『論語疏』の性格(1)


十三経注疏の一つに『論語疏』があります。書物の巻頭には「翰林侍講學士朝請大夫守國子祭酒上柱國賜紫金魚袋臣邢昺等奉勅校定」と題されており、北宋の邢昺(932-1010)が勅を奉じて「校定」したことが知られます。

この『論語疏』には、内容上、『五経正義』と共通する解釈が多く見られます。その一例を紹介しましょう。

魯の朝廷に出仕していた子貢が、月々の朔日に供える羊を省略しようとしたところ、孔子がそれに反対したという有名な話が『論語』八佾篇にあります。「告朔の餼羊」というエピソードです。

子貢が、告朔の礼に用いる供物の羊を廃止しようとした。先生はおっしゃった、「賜(子貢の名)よ、お前は羊をおしむのだな。私は礼の方をおしむよ」と。
子貢欲去告朔之餼羊。子曰:「賜也,爾愛其羊。我愛其禮」。

何晏等が編輯した『論語集解』では、「子貢欲去告朔之餼羊」の部分、鄭玄の注を引いて解釈しています。

生け贄のうち、生きているものを「餼」という。礼では、君主は毎月の朔日に廟において告朔(朔日の報告)を行い、祭りを行い、それを朝享という。魯では文公(在位、前626-609)の時以来、朔日の礼を行わなかった。子貢は告朔の礼が廃止されたのを見たので、供物の羊をやめようと考えたのである。
牲生曰餼。禮,人君每月告朔於廟,有祭,謂之朝享。魯自文公始,不視朔。子貢見其禮廢,故欲去其羊。

邢昺校定の『論語疏』は、注の「牲生曰餼」を次のように疏釈しています。

僖三十三年『左傳』曰:「餼牽竭矣」,餼與牽相對,是牲可牽行,則餼是已殺。殺又非熟,故解者以為「腥曰餼」,謂生肉未煮者也。其實餼亦是生。哀二十四年『左傳』云:「晉師乃還,餼臧石牛」,是以生牛賜之也。及「聘禮」注云:「牲生曰餼」。不與牽相對,故為生也。

大意を説明すると、鄭玄は八佾篇の注では「生きている生け贄を「餼」という」といっているが、それ以外に、加熱していない生け贄の肉を「餼」という説もある。つまり犠牲は殺されて肉になっている。だが『春秋左氏伝』哀公二十四年の記事や『儀礼』聘礼篇の鄭注などを見ると、肉になったものばかりでなく、生きている犠牲もやはり「餼」というのだ、ということです。

この部分、実は『論語疏』独自の説ではありません。そっくり同じ段落が『毛詩正義』に見えるのです。異なる部分だけ、青色で強調しました。

僖三十三年『左傳』曰:「餼牽竭矣」,餼與牽相對,是牲可牽行,則餼是已殺。殺又非熟,故「腥曰餼」,謂生肉未煮者也。既有饔、餼,遂因解牽,使肉之別名,皆盡於此。此與牽、饔相對,故餼為腥。其實餼亦生。哀二十四年『左傳』云:「晉師乃還,餼臧石牛」,是以生牛賜之也。『論語』及「聘礼」注云「牲生曰餼」,不與牽、相對,故為生也。
(『毛詩正義』巻十五、小雅「瓠葉」序「雖有牲牢饔餼」箋「牛羊豕為牲,繫養者曰牢。熟曰饔,腥曰餼,生曰牽」疏)

明らかに『毛詩』小雅「瓠葉」の鄭箋を説明するために必要なことが述べられています。『毛詩正義』の「故知腥曰餼」を、『論語疏』は「故解者以為腥曰餼」と言いかえていますが、これでは「腥曰餼」と言ったのが誰なのかさえ分かりません。

『五経正義』の内容をつまんで『論語』の解釈として仕立て直したものが『論語疏』である、というのがその実態であると思っております。もちろん『疏』独自の解説もあるのですが、あまりうまい説明ではないように思います。

「『論語疏』は、『五経正義』の内容とよく一致し、『五経正義』の内容は多く隋の劉炫に基づく。ゆえに『論語疏』は劉炫の『論語述議』を直接に参照した可能性がある」という先行研究を読んだことがあります。しかし私には信じられません。『毛詩』を説くのと『論語』を説くのとで、劉炫がまったく同じ解釈を付けたとは、とても思えないからです。『毛詩正義』の内容を『論語疏』が襲用したと考えるのが妥当です。

