閣の字義


前漢時代の禁中にあった天禄・石渠は、いずれも「閣」と命名されましたが、なぜその名で呼ばれたのか?気にかかっておりました。『文選』李善注に引く『三輔故事』に、次のようにあるのが、ヒントになりました。

『三輔故事』曰:「石渠閣在大祕殿北,以閣祕書」。
(『文選』巻1「両都賦」序,「内設金馬、石渠之署,外興樂府協律之事」の注)

『三輔故事』曰:「天祿閣在大殿北,以閣祕書」。
(「西都賦」:「又有天祿石渠,典籍之府。命夫惇誨故老,名儒師傅,講論乎六蓺,稽合乎同異」の注)

ここで「閣」は動詞として用いられたと考えられます。『説文解字』12篇上には、「閣」を釈して次のようにいいます。

閣,所㠯止扉者。从門,各聲。
閣とは、扉を止めるためのものである。門に従い、各の声。

『説文』によると、「閣」とは、外に向かって両開きになる扉が、内側に開かないようにするためのシキミである、ということのようです。

この字について、段玉裁はかなり長い注を書いていますが、その中に、興味深い記述を見いだしました。

閣,本訓直橜,所以扞格者,引申之横者。可以庋物亦曰閣。如「內則」所云天子諸侯大夫士之閣,漢時天祿、石渠閣,皆所以閣書籍,皆是也。閣字之義如此。故凡止而不行,皆得謂之閣。(経韵楼本,12篇上11葉)
閣は、もともと「縦型のシキミ」(直橜)と訓じ、それは(扉を)止めるためのものであったが、横型のシキミにも引申(意味が拡大して用いられるようになること)された。ものをしまうところもまた、「閣」といった。たとえば、『礼記』内則にいう天子・諸侯・大夫・士の閣や、漢代の天禄閣・石渠閣がいずれも書籍を「閣」する場所であったのなどが、みなそれにあたる。「閣」字の義は、以上の通りである。それゆえ、(ものを)おしとどめて動かないようにするものは、みな「閣」といえた。

「ものをしまう容器」の例として、段玉裁は『礼記』内則を挙げているので、それを確認します。

羹食,自諸侯以下至於庶人,無等。大夫無秩膳,大夫七十而有閣。天子之閣,左達五,右達五。公、侯、伯於房中五,大夫於閣三,士於坫一。
あつものと主食については、諸侯から庶人まで、等級分けはない。大夫にはこれと決まった献立はなく、大夫は七十歳になると「閣」(木製の板で作られた収納容器で、調理された品をしまう)をしつらえる。天子の閣は、左側の「達」(「夾室」とも。正室からやや離れた部屋)に五つ、右側の「達」に五つ設置する。公・侯・伯は「房」(正室の隣の部屋)に五つ設置し、大夫は(「達」に)閣を三つ設置する。士は(閣を作らず)「坫」(部屋の隅に作った土製の台)一つを設置する。

『礼記正義』を参照して以上のように解釈しましたが、内則の場合の「閣」とは、食物をしまう収納容器のようです。なお『礼記』によると士は「閣」を持たないので、段玉裁が士にも「閣」があるというのは不審です。

「閣」は、なぜ「ものをしまう」意を持つのか。『説文解字』2篇上において、「各」は「異辭也。从口夂。夂者,有行而止之,不相聽也」と釈されており、もの同士の対立関係をいうらしく思われます。「各」を声符とする「閣」も、「扉に対抗してそれを押しとどめるもの」の意で、さらに「外物から内なるものを守る」意を持ち、その容器をもいうようになったと理解できます。

してみると、「閣祕書」という『三輔故事』の造句は、「秘書をしまう」、あるいは「秘書を保管する施設をしつらえる」意になります。前者ならば収蔵の行為に重点があり、後者ならば建築の行為に重点があることになりましょう。

