。「積讀日記」を書いているにも関わらず、実は人一倍「本は読まれてナンボ」という気持ちが強い(はず)ですが、現実はなかなか読みきれずに本を集めるだけになってしまいます。ただ、この中では「愛好家」と言われるのが一番嬉しいかもしれません。
    読書家→愛好家→蒐集家→確認家の変遷…どなたかは存じ上げませんが、やっぱりそういう方は格好いいと思います。さまざまな人がいて、様々な本との関わり方があって良いと思いますが、人文系の研究者で、本当に私が魅かれるのは、まさしくそういう人です。上記のような変遷を経た方の書いたものはとても面白く感じます。文章の合間や言葉の端々にそういう要素が読み取れると、それだけで親近感が湧き、言葉では表せない部分で、同調できます。
    …すみません、生意気なことを書いてしまいました。
    本好き同士がそのまま意気投合に結びつかない、というお話、とてもよく分かります。最近では、その趣向の違いそのものも、本について語り合う上での楽しみになりつつあります。
    まっつん 拝

  2. まっつんさん、こんにちは。このところ、あまりコメントをいただけず、残念に思っておりましたが、こうしてご連絡くださいまして、感謝いたしております。
     思いつきで書いてみたのですが、楽しんでいただけたならば幸いです。実際には、それぞれの類型に大きな幅があります。「読書家」というのは、ひとつの雅称ですし、あまりに漠然としているので、そのうち変更するかも知れません。
     「ある人文系の研究者の変遷」というのは、自分のことを述べたつもりはなく、そういう人が多いと思えたので書きました。職業としての研究者の場合、調べ物に追われて、本来の読書から逸れていることも多いので、揶揄も込めました。実のところ、この調べ物には魅力があり、読書をあえて捨てて調べ物に徹する人もいて、そういう生き様を軽々しく否定することはできないのですが。そういう意味で「戯画的に」と書いた次第です。以上、本文に対する注釈として。
     私自身としては、「信仰家」的な読み手になることを最終目標にしています。もともと、道家の書物や儒家の経書に大いなる敬意を抱いて、この道に進みました。そのための手続きとして、愛好や確認、そして蒐集もあると思っています。いつか読まねばならないと思える本を手もとに置く「積ん読」も、読書のための重要な手段だと知っています。最終的に信仰の境地を全うすることができるかどうか、心許ないのですが。いずれにせよ、私は「価値がないような書物なら、そもそも読書は無意味」という考えです。
     貴兄は中国古典にまつわる書物に対して大いなる関心をお持ちになり、さまざまな読書・蒐書経験を積まれ、それをブログという媒体を用いて公開されており、いつも励まされております。また、コメントをお寄せください。
     学退上

  3. 私は物質的な本については読書家と確認家、電子書籍においては蒐集家です。大学院に入ったばかりの頃は本をたくさん買ったりもしたのですが、そのうち自分の狭いアパートに置ける本には数が限られていることと、これから十年ほどは太平洋を跨ぐような長距離移動も含めて引越しが何度もあるだろうということに気が付き、今は読む本は出来るだけ図書館から借りていつか図書館に入れない状態になってもよく使う本はすぐにアクセス出来るよう、ひたすら電子書籍ばかりを集めています。
    手に取れない電子書籍でもいろいろな「版本」はあるもので、使いやすさや綺麗さがそれぞれ違います。その中から複数の用途に合ったバージョンを探し選び、素早く取り出せるように保存方法を工夫したり、友人に見せて自慢したりするのは結構楽しいです。というわけで、蒐集家の中にも電子版好きの人もいると思います。

  4. Chelsea Wangさま、どうもご意見ありがとうございます。
    おっしゃること、よく分かります。私も学生の頃から本を集めていましたが、おっしゃるとおり、何度も引越しを繰り返し、そのたびに後悔しています。蔵書を少なくして身軽にするのは、賢明な選択だと思います。
    電子書籍の蒐集をなさっている、とのことですが、いまだに信じられません。本当に蒐集欲を刺激されるのでしょうか?コレクション、そのうち、私にも見せてください。その時には、信じることができるかもしれません。
    一般的に言って、日本の学者はたくさん本を持つ人が多く、中国の学者にあきれられています。私個人の今後については、電子版にリプレースすることはありえませんが、少し蔵書を処分してみようかと思っています。自分にとって必要なもの、不要なものを見つめなおすという意味で。
    研究をしていると、どうしても、事実や内容の確認に多くの時間をとられてしまいますが、読書を楽しむ余裕をもちたいもの、と思い、書いてみた次第です。
    では、ご研安をお祈りしております。
    学退上