劉炫『論語述議』(佚書)にこの内容は存在しなかったのではないでしょうか。

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「『論語疏』の性格(1)」への4件のフィードバック

  1. 古勝 隆一先生
                            2012年12月30日
    ◎「魯では文公(在位、前302-280)の時以来」。
    魯の文公の在位は、「前626-609」では?
    ◎「『論語注疏』を論じた論文」。
    野間先生の論文はこれですか?
    「論語正義源流私攷〔含 付録〕」広島大学文学部紀要 51(特輯号1), p1-63,1〜35, 1991-12
    http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/metadb/up/kiyo/AN00163013/HiroshimaUnivStudLitDepSpec_51-1.pdf
    藤田吉秋

  2. 藤田さま

    まことにありがとうございました!文公の在位年代、常識的に考えればすぐに分かることなのに、間違えてしまいました。お恥ずかしいことです。

    また、野間氏の論文、ネット上にあるとは思いもよりませんでした。まさに私の求めていたものでした。これも私の不注意で、お手間を取らせて、申し訳ございません。

    いま、慌ててものを書いているところで、通常にもまして疎漏を生じてしまいました。不明を恥じるとともに、あらためましてご厚情に感謝申し上げます。

    学退上

  3. 古勝 隆一先生
                            2013年1月14日
    ◎「生きている生け贄を『餼』という」。
    『毛詩正義』に引かれた『聘礼』注「牲生曰餼」は、『儀礼』を見ると「凡賜人以牲、生曰餼。餼猶稟也、給也」となっています。『三礼辞典』P.1223には、「【餼】(一)贈人生牲曰餼」としてこの鄭注が引かれていました。「牲生」を一語とせず、「牲、生曰餼」と切っています。「生きている家畜を贈る」。
    『論語』皇疏は、「鄭注詩云、『牛羊豕爲牲。繫養者曰牢、熟曰饔、腥曰餼、生曰牽』。而鄭今云『牲、生曰餼』者、當腥與生是通名也。然必是腥也。何以知然者。猶生養則子貢何以愛乎。政是殺而腥送、故賜愛之也」となっていて、こちらの「餼」は、已殺(「殺されて肉になっている」)。
    『論語』郷党篇第10の「君賜腥、必熟而薦之。君賜生、必畜之」に就いて、淩廷堪(1757~1809)著『礼経釈例』には、「君賜腥、卽『禮』所謂腥也。君賜生、卽『禮』所謂餼也」と、こちらの「餼」は、未殺(「生きている」)。
    *『礼経釈例』巻5「飲食之例」下。
    http://archive.org/stream/02073804.cn#page/n66/mode/2up
    『論語』の「君賜生、必畜之」に就いて、皇疏は「生謂活物也。得所賜活物、當養畜之、待至祭祀時、充牲用也」、邢疏は「『君賜生、必畜之』者、謂君賜己牲之未殺者、必畜養之、以待祭祀之用也」と、君からの贈り物は未殺であってもいずれは祭祀の犠牲になるとしています。
    以下、『左伝』5例、『儀礼』2例、①~⑦すべて、注に拠れば未殺のようですが、釈文の「牲、腥曰餼」に拠れば、①③は已殺。しかし、『左伝』や『儀礼』の「餼」は、未殺か已殺かを問わず、「生け贄」(祭祀用)ではなく、「家畜」(割烹用)ではないでしょうか。
    ブログの本旨には沿わないコメントになってしまいました。お許し下さい。

