『論語疏』の性格(2)


昨日、『論語』八佾篇の「告朔の餼羊」について、邢昺『論語疏』の解釈の一部が、『毛詩正義』の流用であることを述べました。

そこに取り上げた「生け贄のうち、生きているものを餼という(牲生曰餼)」の後、鄭玄注はさらに「礼では、君主は毎月の朔日に廟において告朔を行い、祭りを行い、それを朝享という(禮,人君每月告朔於廟,有祭,謂之朝享)」と続きます。『論語疏』は、その鄭注を解釈しています。

昨日指摘した『論語疏』の一部は『毛詩正義』の襲用でしたが、以下に示す「禮,人君每月告朔於廟,有祭,謂之朝享」の解釈は、『春秋正義』からの襲用です。『春秋正義』巻十九上,文公六年「閏月,不告月,猶朝于廟」注「諸侯每月必告朔、聽政,因朝宗廟。文公以閏非常月,故闕不告朔,怠慢政事。雖朝于廟,則如勿朝,故曰猶。猶者,可止之辭」正義。

両者を比較すると、前者が後者をそのまま襲ったものであることがお分かりいただけると思います。意味の説明はしません。一致していることを確認していただきさえすれば、それで十分だと思います。なお、一致しない部分は青色で強調してあります。

【論語疏】『周禮』大史「頒告朔于邦國」,鄭玄云:「天子頒朔于諸侯,諸侯藏之祖廟。至朔,朝于廟,告而受行之」。云「子貢欲去告朔之餼羊」,是用生羊告於廟,謂之告朔。人君即以此日聽視此朔之政,謂之視朔。十六年:「公四不視朔」。僖五年傳曰:「公既視朔」,是也。視朔者,聽治此月之政,亦謂之聽朔。「玉藻」云:「天子聽朔于南門之外」,是也。其日,又以禮祭於宗廟,謂之朝廟。『周禮』謂之朝享。「司尊彝」云:「追享朝享」,是也。其歲首為之,則謂之朝正。襄二十九年「正月,公在楚」,傳曰:「釋不朝正於廟」,是也。告朔、視朔、聽朔、朝廟、享、朝正,二禮各有三名,同日而為之也。
【春秋正義】『周禮』大史:「頒告朔于邦國」,鄭玄云:「天子頒朔于諸侯,諸侯藏之祖廟。至朔,朝于廟,告而受行之」。『論語』云「子貢欲去告朔之餼羊」,是用特羊告于廟,謂之告朔。人君即以此日聽視此朔之政,謂之視朔。十六年,「公四不視朔」。僖五年傳曰:「公既視朔」,是也。視朔者,聽治此月之政,亦謂之聽朔。「玉藻」云:「天子聽朔於南門之外」,是也。其日,又以禮祭於宗廟,謂之朝廟。『周禮』謂之朝享。「司尊彝」云:「追享朝享」,是也。其歲首為之,則謂之朝正。襄二十九年「正月,公在楚」,傳曰:「釋不朝正于廟」,是也。告朔、視朔、聽朔;朝廟、朝享、朝正,二禮各有三名,同日而為之也。文公以閏非常月,故闕不告朔。告朔之禮大,朝廟之禮小,文公怠慢政事,既不告朔,雖朝于廟,則如勿朝。故書「猶朝于廟」,言「猶」以譏之。

【論語疏】必於月朔為此朔、聽朔之禮者,杜預春秋釋例』曰:「人君者,設官分職,以為民極,遠細事,以全委任之責;縱諸下,以盡知力之用,揔成敗以效能否,執八柄以明誅賞。故自非機事,皆委焉。誠信足以相感,事實盡而不擁,故受位居職者,思效忠善,日夜自進,而無所顧忌也。天下之細事無數,一日二日萬端,人君之明,有所不照;人君之力,有所不堪,則不得不借問近習,有時而用之。如此則六鄉六遂之長,雖躬履此事,躬造此官,當皆移聽於內官,心於左右。政之粃亂,必由此。聖人知其不可,故簡其節,敬其事,因月朔朝廟遷坐正位,會羣吏而聽大政,考其所行而決其煩疑,非徒議將然也,乃所以考已然,又惡其審聽之亂公也。故顯眾以斷之,是以上下交泰,官人以理,萬民以察,天下以治也」。
【春秋正義】必於月朔為此朔、聽朔之禮者,『釋例』曰:「人君者,設官分職,以為民極,遠細事,以全委任之責;縱諸下,以盡知力之用,揔成敗以效能否,執八柄以明誅賞。故自非機事,皆委焉。誠信足以相感事實盡而不擁,故受位居職者,思効忠善,日夜自進,而無所顧忌也。天下之細事無數,一日二日萬端,人君之明,有所不照;人君之力,有所不堪,則不得不借問近習,有時而用之。如此則六鄉六遂之長,雖躬履此事,躬造此官,當皆移聽於內官,心於左右。政之粃亂,必由此。聖人知其不可,故簡其節,敬其事,因月朔朝遷坐正位,會羣吏而聽大政,考其所行而決其煩疑,非徒議將然也,乃所以考已然,又惡其密聽之亂公也。故顯眾以斷之,是以上下交泰,官人以理,萬民以察,天下以治也。文公謂閏非常月,緣以闕禮。傳因所闕而明言典制,雖朝于廟,則如勿朝,故經稱「猶朝于廟也」。經稱「告月」,傳言「告朔」,明告月必以朔也」。

