段玉裁のひと工夫


嘉慶二十年(1815)に出版された段玉裁『説文解字注』は、漢字学の金字塔です。読めば読むほど面白い本なのですが、使い方によっては問題も生じます。

段玉裁は自分の考えに基づいて、『説文解字』の内容をいろいろと改めました。そのため、一般的な『説文解字』と違いが生じているのです。ですから、『説文解字注』の本文=『説文解字』の本文ではないので、『説文解字注』に依拠して『説文解字』を引用するのは危険です。『説文解字注』以外にも、四部叢刊所収の大徐本『説文解字』などを手元に置いて比較するとよいと思います。

さて『説文』第一上、上部の「上」字について、段玉裁が大改修を行っていることはよく知られています。すなわち、大徐本などでは、まずTを上下逆さにしたような字、「丄」を「古文」として掲出し、次に縦の画に歪みのある「上」字を「篆文」としているのですが、一方で段氏は、まず「二」に似た「𠄞」という字を「古文」として掲出し、次に「丄」字を「篆文」として掲げています。お手持ちの方は、段注本と大徐本とを比べてみてください。

2011年以来、信頼のおける電子版『説文解字注』を作りたいと考え、「点注会」というグループを組織して、月に二度ほど読書会をしています。その読書会の席でも、段玉裁の改変にはしばしば遭遇するのですが、昨日の点注会でも、面白い発見がありましたので、ご紹介します。

段注、臧字籀文
段注、臧字籀文

それは三篇下、「臧」という字の「籒文」として掲げてある字でした。その字について、段玉裁は、次のように注をつけています。

按:宋本及『集韵』、『類篇』皆從二。今本下從土,非。

段氏の掲げる籒文には、「臧」の「臣」の部分の下に二本の線が見えます。段玉裁がいうとおり、『集韵』や『類篇』には、「臣」の部分の下に二本の線がある楷書「𢨑」が確認できます。

しかし他の大徐本を見ると、「臣」の部分の下には、二本の線ではなく、縦の画に歪みのある「上」字があるのです(ここでは便宜上、藤花榭版の大徐本の写真を挙げましたが、他の大徐本もおおむね同様だろうと思います。)。これは一体どういうことでしょうか?

大徐藤花榭本、臧字籀文
大徐藤花榭本、臧字籀文

おそらく段玉裁は、『説文』「臧」字の籒文の「臣」の下にある、歪んだ「上」字を、いったん(数字の「二」ではなく「上」の古文の「𠄞」として理解し、その上で『集韵』や『類篇』を参考に、籒文の「𢨑」字を作ったのでしょう。

他の『説文』諸本とは一致しませんが、『集韵』や『類篇』に見える形に通じます。『集韵』や『類篇』に見える「𢨑」字を見つけた段玉裁は、さぞ嬉しかったことでしょう。縦画の歪んだ「上」字を、「臧」字の籒文についても『説文』から排除できたのですから。

はじめて段注のこの部分を読んだ時、「皆從二」は、数字の「二」にしか見えなかったのですが、読書会の席で、白須裕之先生のお話をうかがっていろいろと考えてみて、数字の「二」ではなく、上下の「上」の(段玉裁説における)古文「𠄞」なのだと納得できました。白須先生に深く感謝する次第です。