    ①『左伝』桓公6年、伝「齊人饋之餼」。注「生曰餼」。釈文「牲、腥曰餼」。
    ②『左伝』桓公14年、伝「曹人致餼、禮也」。注「熟曰饔、生曰餼」。
    正義「『周禮』、『外內饔皆掌割亨之事。亨人給外內饔之爨亨煮』。饔者煮肉之名。知熟曰饔。哀二十四年傳稱、『晉人、餼臧石牛』。以生牛賜之。知生曰餼。又『聘禮』、『致饔餼五牢。飪一牢、腥二牢、餼二牢』。飪是熟肉、腥是生肉。知餼是未殺。鄭玄以爲『生牲曰餼』。唯『瓠葉』箋云、『腥曰餼、欲以牽爲牽行、故餼爲已殺』、非定解也。定解猶以生爲餼。傳諸言餼者、皆致生物於賓也」。
    ③『左伝』僖公33年、伝「餼牽竭矣」。注「生曰餼」。釈文「牲、腥曰餼。牲、生曰牽」。
    正義「『聘禮』、『歸飧、饔餼五牢。飪一牢、腥一牢、餼一牢』。以飪是熟肉、腥是生肉、知餼是未殺。故云『生曰餼』」。
    ④『左伝』哀公12年、伝「地主歸餼」。注「餼、生物」。
    正義「地主、所會之地主人也。當歸生物於賓、禮。『牲、生曰餼』」。
    ⑤『左伝』哀公24年、伝「餼牛臧石」。注「生曰餼」。
    ⑥『儀礼』聘礼、経「餼之以其禮」。注「凡賜人以牲、生曰餼。餼猶稟也、給也」。
    賈疏「云『凡賜人以牲、生曰餼』者、言『凡』者、總解諸文。案此下經云、『主國使卿歸饔餼五牢』、云『飪一牢、腥二牢、餼二牢、陳于門西』。鄭注云、『餼、生也。牛羊右手牽之。豕、東之』。是牲生曰餼、上介及士亦皆牲生爲餼。
    『論語』云、『告朔之餼羊』。鄭注亦云、『牲、生曰餼』。
    『春秋傳』云、『餼臧石牛』。服氏亦云、『牲生』。是凡『牲、生曰餼』。
    『春秋』僖三十三年、鄭皇武子云、『餼牽竭矣』。服氏以爲『腥曰餼』。以其對牽、故以餼爲腥。
    『詩序』云、『雖有牲牢饔餼』。鄭云、『腥曰餼』。以其對生是活、故以餼爲腥。又不爲牲生者、鄭、望文爲義。故注不同也。『餼猶稟也。給也』者、於賓爲稟。稟、受也」。
    ⑦『儀礼』聘礼、経「歸饔餼五牢」。注「牲、殺曰饔、生曰餼」。
    賈疏「云『殺曰饔、生曰餼』者、『周禮』有內饔・外饔、皆掌割亨之事。
    『詩』云、『有母之尸饔』。故知殺曰饔。生曰餼者、以其對饔是腥飪、故知餼是生。故下云『餼二牢』、皆活陳之也」。

    ◎「『十三経注疏の研究』(研文出版,2005年)に『論語注疏』を論じた論文が載っている」。
    当該論文は、『五経正義の研究』(研文出版,1998年)に「邢昺『論語正義』について」と題を改めて載っていました。藤田吉秋

  4. 藤田さま

    コメントお寄せくださいまして、まことにありがとうございます。

    「餼」について、ちょうどあれこれ調べていたところです。鄭玄がこの「餼」を文脈に応じて二通りに理解したのが、複雑さの始まりのようです。すなわち、『儀礼』聘礼の注においては「生曰餼」とし、『毛詩』小雅「瓠葉」の序につけた鄭箋では「腥曰餼」としています。

    『春秋』桓公,左氏伝十四年の正義では、前者を「定解」とし、後者を「非定解」としています。おおむね、他の注釈者も同様です。皇侃の八佾篇の義疏は、『儀礼』聘礼の鄭注を度外視した説明で、すこし変わっているようです。

    『毛詩正義』(およびそれを襲用した『論語正義』)、『礼記正義』、などは、『春秋左氏伝』僖公三十三年の記載を「腥曰餼」の例と考えていますが、これは杜預ではなく服虔の注に由来する考え方です(杜預は生きていると考えます)。北朝では、『左伝』の注として服虔が盛行したとのことなので、北朝の学者の議論と考えています。

    釈文に、「腥曰餼」が見えるのはご指摘の通りですが、単に『儀礼』鄭注を引いて当てておいただけのようにも見えます。

    「牲生曰餼」については、ご教示の通り、牲の後に読点を入れた方がよさそうです。ご指摘ありがとうございます。

    これらの学説を調べることで、『五経正義』の中に、さまざまな議論が混在していることがわかりますので、きれいに腑分けできれば、と考えまして、拙文を準備しているところです。ご教示、本当にありがとうございます。

    本年も、よろしくご指導ください。

    学退復

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