沈兼士のとらえた右文の「各」


昨日、ご紹介した、沈兼士(1887-1947) 「右文説在訓詁學上之沿革及其推闡」(『慶祝蔡元培先生六十五歳論文集』國立中央研究院,1933年。後に『沈兼士學術論文集』中華書局,1986年に収める)にも、先日来、私がこだわっている「各」字に関する記述がありました。それは、「應用右文以比較字義」という章において、「觡」字をめぐって考察されています。

まず、『説文解字』(4篇,角部)に次のようにあります。

觡,骨角之名也。从角,各聲。
觡とは、骨の角の名である(段玉裁によると「骨のような角の名」)。角に従い、各の声。

これについて、沈氏は資料や諸家の説を引いた上で、次のようにいっています。長文にわたりますが、訳文をお示しします。

わたくしが考えるに、『説文』では「各」を「異詞」と釈しており、それゆえ「各」の声に従う字には、「分かれる(「岐別」)」義がある。たとえば、「路」は「分かれる」から名づけられたものである。言い争ってやまないことを「詻」というし、「𩊚」とは、なめしていない革を、ものを包む用に当てることであり、「𠲱」とはさえぎる(「枝𠲱」)ことで、「笿」とは杯をしまう竹かごであり「𩊚」と同意、「絡」もそうである。

以上、「各」の声符を持つ字を列挙し、続いて「骼」字を検討します。

ここから推測すると、『説文』は「骼」を「禽獣の骨を骼という」とするが、これは、『礼記』月令、孟春「掩骼埋胔」の鄭玄注に「骨枯を骼という」とし、蔡邕が「露出している骨を骼という」とし、『呂氏春秋』孟春紀「揜骼埋髊」の高誘注に「白骨を骼という」とする、それらの諸説にかなわない。おそらく骨に肉がなくなり外に露出しており、肢体が骨ばって見えるので、肉のある屍と異なる、ということであろう。…。

次は、「𠲱」字。

また、「𠲱」を『説文解字』では「枝𠲱のこと」としており、段注に「枝𠲱とは、さえぎる意である。『玉篇』に「𠲱とは枝柯のこと」といい、『釈名』に「戟とは格である。横に枝分かれ(枝格)のあるもの」といい、庾信の賦に「草樹溷淆し、枝格あい交わる」という。「格」字が通行するようになり、「𠲱」字が廃れたのであろう」と。

わたくしが考えるに、段玉裁は、『説文解字』が「格」を「木が長い様子」と訓じており、「𠲱」こそ枝格(枝分かれ)の意の本字であると思ったのであろう。右文説の考え方で調整するならば、「各」の声に従う字は、「分かれる」ことから「枝分かれ」の義を得たのであり、偏が「木」か「丯」かという重文にすぎず、決して二字ではない。…。

「𠲱」字の検討を終え、沈氏はさらに論を進めて、「閣」字に及んでいます。

「格」「𠲱」がそうであるのみならず、「閣」も同じである。厳元照『爾雅匡名』巻5に「『爾雅』釈宮に「扉をとめるための部分を閎という」とあり、『経典釈文』に「閎の音は宏、ある本では閣に作る。郭璞の注本には閣の字はない」と。…」という。思うに、「閣」の字は「各」の声に従って「止める」義を得たものである。

そして、ようやく本題の「觡」字にもどり、次のように結論します。

以上のことから考えると、「觡」字の義は、『礼記』楽記、『史記』封禅書の文にもとづき、郭璞、顧野王の訓に照らし、さらに右文説を参考とすれば、許慎・鄭玄の説の誤りがわかるのである。

「觡」は、単に「骨のような角」というのではなく、「枝分かれした角」であるというのが、沈兼士の結論であるわけですが、その中で「各」字に「分かれる」義があることを繰り返し確認しております。

沈兼士がこの論文を書いた1930年代、甲骨・金文の研究も進展し、「各」字についても議論があったようです。それは古文字においては「いたる」意を表し、「格」の本字である、という考え方が多かったようです。そのためか、上に引いた本文に対して、沈氏は次のような注をつけています。

