髪を洗うべき日について


後漢の王充(27-?)の書いた『論衡』に、洗髪に関する興味深い議論があります。

古代の中国には、日並(ひなみ)を選ぶ習慣があり、この日に何をすべしとか、あるいは反対に、何をすべからず、というような民間の決まりがありました。後漢の時代の人々も、行動を起こす際、そういう日の吉凶を重んじていたようです。

『論衡』譏日篇では、そのような習慣が迷信であるにすぎず、無意味であると論じています。洗髪について、王充は次のように言います。

『沐書』にいう、「子(ね)の日に洗髪すると人に好かれ、卯(う)の日に洗髪すると頭髪が白髪になる」と。

人の好き嫌いというのは、相手の容姿の良し悪しに重きを置き、頭髪の白い黒いは、年齢によるものだ。もし伝説の不美人、嫫母が子の日に髪を洗えば、人に愛されるというのか?もし十五歳の女子が卯の日に洗髪したら、髪が白髪になるというのか?

洗髪というのは、頭部についた垢を落とすことだ。足を洗って足の垢を落とし、手を洗って手の垢を落とし、入浴して身の垢を落とす。どれも体についた垢を落とすわけで、実質、同じことだ。足を洗ったり、手を洗ったり、入浴したりするのに、日を選ぶ習慣はない。それなのに洗髪にだけ日並があるのだ!

体のうちで頭部がもっとも尊いからというわけか?それなら入浴時には顔も洗う。顔だって頭部の一部だろう。

もし髪が尊いというのなら、髪を(洗髪前に)くしけずるのにも日を選ぶべきだろう。くしけずるには木でできた櫛を使い、洗髪には水を使うのだから。水も木も、同様に五行の一つだ。木を使うのを忌まないくせに、水にばかり日を選んでいるわけだ。

水が木よりも尊いというのか?それならば、水を使うのには全部、日を選ぶべきだろう。しかも水が火よりも尊いわけがないので、どうしても尊卑をつけるというのなら、火を使うのに日を選ぶべきだろう。

それに「子の日に洗髪すると人に好かれ、卯の日に洗髪すると頭髪が白髪になる」なんて、そんなわけがあろうか?子(ね)の性質は水で、卯(う)の性質は木だ。水は可愛くないし、木の色は白くない。動物で言えば、子はネズミ、卯はウサギだが、ネズミは別に可愛くないし、ウサギの毛は白くない。子の日に髪を洗えば人に好かれるなんてことがあるのか?卯の日に髪を洗うと白くなるなんてことがあるだろうか?

こういうわけだから、洗髪の日に吉凶はないし、洗髪のために日並を作るなどという説を受け入れるわけにはゆかないのだ。

王充、面白いことをいう人です。ただ、一緒にいたら、あまりの理屈っぽさにうんざりするかもしれません。

【原文】『論衡』譏日第七十(『論衡校釋』p.994)

『沐書』曰:「子日沐,令人愛之;卯日沐,令人白頭」。

夫人之所愛憎,在容貌之好醜;頭髮白黑,在年歲之稚老。使醜如嫫母,以子日沐,能得愛乎?使十五女子,以卯日沐,能白髮乎?且沐者,去首垢也。洗去足垢,盥去手垢,浴去身垢,皆去一形之垢,其實等也。洗、盥、浴不擇日,而沐獨有日。如以首為最尊,尊則浴亦治面,面亦首也。如以髮為最尊,則櫛亦宜擇日。櫛用木,沐用水,水與木俱五行也。用木不避忌,用水獨擇日。如以水尊於木,則諸用水者宜皆擇日。且水不若火尊,如必以尊卑,則用火者宜皆擇日。

且使子沐,人愛之;卯沐,其首白者,誰也?夫子之性,水也;卯,木也。水不可愛,木色不白。子之禽鼠,卯之獸兔也。鼠不可愛,兔毛不白。以子日沐,誰使可愛?卯日沐,誰使凝白者?夫如是,沐之日無吉凶,為沐立日歷者,不可用也。

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