「天禄・石渠はなぜ閣と命名されたか?」私自身は、これでかなりよく納得できました。

広告

「閣の字義」への14件のフィードバック

  1. 古勝 隆一先生
                            2012年7月10日
    前略。
    ◎段玉裁が士にも「閣」があるというのは不審。

    『礼記正義』には「崔氏云、宮室之制、中央爲正室・・・。士卑不得作閣、但於室中爲土坫庋食也」と書かれていました。この「崔氏」は、たれですか?また、引用は、「故知三牲及魚臘也」までですか?
    ところで、段氏の書庫には「経韵楼」の篆額が掛かっていたかと想像しますが、「経韵閣」といわないのは、遠慮があったのでしょうか?

    藤田 吉秋・Eメール・toubokuji@nifty.com

    1. 藤田さま、

      コメントくださいまして、ありがとうございます。崔氏は「梁の桂州刺史、崔靈恩」(『隋書』経籍志の『集注毛詩』二十四卷の注記によります)で、その『三禮義宗』三十卷というものです(同じく隋志に見えます)。引用文は、「但於室中爲土坫庋食也」までかと判断しましたが、確証はありません。

      『礼記』の正文によれば、大夫も七十歳になるまでは閣がない、というわけですから、士には閣がない道理では、と考えました。

      また、仰せの経韵楼の件につきましては、私も、楼と閣の差が気になっておりました。個人の蔵書の場所に名をつけることの始まりも、はっきりとは存じません。また、命名に込められた思いなども、ゆくゆく探ってみたいものです。

      学退上

  2. Xuetui先生、とても興味深く拝見させて頂きました。

    ところで「各」字の説解「異辭也。从口夊。夊者,有行而止之,不相聽也」にある「夊」は「夂」が良いように思うのですが、この点に関して少し質問させて下さい。

    「各」字の『段注』(二篇上26葉)を見ると、「夂部曰。從後至也。象人㒳脛後有致之者。致之止之、義相反而相成也。」とあります。「夊」の説解は「行遲曳夊夊,象人兩脛有所躧也。」で、「夂」の説解は「从後至也。象人兩脛後有致之者。」ですので、「各」の説解に使われている字は段注によると「夂」であると判断できます。

    また、『繫傳』の「各」字には「臣鍇曰夂音竹几反,象人足欲行從後躓之,故各字從之也。」とあり、「夊」は「斯唯反」、「夂」は「讀若黹,胝雉反」ですので、同様に「夂」であるようです。

    ここでは「夂」字であることの推定を『段注』『繫傳』に拠った訳ですが、『説文』の内容のみで説解に使われている字を確定するにはどうしたら良いでしょうか? 一つには篆文の部分字形が根拠になるとは思うのですが、篆文を弁別できるのも音義等の他の性質に違いがあってのことですし、また、私の読みでは説解だけに頼るのはどうも心許ない気がします。やはり上で述べたように注に頼らざるをえないのでしょうか? 本題に関係ない質問で恐縮ですが、ご教示願えれば幸いです。 hirsh

    1. Hirshさま、

      コメントくださいまして、ありがとうございます。ご指摘の「夂」「夊」の区別、まことにありがとうございます。これは迂闊でした(うすうす気づいていたのですが、確認を怠っておりました)。訂正いたします。

      方法としては、今回なさった通りの調べ方が理想的であろうと存じます。一般的に、字形・字義が似ている複数の字については、敏感になるものでしょうから、段玉裁のみならず、いろいろな学者が説をいると推測できます。おそらく、今回お取りになった方法は、他の例についてもいつも使えるのではないかと想像します。また、弁別が必要な字がありましたが、ご教示いただければさいわいです。

      いつもご覧くださいまして、まことにありがとうございます。詳しく読んでくださるので、こちらもはりあいが出ます。今後とも、よろしくお願いいたします。

      学退上

      1. Xuetui先生、いつもご教示下さり有難うございます。
        詳しく読めているというよりも大きなテーマにはまだ手が届かない状況でいます。少しづつでも自分の分かるところから始めて、興味深いテーマにも挑戦できるようになりたいと思っています。愚問ばかりで申し訳ありませんが、これからも宜しくお願い致します。  hirsh

