「各」の下部は何なのか


甲骨文編より
甲骨文編より

『説文解字詁林』(醫學書局,1928年)という大きな書物があります。丁福保という人が、1920年代に整理、出版したものです。膨大な量に及ぶ『説文解字』の版本や、諸家の注釈を、文字単位に配列しなおして、調べやすくしたもので、今なお重宝します。

しかし、文字を知ろうとするならば、『説文解字』だけでこと足りるわけではありません。同じ趣向の書物として、『爾雅詁林』『広雅詁林』なども出版されています。

今回、甲骨・金文についての学説を手軽に見ようと思い、『古文字詁林』(古文字詁林編纂委員會,全12册,上海教育出版社,1999年)というものを広げて、「各」字を調べてみました。

まず、『甲骨文編』、『続甲骨文編』、『金文編』、『包山楚簡文字編』、『睡虎地秦簡文字編』、『長沙子弾庫帛書文字編』、『古璽文編』、『漢印文字編』、『石刻篆文編』、『古文四声韻』の諸書に基づき、古文字の字形が集められています。続けて、『説文解字』の説解を挙げ、さらに呉式芬以下の諸家の説が引用されています。

ここでは、羅振玉(1866‐1940)と楊樹達(1885-1956)、二人の説を紹介いたします。

『殷虚書契考釈』において、羅振玉は、次のようにいいます。

『説文解字』に「各は、言葉を異にすること。口と夂とに従う。夂とは、歩いているのに歩みを止めることであり、人の意見を聴かないことである」と。考えるに、各の字は夂に従うが、これは足の形が外からやってくるのをかたどったもの。口に従うのは、みずから名乗るためである。「各」字が、「来𢓜(やってくる)」いう意味を示すもとの字(「本字」)である。

羅氏は、甲骨文の形を根拠として、「各」字の上半分は、足の形(おそらく、かかとからつま先を上から見た形)が外からやってくる様子とし、下半分は、口頭でみずから客が名乗るもの、と解釈しました。

一方、楊樹達には、その名も「釈各」、各を解釈する、という一文があり、『積微居小学述林』巻2に収められています。楊氏は、羅氏の説を引いたうえで、次のようにいいます。

わたくしが考えるに、羅氏の説で、「各」がやってくることの本字である、とするのは正しい。しかし、「足の形が外からやってくるのをかたどったもの」といい、「口に従うのは、みずから名乗るため」というのは、いずれも誤り。甲骨文では下の部分をUのように書くことがあり、口に従うわけでないと分かる。わたくしが思うに、口型やU型はみな「区域」をかたどった形であり、足でそこにやってくるから、それゆえ「来る」「至る」という意味になる。・・・。(表記の都合上、一部を意訳しました)

こうしてみると、「各」字の下方の四角については、諸家の間で見解がばらばらであることが分かります。これまで、当ブログですでにご紹介したものをまとめておきましょう。

  • 許慎:口の形。異なる意見を表す。
  • 藤堂明保:石のような物、またはある地点を示す記号。
  • 沈兼士:形は口であるが、口の意味ではない。
  • 羅振玉:口の形。客が口頭でみずから名乗ること。
  • 楊樹達:区域を示す記号。

『古文字詁林』を見ると、それ以外にも、実にさまざまな見解があります。たとえば、馬叙倫は「踏むという意味」といい、周名煇は「かかとの形」といい、労榦は「席をあらわす」といい、于省吾は「あなの形」といっており、説の一致を見ません。

立場としては大きく二つあり、第一は「とりあえず許慎の説を認めて、口として理解する」立場であり、第二は「それ以外の可能性を探る」立場でしょう。それはおのずと、「許慎との距離をどのようにとるか」という問題と一体であるに違いありません。

私は文字学者ではありませんので、古文字の形について、自分の見解は持っておりません。文字についてはあまり触れぬほうがよさそうです。そうではなく、いずれ訓詁の立場をさらに深めてゆきたいものです。

【追記】

古文字を語って、古文字の大家、白川静氏(1910-2006)の学説に触れぬのは公平を欠くのではないか、と、そのように思われる方が、我が読者の中にもいらっしゃるかも知れません。

白川氏の説に本文で触れなかったのは、単に『古文字詁林』に引かれていなかったためですが、誤解があるといけませんので、立命館大学白川静記念東洋文字文化研究所の「「サイ」の発見」を以下に引用し、責めをふせぐことといたします。

http://www.ritsumei.ac.jp/acd/re/k-rsc/sio/eprof.html

サイ 「サイ」の発見

 「口」を持った漢字の多くは、「くち」と解釈したのでは意味が通らず、神事に関すると考えて始めてその漢字の持つ意味が浮かび上がる。「口」の原形は「サイ」。白川は神に対して載書(祝詞)をあげるときの供えの器を象徴したものと解く。「サイ」はト辞(亀甲・獣骨を焼いたそのひび割れで占った内容や吉凶を、それに刻んで記した文)では「載(おこなう)」の意味に用いるので、白川はこれを「サイ」と名づけた。

 例えば「告」は、『説文解字』では「牛は人を突くので、角に横木を取り付けて、それで人につげ知らせたもの」と解釈する。しかし白川は、その象形「  」を見て、「」は榊の枝葉、「口」はサイで、器に榊の枝葉を掲げて神への報告やおつげを待つときのスタイルを表すと解く。漢字の起源は民間の暮らしではなく、神事と政治に関わりがあった。漢字の形成を通して古代人の思想が浮き彫りになる。

【追記2】

明日から、一週間ほど、ネットを使用しない環境に身を置きます。その間、新しい記事を投稿いたしませんし、またコメントにお答えすることもできません。コメントなどにつきましては、復帰後に対応させていただきますので、どうぞご了承ください。

学退上

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