道蔵輯要本『玄真子』


道蔵輯要プロジェクト(道藏輯要研究計畫、Daozang Jiyao Project)は、『道藏輯要』所収の諸書の解題作成を目指す研究計画です。その求めに応じ、いくつかの書物の解題を書きましたので、一書ごとに分載いたします。解題集が出版された際には、あらためてご案内します。

玄真子 危7(KX12:5291-5292; BR5:265-269)

【書名】

唐の張志和の号である玄真子を、著者自らが書名としたものであろう。

【撰者】

唐の張志和の撰。張志和は、『新唐書』隠逸伝に立伝されており、それによると、字は子同、婺州金華の人。初め、名を亀齢といった。父の張游朝という人物で、『荘子』『列子』に詳しく、それらに関する著書があった。肅宗(在位756-762)の時代、張志和は、十六歳の時に科挙の明経科に及第し、翰林院待詔となり、左金吾衛録事参軍の官を与えられ、志和の名を肅宗から賜った。その後、ある事件にまきこまれて南浦の尉に左遷されたが、恩赦を受けた。しかし、その後は仕官せず、みずから煙波釣徒・玄真子と称し、『玄真子』を著した。それ以外に、『太易』十五篇の著があり、この書物は三百六十五の卦を備える占いの書物であったらしい。また陸羽や顔真卿とも交流があったと、『新唐書』は伝える。それ以外にも、山水画を善くしたという。当時、よく知られた隠者であったらしい。

『新唐書』以外に、顔真卿が「浪跡先生玄真子張志和碑」を書いており(『顔魯公文集』巻九)、その内容は『新唐書』と基本的に一致するが、異なる部分もある。また、『歴代名画記』巻十、『唐才子伝』巻三にも張志和の伝を載せている。

【テクスト】

本書は、早くも『新唐書』芸文志に著録されているが、ただしその記載に混乱がある。すなわち、丙部子録道家類に「(張志和)『玄真子』十二巻。韋詣、内解を作る」と見えるにも関わらず、同類の神仙家の分類に「張志和『玄真子』二巻」と重出しており、しかも巻数に齟齬がある。顔真卿「浪跡先生玄真子張志和碑」にも同書を十二巻としているので、十二巻本があったことは事実であろう。

陳振孫(1183?-1262?)の『直斎書録解題』は、本書を録して、「『玄真子』外篇、三巻。唐の隠士、金華の張志和撰」といい、「『新唐書』には十二巻とするが、現行本は三巻しかないので、一部だけなのだろう。外篇というからには、内篇もあったに違いない」という。南宋の頃には、三巻本が伝わっており、しかも「外篇」と書かれていたことが分かる。なお現存諸本のうち、道蔵本が「外篇」と明記するものの、そのように明記しない本が多い。

本書は四庫全書にも収録されており、その本は、道蔵輯要本と同じ構成を持っている。『四庫提要』には、「伝わっているのは三篇だけで、第一は碧虚、第二は鸑鷟、第三は濤之霊で、あわせて一巻となっている。陳振孫のいうのとも異なるが、ことによると、南宋時代の本は一篇を一巻としていたのかもしれない」という。陳振孫はただ三巻というのみで、その篇目をいわないので、現行本と南宋時代の本とがどのような関係にあるのかは、確言できない。

刊本としては、道藏本、道蔵輯要本以外に、明代の周子義が刊行した諸子書の叢書、『子彙』にも収められており、その内容は、現行本と同じである。また、清末の光緒元年(1875)に崇文書局から刊行された『百子全書』(『子書百家』ともいう)にも収められている。

【構成】

「碧虚」「鸑鷟」「濤之霊」の三篇からなる。実録らしく思われる文章はごく少なく、複数の寓話から成り立っている。それぞれの篇の篇名は、篇の書き出しの二文字か三文字をとったものであり、古雅な命名法である。

「碧虚」篇は、短い序に続いて、黄郊(地)の神である祇卑、紫微(天)の神である神尊、碧虚の神である霊荒の三者の問答から始まり、さらに碧虚と紅霞の問答がそれに続き、その紅霞が造化という神を探す旅に出る様子を描く。

「鸑鷟」篇は、一連なりの寓話ではなく、五つの寓話を並べたものである。第一に、鸑鷟、狻麑、中華子の問答。第二に、太廖、無辺の問答。第三に九大に関する寓話。第四に鵜という怪鳥を射落とす寓話。以上の数話が収められている。

「濤之霊」篇も、いくつかの寓話からなる。第一に、濤の霊である江胥、漢の神である河姑、それに至元という神による問答。第二に、呉生という画家と玄真子の対話であり、これは実録らしく思われる。第三に、蓮の葉にたまった水の譬喩。第四に、日月や死生に関する議論。第五に、有無に関する議論。第六に、影と光の問答。第七に、黙と寂の問答である。

【内容】

全体として、一貫した構成をもっているわけでなく、複数の寓話や議論を集めたものである。大部分、複数の神に仮託した寓話の形式を取っているため、『荘子』『列子』に似ると評せられ、「その主旨は道家の虚無玄妙の説に帰着する」といわれる(『道蔵提要』)。

本書のうち、「碧虚」篇の内容はかなりまとまったものである。「構成」の項に記したとおり、碧虚の神と紅霞の神との問答が含まれているが、紅霞が碧虚に向かって、「それ造化の端、自然の元、その体は若何(夫造化之端、自然之元、其体若何)」と問いかけ、碧虚が「空洞の歌」を歌って、「自ること無くして然り、自然の元なり。造る無くして化す、造化の端なり(無自而然、自然之元。無造而化、造化之端)」とそれに答えている。それを受けて、紅霞は造化に会うための旅に出かけるが、東西南北をめぐっても、なかなか造化に出会うことが出来ない。行く先を見失っていたところ、神と易という名の二人の子どもに遭遇し、造化と会うための手がかりを得て、造化に謁見する。造化に会って大いに満足した紅霞は「至道の無有を知る(知至道之無有也)」という境地に至ったという。その造化は神として描かれているものの、張志和にとっては、中心となる概念であったように思われる。

「濤之霊」篇の第二の章は、呉生なる画家と玄真子の会話であり、ここにのみ、作者の張志和が表立って登場している。呉生は、「鬼」の絵の名人として紹介され、「あなたが造化の質問をしたのに感じ入り、私も造化の答えをせざるをえない」と玄真子に答えている。ここでも、『荘子』に由来する造化という概念が重んじられ、さらにそれが絵画の実践をささえるものとして表明されている。

それぞれの寓話や問答の背景は、十分に理解しがたいが、唐代における老荘思想の展開を示す一書として、資料的な価値の高いものと考えられる。

【参考文献】

  • 何建明「『玄真子』造化観探析」(『中国道教』1994年第2期)。
  • 陳耀東『張志和研究』(新華出版社、2007年)。
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