  3. 古勝 隆一先生
                            2012年7月10日
    拝復。
    ◎『三禮義宗』。

    玉函山房輯佚書・経編通礼類『三礼義宗』四卷、確認しました。ご教示に対し深謝申し上げます。
    また、「云『五者、三牲之肉、及魚腊也』者、以天子膳用六牲、今云五閣、是不一牲爲一閣、以魚腊是常食之物、故知三牲及魚腊也」は正義の文章ですね。了解いたしました。
    ところで、汲古閣は「閣」を使っています。音声の上でもこの方がよいのでしょうか。

    藤田 吉秋・Eメール・toubokuji@nifty.com

  4. 藤田さま

    この『三禮義宗』という書物、私も今後、調べてみたいと思っております。

    汲古閣は、仄仄仄になってしまい、音声の上ではあまりよろしくないようにも思います。「閣」に大仰な感じがある、というような表白がどこかに見つかれば面白いのですが。

    またお気づきの件をご指摘ください。

    学退上

  5. xuetuiさま
    同じく、「閣」について気になっておりましたので、とてもありがたいです。
    私は以前から「臺」「觀」の外観、構造に興味を持っています。
    中国の先生の建築様式に関するご発表で、「こういう建物が臺ではないか」
    という図を紹介されていたので、また拝見したいと思っているところです。

    書物を保管する場合はセキュリティーだけでなく、湿度、温度、通風、防虫にも
    気をまわしていたことでしょう。
    建築物の命名には特別な思い入れがあったでしょうし、そこからヒントを得ることもあります。
    未央宮の後宮名からは当時の香り事情も読みとれます。

    『三輔黄圖』では、目録に各々、宮、殿、臺榭、辟雍、明堂、觀、楼、館、閣・・・
    とくくっていますので、当時は使用目的のほか、建築様式も明確な区別が
    あったのでしょうか。これらのご解説もお時間があれば期待しています。

  6. Yomogiさま、

    コメントくださいまして、まことにありがとうございます。今回は訓詁学の面から字義を追ったまでのことでして、建築史や考古学の立場からは、当然、まったく別の見方があることと存じます。何らかのお役に立てば幸いです。

    「観」「寺」がなぜ、宗教施設について用いられるようになったのか、少し興味を持っておりますので、いずれ、調べて見たいと思っております。ご提案、ありがとうございました。

    では、失礼いたします。

    学退上

  7. 以前から拝読しておりますが、コメントするのは「初めまして」です。
    拝読するたびに研究への真摯な態度に触れ、我が身を反省しております。大変、勉強になります。
    不束者ですが、どうぞ宜しくお願いします。

    さて、『礼記正義』のくだりまでは納得しながら読んだのですが、「各」の字義のくだりには少々疑問を持ちました。「有行而止之、不相聴也」は、「対立」ではなくて「別々」(おのおの・それぞれ・個々)の概念を言っているのではないでしょうか。望文ならぬ望字生義で、「各」の意味を踏まえて考えると、おのおのが「異」であること、不同一人(物)であることを、「有行而止之、不相聴也」という異なる行動をとる例で示したのではないか、と。段注は「各」の説解に「夂」の説解を結び付けているようですが、これは附会の感があります。
    この読みを当てはめるならば、「閣」は個々のもの(複数の不同一物)を扉の中に入れる、ということになりますが、ワタシ自身はすっきりしません。おそらくは、「各」の音の方に意味があるのではないかと思いますが、字義解釈は難しいというのが実感です。原義ではなく漢代の字義ということなら、当時の用例を検討すればもう少しすっきりしそうな期待はあります(「各」「閣」について)。が、そこまでする余裕はないので、図々しくも、根拠薄弱な違和感を唱えてみました。

