道蔵輯要本『天隠子』


道蔵輯要プロジェクト(道藏輯要研究計畫、Daozang Jiyao Project)は、『道藏輯要』所収の諸書の解題作成を目指す研究計画です。その求めに応じ、いくつかの書物の解題を書きましたので、一書ごとに分載いたします。解題集が出版された際には、あらためてご案内します。

天隠子 危7(KX12:5291-5292; BR5:265-269)

【書名】

本書に附されている司馬承禎の序によると、彼が入手した本にすでにこのように題されていたものらしい。なお、書中にも天隠子の言葉が見える。

【撰者】

本書の撰者は未詳である。唐の司馬承禎(647-735)の序文が附されていることから、それ以前の成書であることが分かる。伝本の中には、司馬承禎の撰とするものが多いが、疑わしい。晁公武(1105-1180)の『郡斎読書志』に、「天隠子は子微(司馬承禎)である」とする王古の説が見え、陳振孫(1183?-1262?)も『直斎書録解題』にて、「この論は司馬承禎の著作である「坐忘論」と表裏する関係にあるので、天隠というのは仮託ではないか」と疑っている。しかし、これらはいずれも憶測の域を出るものではなく、司馬承禎「天隠子序」に「天隠子は、吾、その何許の人なるかを知らず」といっている以上、作者未詳とせざるをえない。道蔵輯要本には撰者を書かない。

なお、本書に注釈が含まれている部分がわずかながらあり、これを司馬承禎が書いた可能性はあろう。

【テクスト】

『新唐書』芸文志には本書の名が見えないものの、宋の晁公武『郡斎読書志』、陳振孫『直斎書録解題』とも、「『天隠子』一巻」として著録する。

道蔵・道蔵輯要本以外に、明代の『説郛』に収める本文があり、また明代の周子義が刊行した諸子書の叢書である『子彙』や、清末の光緒元年(1875)に崇文書局から刊行された『百子全書』(『子書百家』ともいう)にも収められている。また日本では江戸時代、明和六年(1769)、木村兼葭堂が校した和刻本が大坂で浅野弥兵衛刊本として出された。諸本の本文に、大きな差異は存在しない。

司馬承禎「天隠子序」に「著書は八篇」と明記されているので、現行本は完本と考えられる。

【構成】

巻頭には、司馬承禎「天隠子序」が冠せられている。

一巻、八章からなる。その第一は神仙、第二は易簡、第三は漸門、第四は斎戒、第五は安処、第六は存想、第七は坐忘、第八は神解である。それぞれの章はたいへんに短いが、全体の議論はよく整えられており、論旨は明瞭である。

四庫全書では、「わずか二三紙の分量しかなく、一巻とするには足りない」という理由から、成書の時代が近いらしい『玄真子』の附録としている。

【内容】

本書の内容を、章ごとに見てゆきたい。

  • 第一の神仙篇では、人は「虚気」を受けて生まれ、修行を怠らなければ、身体が「神宅」となる、と説く。「我が虚気を修め、世俗の淪折する所と為る勿れ。我が自然を遂げ、邪見の凝滞する所と為る勿れ」と説く。
  • 第二の易簡篇では、『易』繋辞伝上に「乾は易を以て知り、坤は簡を以て能くす」と見える、「易簡」なる概念を説く。天隠子のことばとして、「易簡とは、神仙の徳なり」といい、神仙の道を学ぶには、まず方法が自然で易しいことを知るべきであり、奇妙な方法を好めば迷妄に陥る、と説く。
  • 第三の漸門篇では、『易』に漸卦があり、『老子』に「衆妙の門」を説く通り、修行において、頓悟を果たすことは不可能であり、一歩一歩進む以外にないことをいう。そのために「漸門」なる修行の階梯が設けられており、それが「斎戒」「安処」「存想」「坐忘」「神解」の五つの方法である、という。斎戒とは、身を清め心を虚しくすること。安処とは、静室にこもること。存想とは、心をまとめて本来の性質に立ち戻ること。坐忘とは、身体や自我を忘れ去ること。神解とは、すべての存在が神に通じること、という。これらの関門を一つ一つくぐり抜けることにより、神仙となることができると説く。
  • 第四の斎戒篇では、斎戒といってもただ菜食したり身を清めたりするだけでなく、食事を節制して体の中を調え、按摩によって体の外をのびやかにすることだ、と説く。そのための具体的な方法も説かれている。
  • 第五の安処篇では、修行者が過ごす部屋のしつらえ、窓の設け方などを説く。
  • 第六の存想篇では、自己の精神を保持し、自己の身体を想うことを説く。それは、自分の目と心とを見つめることだという。ここまで来れば、「道を学ぶの功は半ばなり」という。
  • 第七の坐忘篇では、坐忘とは、前述の存想によって得、また存想によって忘れることだ、という。「道を行いてその行いを見ず、坐の義にあらずや。見ること有りてその見を行わず、忘の義にあらずや」といい、いながらにして認識の働きを停止することで、坐忘を実践するという。
  • 第八の神解篇では、斎戒から坐忘までの四つの段階の修行を終えることで、神解が完成するという。すなわち、斎戒によって信解が、安処によって閑解が、存想によって慧解が、坐忘によって定解が得られ、その四つの門が神に通じることが、神解なのだ、と説く。生死・動静・邪真などの対立も、この神解によって解消することができ、以上、五つの「漸門」により、神仙の道へと至るのだ、と総括する。

なお内容的に言って、本書の司馬承禎『坐忘論』との間に関係があるか否か、議論が重ねられている。早くも宋代、曽慥『道枢』巻二、坐忘篇中に、まず『天隠子』を引用し、さらにそれに対する司馬承禎の「吾はすなわち是と異なり」という論評を載せている。これが確かな資料であるとすると、司馬承禎も、『天隠子』と自身の坐忘に関する見方の差異を認識していた、ということになろう。

【参考文献】

  • 彭運生「論『天隠子』与司馬承禎『坐忘論』的関係」(『中国哲学研究』1998年第4期)
  • 坂出祥伸「『漢武帝内伝』『天隠子』両和刻本について : 大神貫道と木村蒹葭堂」(『汲古』 61、 2012年)。
  • Livia Kohn, “The Teaching of T’ien-yin-tzu”, Journal of Chinese Religions, 15 (1987). (『天隠子』全文の英訳を含む)
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“道蔵輯要本『天隠子』” への 2 件のフィードバック

  1. 検索していると、気づけばこちらにおじゃますることが多く、いつもお世話になっております。司馬承禎の可能性はあるのですね。この書は非常に注目しています。解題集のご出版を心待ちにしております。

  2. kareziaさま、御覧くださいまして、まことにありがとうございます。

    まさか、『天隠子』についてお調べの方がいらっしゃるとは思いもよりませんでしたが、何かのお役に立てるとすれば、たいへんに光栄に存じます。

    解題集は、英語版・中国語版も出版予定と聞いております。出版された時には、またブログの記事で紹介いたします。

    学退復

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