『積微居甲文説』


『説文解字』に興味を持っているにも関わらず、これまで甲骨文・金文などの古文字については、まとまった勉強をしてきませんでした。先週、ふと思い立って、甲骨文を学び初め、まず一通り、初級の内容は習得したようなので、一歩進んで、楊樹達(1885-1956)の『積微居甲文説』を読んでみました。

楊樹達『積微居甲文説・耐林廎甲文説・卜辭瑣記・卜辭求義』
上海古籍出版社,1986年,「楊樹達文集」5

『積微居甲文説』の構成は、こうなっています。

卷上 說字之文(凡33篇)

  • 第1類 識字之屬(凡11篇)
  • 第2類 說義之屬(凡13篇)
  • 第3類 通讀之屬(凡6篇)
  • 第4類 說形之屬(凡3篇)

卷下 考史之文(凡20篇)

  • 第1類 人名之屬(凡7篇)
  • 第2類 國名之屬(凡5篇)
  • 第3類 水名之屬(凡2篇)
  • 第4類 祭祀之屬(凡2篇)
  • 第5類 雜考之屬(凡4篇)

あわせて53篇、1953年の自序がつけられており、1940年代以後、随時、書きためられたもののようです。上巻「說字之文」は文字自体に即した考証で、下巻「考史之文」は史実に即した考証となっています。

20世紀の初頭、殷の甲骨文の存在が知られるようになって以来、幾多の学者が研究を重ね、1940年代には、すでに相当の学説が蓄積されていたようです。楊氏のこの研究も、序文に明記されているとおり、王国維(1877-1927)、郭沫若(1892-1978)らの学説を踏まえ、独自の見解を提示したものです。

上巻「說字之文」は、いかにも小学家の面目躍如という印象で、『説文解字』に対する習熟はさすがと思いました。下巻「考史之文」では、後世の文献と比較して史実の考証が行われていますが、さらに第5類、雜考之屬「甲骨文中之四方風名與神名」では甲骨文に見える四方の風とそれを司る神の儀礼が明かされており、また「甲文中之先置賓辭」では目的語の倒置という文法現象が説明されるなど、豊富な内容を備えています。

私はかねがね、楊樹達の考証を尊敬してきましたが、如何せん古文字を知らないので、彼の著作の大部分を鑑賞できずにおりました。この機会に本書を読むことができ、大いに満足しております。今日の研究水準からすると、すでに古くなっている部分も多いかと思いますが、しかしそれでも私はここを足がかりに漢語を見てゆきたいと思っております。

思い出話を一つ。今世紀初頭のことでしたが、京都の清水寺にて、有名な白川静氏(1910-2006)のご講演をうかがったことがあります。その中で、白川氏は聴衆に向かい、「甲骨文は一週間もあれば、基礎が習得できるのですよ」とおっしゃいました。聴衆の多くは白川氏のファンらしく、そのことばを碩学一流のユーモアと受け止め、笑い声が起こりました。しかし私はその時、「これは、きっと本当のことだろうな。いつか一週間の時間を費やし、甲骨文を学んでみよう」と思ったのでした。今回、その機が到来したというわけです。もちろん、門外漢のにわか勉強にすぎませんが、読める字が増えたこともまた事実であり、そのきっかけを与えてくださった白川氏の学恩に感謝しております。

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「『積微居甲文説』」への4件のフィードバック

  1. 古勝 隆一先生
                            2012年11月12日
    前略。
    ◎「殷の甲骨文の存在が知られるようになって依頼」。「ここを足がかりに漢語を」。
    「以来」が「依頼」になっています。
    ちょうど昨晩のNHKスペシャル第2集「漢字誕生・王朝交代の秘密」では「羌」字を取り上げていました。殷はよほど羌に手を焼いていたのか、『漢語大字典』「羌」字は「按、羌爲殷之敵國、殷與羌人戰、常將俘虜的羌人捆綁回國、故甲骨文又作身加縲紲之形、金文因之」と説き、白川先生は「殷墓に残る数千に及ぶ断首葬は、羌人犠牲のあとであると考えられる(『字通』「羌」字)」と言われています。楊樹達氏に説はあるのでしょうか。甲骨文・金文の研究によって、『史記』がより正しく深く読めればよいと思います。藤田 吉秋

  2. 藤田様

    さっそくコメントお寄せくださいまして、ありがとうございます。NHKスペシャルのことは、うわさに聞きましたが、見ることができず、残念でした。楊樹達『積微居甲文説・耐林廎甲文説・卜辭瑣記・卜辭求義』を通読してみましたが、残念ながら、羌についての言及はありません。『尚書』牧誓に「庸、蜀、羌、髳、微、盧、彭、濮人」と列記された周の同盟国中、彭については、「釈方」という一文にて詳しく説明されています(p.63-66)。

    『史記』ももちろんですが、経書の理解にもある程度、役立ちそうです。

    誤字のご指摘、ありがとうございます。修正いたしました。

    学退上

  3. 海外の 英国で書道を趣味としている者です。甲骨文、金文も仕事をやめた時に読みたいと思っております。学生時代に漢文の授業をもっと真面目にやっておけばよかっと思いつつ、英国人妻が研究の為に買い揃えた「大辞典』を使って少なからず勉強。妻はケンブリッジ卒の鎌倉時代の研究者でした。休みを書道の練習に費やすのに大変ですが、今後少しでも漢文に触れて見たく 貴著者の学退筆談を宜しくお願いします。只今 草書千字文の練習中。

  4. 紺谷さま

    コメントくださいまして、まことにありがとうございます。書道をなさっているご縁で、拙ブログにお越しくださったとのこと、光栄でございます。ご愛顧のほど、よろしくお願いいたします。

    学退上

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