【論語疏】每月之朔,必朝於廟,因聽政事,事敬而禮成,以故告特羊。然則朝廟、朝正、告朔、視朔,皆同日之事,所從言異耳。是言聽朔、朝廟之義也。
【春秋正義】每月之朔,必朝于廟,因聽政事,事敬而禮成,故告以特羊。然則朝廟、朝正、告朔、視朔,皆同日之事,所從言異耳。是言聽朔、朝廟之義也。

【論語疏】「玉藻」說天子朝廟之禮云「聽朔於南門之外」,諸侯「皮弁聽朔於太廟」。鄭玄以為明堂在國之陽,南門之外,謂明堂也。諸侯告朔以特羊,則天子以特牛與。天子用特牛告其帝及其神,配以文王、武王。諸侯用特羊,告太祖而已。杜以明堂與祖廟為一,但明堂是祭天之處,天子告朔,雖杜之義,亦應告人帝。朝享即月祭,是也。「祭法」云:「王立七廟:祖廟曰考廟、王考廟、皇考廟、顯考廟。皆月祭之。二祧享嘗乃止。諸侯立五廟:曰考廟、王考廟、皇考廟。皆月祭之。顯考廟、祖考廟,享嘗乃止」。然則天子告朔於明堂,朝享於五廟;諸侯告朔於大廟,朝享自皇考以下三廟耳。皆先告朔,後朝廟。朝廟小於告朔,文公廢其大而行其小,故『春秋』文公六年經云「閏月不告朔,猶朝于廟」。『公羊傳』曰:「猶者,可止之辭也」。
【春秋正義】「玉藻」說天子之禮云「聽朔於南門之外」,諸侯「皮弁聽朔於大廟」。鄭玄以為明堂在國之陽,南門之外,謂明堂也。諸侯告朔以特羊,則天子以特牛與。天子用特牛告其帝及其神,配以文王、武王。諸侯用特羊,告大祖而已。杜以明堂與祖廟為一,但明堂是祭天之處,天子告朔,雖杜之義,亦應告人帝。朝享即月祭,是也。「祭法」云:「王立七廟:曰考廟、王考廟、皇考廟、顯考廟、祖考廟。皆月祭之。二祧享嘗乃止。諸侯立五廟:曰考廟、王考廟、皇考廟。皆月祭之。顯考廟、祖考廟,享嘗乃止」。然則天子告朔於明堂,朝享於五廟;諸侯告朔於大廟,朝享自皇考以下三廟耳。皆先告朔,後朝廟。朝廟小於告朔,文公廢其大而行其小,故云「猶朝于廟」。『公羊傳』曰:「猶者,可止之辭也」。

【論語疏】天子玄冕以視朔,皮弁以日視朝。諸侯皮弁以聽朔,朝服以日視朝。其閏月則聽朔於明堂闔門左扉,立於其中。聽政於路寢門終月,故於文王在門為閏。
【春秋正義】天子玄冕以視朔,皮弁以日視朝。諸侯皮弁以聽朔,朝服以日視朝。其閏有則聽朔於明堂闔門左扉,立於其中。聽政於路寢門終月,故於文王在門為閏。

この内容は、明らかに『春秋左氏伝』を解釈したものです。『論語疏』では文公についての言及を二箇所、省略していますが、そのせいで文脈が不自然になってしまっています。この文章が劉炫『論語述議』に存在したとは、とても考えられません。

かりに現代の感覚で律するならば、剽窃というべき程度まで、『論語疏』は『春秋正義』を襲っており、そのノリとハサミの跡さえうかがうことができるのです。

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