市橋氏献本『儀礼経伝通解』のゆくえ


市橋本『儀礼経伝通解』
市橋本『儀礼経伝通解』

田中慶太郎(1880-1951)の『羽陵餘蟫』(文求堂書店、1938年)に、朱子『儀礼経伝通解』を説明して、次のようにいいます。

東方文化学院東京研究所所蔵に宋刊七行本の完本がある。

これと同版の零本第十七中庸一冊が近時市上に出で某富豪の手に歸した。昌平學校の舊藏で市橋獻本の一である。

市橋長昭獻本三十種は圖書寮尊藏の外、内閣文庫・帝國圖書館に分藏せられてゐるが、この中庸だけは、幕末昌平學校舊藏時代に、民間へ逸出したものであるかと思はれる。珠聯璧合の時節もあらう。 (『羽陵餘蟫』甲部、「儀禮經傳通解」pp.42-43)

文中に見える、市橋氏とは、近江仁正寺藩の藩主、市橋長昭(1773-1814)。昌平坂学問所(昌平黌・昌平学校とも。現在の湯島聖堂)に、三十種の宋版元版を献上したそうです。

そして「某富豪」というのは、安田財閥の祖、安田善次郎(1838-1921)。多く漢籍善本を集めた人物でした。先年、その安田氏の曾孫にあたる安田弘氏が、蔵書11種を東京大学東洋文化研究所に寄贈されましたが、その中に、まさにこの『儀礼経伝通解』巻第十七が見えたのです。なお、文中の東方文化学院東京研究所の蔵書は、現在、東京大学東洋文化研究所に引き継がれております。

安田弘氏の寄贈本について、橋本秀美氏が「安田弘先生捐贈正平本『論語』等十一種」と題して、ウェブ上に記事を書いておられます。そこから、市橋長昭献本の『儀礼経伝通解』巻第十七について引用しておきます。

南宋刊本。東洋文化研究所は全巻揃いの宋本を所蔵しているが、行格はそれと全く一致するものの、同版ではない。江戸時代に市橋氏が孔廟に献上した宋元本三十種の一つで、昌平坂学問所の印がある、由緒あるもの。他の二十九種は、内閣文庫等に現存している。

市橋氏献本のうち、唯一の流出分、『儀礼経伝通解』が、ようやく広く世に知られるようになったわけです。

『儀礼経伝通解』の完本を以前から有してきた東洋文化研究所が、さらに同書の市橋献本、巻17を蔵するにいたったのは、まったく歴史の偶然でしょう。

そして同じく版式を一にする『儀礼経伝通解』の南宋版でありながら、同版ではないことが分かりました。こうして田中氏の時よりも、認識が一歩、進んだのです。彼の言った「珠聯璧合の時節」とは、実は、このことを予言したものであったのかも知れません。

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