  5. そう言われてみると私の場合「コレクション」と言えるかどうか、自信がなくなってしまいました。私が電子書籍を集めるのは綺麗なもの・珍しいものを所有したいという動機よりも、本の内容を少しでも確認しやすくするため出来るだけ多くの本をどこに行っても手の届く距離(つまりコンピュータの中)に置いておきたいからです。
    その意味で私が集めているのは情報であり、書籍ではないのかもしれません。例えば私のブログのリンクページではよく使うデータベースやネット上の書籍目録などのリンクを集めていますが、これを作って得られる満足感も電子書籍を集めるときと似ています。また最近読んだ本や読みたい本の書誌情報をデータベースに入れて管理していますが、この中のエントリーが増えていくとコレクションが増えていくようで嬉しくなります。
    ただ同じ情報でも、パッケージのしかたによって使いやすさも違うので、「版本」は選びます。例えば同じ本でもテキストファイルと画像ファイルの両方を揃えるのが理想的です。前者は全文検索、後者は論文を書くときなどページを引用するときに使います。この二つが一緒になっているファイル(全文検索のできるPDF版など)は一番重宝しますが、実際は両者の内どちらかの質が落ちている場合が多く、完璧なものはなかなか見つかりません。
    もちろん、電子版のなかには以前ブログで紹介した『四庫全書』のテキスト版のように来源不明のものも多いので、使い過ぎると研究の精度が落ちるのは覚悟の上ですが、出来るだけ注意しても残ってしまうエラーが少し増える代わりに時間をたくさん節約できるのなら、私はその分の時間を専門外の本を読むなど、視野を広めるために使いたいです。私の周りにはこの様な考えを持つ人は結構多いと思いますが、やはり不真面目すぎるでしょうか。
    今はあいにく中国にいるので普段使っているコンピュータにアクセス出来ませんが、三週間後にニューヨークに戻り次第、「コレクション」のサンプルをメールで送付いたします。(本来はどこからでもアクセスできるようにネット上にデータをバックアップしたいのですが、まだ時間が取れていません。)私のブログにご投稿の際にお使いになったアドレスの方に送ってもよろしいですか?

  6. 電子データの詳しい利用方法をお教えくださいまして、まことにありがとうございます。
    まず初めに申し上げると、お示しになった方法を「不真面目」であるとは、少しも思いません。むしろ、真面目だと思いました。自分自身はこのような整然としたデータ管理ができないので、感心してしまいます。
    私自身の好みとして、紙の本のほうが慣れており、そして中には、初めから終わりまで通読したい本があり、そうものに関しては、紙のほうが読みやすいと思っているので、私はそこにこだわっているようですね。つまり、「どうしても紙で持っておきたい本、読みたい本」というのが、私の頭の中にあるようです。その基準が何なのか、あらためて考えてみたいと思っております。
    いずれにせよ、コレクションのサンプルは見せていただきたいものです。よろしければ、私のメールアドレスにお送りください。中国でもワードプレス、使えていますか?
    学退上

  7. いえいえ、利用方法というにはとても及ばない、個人的な好き嫌いを説明してみただけです。それにしても自分の方法がとんでもなく危ないものに見えるのではないかと心配でしたが、少々安心しました。私も紙のほうがずっと読みやすいので、本そのものが手に入る時はそっちを読みます。実際、私が本を買わないのは簡単に手に入るからかもしれません。図書館に無い本はリクエストするとほとんどの場合買ってもらえますし、すぐに必要な本は近隣大学との相互交換で一週間以内で手に入ります。少し前に日本の大学図書館の貸出条件を調べてみたのですが、思った以上に貸出期間が短かく、貸出不可の本が多かった記憶があります。私もその場合は自分の分野の書籍は自分で購入して揃えたくなると思います。
    中国ではWordpressをはじめ、普段使っているサイトはほとんど全部ブロックされていました。「文言基礎」のほうのブログはアクセスできましたが、はてなブックマークはアクセス不可です。今はVPNを使って「翻牆」してアクセスしています。そのうち、やり方をブログで紹介する予定です。
    それでは、また改めてメールを送ります。

  8. 図書館の本を読む、というのは大賛成です。すべて個人で所有する必要は、ありませんよね。
    図書館間相互貸借の手軽さや、貸出期間の長さなどについては、きっとアメリカの一流大学の方が自由度が大きいのだと思います。私も、ハーバード燕京図書館から、自宅に100冊以上借りだし、小図書館を築いていました。こんな自由は、日本の大学ではそうそうかないません。
    ただ日本の大きな大学の中には、中国関連図書を多く蔵しているところもありますし、ご存知のように、日本にしかない資料もたくさんあります。学位取得後、一度、資料収集にいらしては?
    中国からはVPNなんですね(そういえば、私もドイツからVPNで京大につないで使っています)。以前は、中国の学者・学生もこのブログを見てくれていたのですが。情報の遮断はやめてもらいたいものです。
    では、失礼いたします。
    学退上

  9. よく見ると、アメリカの図書館の使いやすさばかり強調した書き込みになってしまい、失礼いたしました。日本の図書館はいずれ使うことになると思いますが、今まで知らなかった資料をたくさん発見できるだろうと、楽しみにしています。プリンストン大学に私がよく使っている明代詩文集の影印本コレクションがありますが、これはもとは日本の各所蔵機関から来ているそうです。
    実は大学生のときから、日本に短期留学してみたいと思っていました。今文科省の国費留学生奨学金に申請中で、もしうまくいけば来年研究生として日本に行けるかもしれません。出来ればその時は一度お会いできたらと思っています。
    ではまた、失礼いたします。
    (前回の投稿にエラーがあったようなので、もう一度送信します。重複投稿になっていたらすみません。)

  10. 図書の利用法について、お考えをうかがうことができて、たいへんに有益でした。ありがとうございます。
    おや、現在、奨学金を申請中ですか。採択されますよう、お祈り申し上げます。その際には、ぜひ京都にもお立ち寄りください。できるかぎりの協力はさせていただきます。
    では、ご研安をお祈りいたします。
    学退上

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