広告

「段玉裁のひと工夫」への8件のフィードバック

  1. whitestonegさま、お久しぶりです。

    小徐本を見ると、確かに臣の下に「土」がありますので、「上」の誤字ではないと思います。

    段玉裁が「今本」と呼んでいるものを今後、調べてみたいと思っております。その上で、「今本」と小徐本の関係を考えられたら、と思っております。

    古勝隆一

  2. 古勝 隆一先生
                            2013年4月22日
    ◎「段玉裁が『今本』と呼んでいるもの」。
    段玉裁は『汲古閣説文訂』(嘉慶2年・1797)に「縦画の歪んだ『上』字」に従う「𡒥」字を載せ、「『𡒥』。籒文。宋本・趙本、篆體皆如此」といっています。
    また、王筠『説文解字句読』(道光30年・1850)は「土」に従う字を掲出し、「汲古改本・説文韻譜・顧本・玉篇竝同。汲古初印從「上」。李燾本同。段氏曰、『宋本・集韻・類篇皆從「二」』」といっています。
    王氏のいう「汲古改本」とは、段氏『汲古閣説文訂』序に「五次に至って則ち校改特に多し」という「今、坊肆所行の第五次校改本」を指し、この「汲古閣・第五次校改本」を段注では「今本」と称したものと考えます。段氏は「今本下從『土』、非」と「今本」の要らぬ校改を非難したのでしょう。
    段氏の「排除」しようとしたのは、「土」字に従う字を載せた「今本」=「汲古閣・第五次校改本」ではないでしょうか。[縦画の歪んだ「上」字を、「臧」字の籒文についても『説文』から排除できた]から、『集韻』や『類篇』にある「𢨑」字を見つけて喜んだ、ということは無いと思います。
    藤田 吉秋

  3. 藤田様

    コメントありがとうございます。段氏がここで言う「今本」が汲古閣第五次本を指す、というのは、おそらくその通りと思います。

    ただし、「土」に従っているのは汲古閣第五次本ばかりではなく、四部叢刊に影印されている小徐本も、祁刻の小徐本も、同じく「土」に従っています。

    私が問題にしたのは、段氏が「臧」の籀文を「𠄞」に従う形にしたことであり、これはいかなる『説文』の伝本にも見えぬ形で、これが段氏の意見によること、疑いありません。段氏の根拠は、直接的には『集韻』や『類篇』であると思いますが、何かおかしいでしょうか?

    古勝隆一

  4. 古勝 隆一先生
                            2013年4月26日
    ◎「段氏の根拠は、直接的には『集韻』や『類篇』である」。
    お説の主旨はよく分かりました。
    ◎「『説文解字注』の本文=『説文解字』の本文ではない」。
    「殊」字と「𦅨」字との段注を読んでみました。

    *4篇下「殊」。【死也。从𣦵、朱聲】。【一曰𣃔也】。
    【漢令曰、蠻夷長有罪當殊之】。
    【段注】按殊之者、絶之也。所謂「別異蠻夷」。此擧漢令證𣃔義。而裴駰以來皆謂殊之爲誅死。夫蠻夷有罪、非能必執而殺之也。而顧箸爲令哉。
    *13篇上「𦅨」。【絆歬㒳足也。从糸、須聲】。
    【漢令、蠻夷卒有𦄼】。
    【段注】疑有奪字。「殊」下云、「蠻夷長有罪當殊之」。此應云「蠻夷卒有罪當𦄼之」。

    「蠻夷長有罪當殊之」を根拠とする「蠻夷卒有罪當𦄼之」という本文校定は納得が行きます。
    しかし、「『史記』蘇秦列伝」集解の「『風俗通義』稱、『漢令蠻夷戎狄有罪當殊。殊者、死也。與誅同指』。而此云『不死殊而走』者、蘇秦時雖不卽死、然是死創、故云『殊』」に無理は無いように思います。
    一方、「漢令」の「殊」字について、段氏は「別異蠻夷」(『史記』南越列伝)、すなわち国交断絶という解釈のようですが、「非能必執而殺之也」との論拠は「蠻夷卒有罪當𦄼之」に当て嵌まらず、段氏の解釈は無理かな、と思いました。
    「殊」字と「𦅨」字とに引かれた「漢令」の本文について、点注会にて商榷があればお聞かせ下さい。藤田吉秋

  5. 藤田様

    これも段玉裁の面白いこだわりですね。未考です。王利器『風俗通義校注』では、佚文として、「漢令:『蠻、夷、戎、狄,有罪當殊』。殊者、死也」までを採用していました(p.585)。段玉裁は、「殊者、死也」を裴駰の注ととった可能性があるかと思いました。

    また何か分かりましたら、意見を申し述べます。

    学退拝復

  6. 古勝 隆一先生
                            2013年4月26日
    ◎「王利器『風俗通義校注』」。
    王利器氏は間違わぬだろうと思いましたが、『匡謬正俗』巻8「殊死」に、「『漢令』云、『蠻夷有罪當殊之』。而應劭釋云、『殊之者、死也。義與誅同』。此説亦未盡」とあるので、「與誅同指」までを『風俗通義』の佚文と考えました。
    藤田吉秋

  7. 藤田様

    これは「動かぬ証拠」がありましたね。気が付きませんでした。段玉裁も王利器も間違えた、ということになりますね。私も、判断が付いていませんでした。

    学退拝復

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中