    「閣」「各」の字義について考える過程で、改めて言葉について説明することの難しさを感じました。それをやり遂げた許慎は、やはり偉大です。

    長々と失礼いたしました。

  8. Kaikoさま、今回はコメントをお寄せくださいまして、まことにありがとうございます。

    『説文解字』に示された「各」の解釈については、私自身は、何らかの「動き」を表したものと理解していますし、「夂」を参照することは、許慎の意図に従うならば、附会というよりも必然と思います。

    ただ今回の場合、許慎および段玉裁の思考を追うこと自体、簡単とはゆきません。また、私も正確に書ききれていないという反省がありますので、この問題については、あらためて一文を草してみたいと考えております。

    「各」の音に意味を探る手がかりがあるというのは、まったくおっしゃるとおりかと存じます。これについても、あわせて考察してみたいと存じておりますので、しばらくお待ちください。

    貴重なご提言いただきましたこと、重ねて感謝申しあげます。

    学退上

  9. 古勝 隆一先生
                            2012年7月14日
    前略。
    ◎「原義ではなく漢代の字義」。
    『論語』の「各」字は、すべて「おのおの」の意味になるようです。『史記』、『漢書』から用例を拾っても結果は変わらないのでは、と思います。

    『論語』の「各」字
    *人之過也、各於其黨。
    *顏淵季路侍。子曰、盍各言爾志。
    *雅頌各得其所。
    *子曰、才不才、亦各言其子也。
    *子曰、何傷乎。亦各言其志也。
    *子曰、亦各言其志也己矣。

    ◎「許慎および段玉裁の思考を追う」。
    字書や注釈書は正しい解釈へ導くための道具であるのに、却って路に迷う心地がいたします。『説文解字』「各」字、「詞」字について、学殖の一端なりともお示し下さい。独学の者にとっては先生のブログのみが頼りです。

    *『説文解字注』第2篇上・「口」部「各」字
    異䛐也。从口夂。夂者、有行而止之不相聽意。
    異䛐也。䛐者意內而言外。異爲意。各爲言也。从口夂。陟侈切。夂者,有行而止之不相聽意。夂部曰。從後至也。象人㒳脛後有致之者。致之止之,義相反而相成也。古洛切。五部。
    *『説文解字注』第9篇上・「司」部「䛐」字
    意內而言外也。从司言。

    藤田 吉秋

    1. 藤田さま

      コメントくださいまして、まことにありがとうございます。

      ややこしいことを申しあげ、話を不必要に混乱させているのか、とも反省しますが、ただ、私としては、分からないながらも『説文解字』という字書を手がかりに中国の古書を読み解きたいという一心で、このブログを書き連ねております。「各」字については、「おのおの」「それぞれ」の義は派生的だと思えますし、ペダンチックに説文、説文と唱えているわけではないことをご理解ください。

      率直に申しあげて、「用例」をたくさん集め、そこから帰納的に漢字の字義を考えてゆくなどという芸当をし遂げる自信が、私にはありません。そういうことを易々とできる人もいるとは思うのですが、自分にはとてもできる気がしない、ということです。反対に、許慎という漢代の偉人が、それなりの見識をもって書いた『説文解字』という書物を手がかりとして、それを舟として漢字の海をわたる方が、「私には」、安心に思えるのです。

      いくらそうであるにせよ、ある程度、見通しを得た事実について、確実なことを書くべきではないか、と、そのようにみずから思いもするのですが、学殖も何もないので、今はただ、試行錯誤しながら考えることしかできません。そのため、ブレや不明瞭な点が生じて、混乱を招いているとすれば、たいへんに心苦しく存じます。不明瞭な点は、いささかなりとも粘り強く考えることにより、少しでも明瞭に近づく方向に進みたいと望んでおります。

      今後ともよろしくお付き合いくださいますよう、お願い申し上げます。

      学退上

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中