各は、甲骨文字や金文では「来格」(いたりきたる)の格の字のもとの形であるが、その字は、足がくつから出た形をかたどっており、「出」字がくつに足を入れようとする形をかたどるのと、ちょうど反対である(呉大澂の説)。おそらく、古代では地面に席をしいて座したので、家に入るときはくつをぬぎ、外出するときはくつを履いたのであり、『礼記』曲礼に「戸外にくつが二足あるとき」というのは、それにあたる。

「口」は口舌の口ではなく、ちょうど「履」「般」が「舟」に従うものの舟や車という意味の舟ではないのと同じである。

そうではあるが、「各」の音素に「分かれる」義が含まれているのも、また事実であり、そもそも本字であるか、仮借字であるかにこだわる必要はない。

なぜ「くつを履く形」を示している「各」が、「分かれる」意を持つのか。これについて、沈氏の見方は明確ではありません。その原義よりもむしろ、「各」を声とする諸字を帰納して、それらが「分かれる」意を共有することの意義を重んじた結果、といえましょうか。

沈兼士の説が正しいとは限りませんし、先日、紹介した藤堂明保氏が指摘している「声母(語頭の子音)の区別」を沈氏は行っていません。しかし右文説の立場から、このような意見が提出されていることは、いまなお軽くない意味を持つのではないでしょうか。

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「沈兼士のとらえた右文の「各」」への2件のフィードバック

  1. 古勝 隆一先生
                            2012年7月26日
    前略。
    ◎「各」字に「分かれる」義がある。

    「各」字の段注に「致之止之、義相反而相成也」といっているので、「相反而相成」の用例を調べてみました。

    *『説文解字注』第3篇下・「革」部「鞏」字
    「王弼曰、鞏、固也。按此與卦名之革相反而相成」。
    *『説文解字注』第7篇下・「宀」部「𡫬」字
    「則就竆義而變之。所謂相反而相成也」。
    *『説文解字注』第11篇上2・「水」部「濫」字
    「【一曰淸也】。此又別一義。與濫葢相反而相成也者」。

    「相反而相成」は、『漢書』芸文志・諸子略小序の「其言雖殊、辟猶水火、相滅亦相生也。仁之與義、敬之與和、相反而皆相成也」に基づくようです。
    ところで、第11篇上2・「水」部「濫」字「一曰淸也」に就いて、段氏は「此又別一義。與濫葢相反而相成也者」という一方、第14篇下・「乙」部「亂」字に就いては、「不治也。从乙𤔔。乙、治之也。各本作『治也。从乙。乙治之也。从𤔔』。文理不可通。今更正。亂本訓不治。不治則欲其治。故其字从乙。乙以治之」といささか強引な校定をしています。だいぶ王念孫とは違うという印象を受けました。

    藤田 吉秋

  2. 藤田さま

    コメントくださいまして、まことにありがとうございます。「義相反而相成也」は、訓詁の上でたいへんに興味深い問題です。「ある字に、反対の意味があるが、その両方の意味をあわせて、その字全体の理解が成り立つ」ということと理解しています。

    「各」については、「送りいたす(致)」義と「とどまる(止)」義、両者、異なる義をまとめると「各」の意味が成り立つ、ということであると思いますが、詳しくはあらためて申し上げます。

    訓詁では、「反訓」と呼ばれる現象があります。ひとつの字が、正反対の義を持つ現象です。代表的な例は、ご指摘の「亂」字です。また沈兼士が挙げている例として、「亢」字があり、これには「高くあがる(高い)」意味と「低く下がる(低い)」意味があります(pp.832-833)。これらの字の場合、その字が、まさに「正反対」の義を持ちます。

    ただ、段氏が「相反而相成」としている、「各」「𡫬」「濫」などは、必ずしも正反対というわけではなく、「意味の方向が相当に異なるが、異なる方向をあわせて理解が成り立つ」もののようです。この点、反訓というものの定義をあらためて考えさせられました。

    「亂」字の校訂につきましては、おっしゃるように少し強引かも知れませんが、そのままではやはりおかしいように思いますし、これも十分に成り立つ解釈ではないのでしょうか。もっとも、私は段玉裁の強引な本文変更に慣れすぎてしまって、感覚がおかしくなっているのかもしれません。

    明日から、しばらく一週間ほど、インターネットを使わずにすごそうと思います。その後、「各」字の説解、および段注につきまして、あらためて考えを書かせていただきますので、少々お待ちください。

    では、失礼いたします。

    学退上

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