「右文説在訓詁學上之沿革及其推闡」


沈兼士(1887-1947) 「右文説在訓詁學上之沿革及其推闡」(『慶祝蔡元培先生六十五歳論文集』國立中央研究院,1933年。後に『沈兼士學術論文集』中華書局,1986年に収める)を読みました。

もとの雑誌に載ったものは80ページに近い雄篇です。目次に簡単な説明を付して引いておきます。

  1. 引論
  2. 聲訓與右文(同音・近似音を用いた古い訓詁である「声訓」と、右文説との関係)
  3. 右文說之略史一(宋代の右文説についての概説)
  4. 右文說之略史二(明・清の右文説についての概説)
  5. 右文說之略史三(清末から近代にかけての字源研究の概説)
  6. 諸家學說之批評與右文說之一般公式(研究史の総括、および本稿の主内容たる「公式」)
  7. 應用右文以比較字義(右文を手がかりとして訓詁を考え直す方法)
  8. 應用右文以探尋語根(右文を手がかりとして「語根」をとらえる方法)
  9. 附錄(魏建功・李方桂・林語堂・呉承仕からの手紙、および沈兼士の識語)

形声字の声符(諧声符。本稿では「声母」と呼ばれる)に注目する右文説を大きく総括し、学問らしい学問として位置づけなおした研究であるといえます。

「政とは正なり」といった声訓の方法や、「戔のつく字はすべて小さい物事をあらわす」といった宋代の右文説は、一見すると語呂合わせや思い付きのようで、学問らしくありません。しかし清朝には、段玉裁『説文解字注』、王念孫『広雅疏証』、焦循、阮元、陳詩庭、陳澧らが、古音研究を基礎として、諧声符にあらためて着目し、研究が大きく進展します。さらに清末から民国時代には、章太炎『文始』を代表とする字源研究が、もはや諧声符の字形にこだわらず、文字の生成を論じました。こうした学問の展開が、「引論」から「右文說之略史三」にいたるまで、「右文説」という着眼点からまとめなおされています。

そして、本稿の主たる内容は、「諸家學說之批評與右文說之一般公式」という一章であろうと思われます(pp.811-834)。単純な構造をした「音符」は、さまざまなかたちで文字を派生させてゆきます。たとえば「皮」は「はぎ取られた皮」の意であり、その音が、「かぶせる」という意味を持つ「被」「彼」等のグループと、「はいで分ける」という意味の「破」等のグループを派生し、さらに「破」等のグループが、「かたむく」意の「波」「頗」等の字を派生する、という例が挙げられています(pp.814-815)。

音符が字本来の意味としてではなく、単なる音の借用として用いられることがあるなど、説明は容易ではありません。それゆえ、表による説明がなされています。辞書ではないので、調べ物に使えるわけではありませんが、これによって沈氏の考え方を知ることができます。

「應用右文以比較字義」および「應用右文以探尋語根」の二章は、この理論に基づいて訓詁学を深めるという応用編になっており、これは訓詁を考える参考になりそうです。特に後者においては、漢字ではなかなか探りがたい「語根」の概念が提唱されています。

付録とされている各氏からの手紙も興味深いものです。李氏はいかにも言語学者らしく、「字形を離れ、語音を根拠とすべきこと」を説きます。これに対し、沈氏の識語では、訓詁学の立場があらためて強調されており、それぞれの方法の違いも感じさせます。

古文字研究でもなく、近代的な言語学でもない、訓詁という立場を沈氏はとりました。そして、「右文説」という観点から学説史をまとめ、自己の見方を提示しました。ここに、右文説というひとつの漢語観の総括を見るのは、不公平ではあるまいと思うのです。

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