千慮の一失


「一曰相臣」
「一曰相臣」

昨日、土曜日の午前中に、同好の人が集まって段玉裁『説文解字注』の読書会を開き、その席で、白須裕之先生にたいへん面白いことを教えていただきました。

『説文解字』三下、攴部「徹」字は、段注本では次のようになっています。

通也。从彳、从攴、从育。一曰相臣。

末尾の「一曰相臣」に注をつけて、段玉裁は「疑有譌。鉉本無此四字」と言います。

そもそも段氏が『説文解字』を校訂した際、徐鉉が校訂した「大徐本」と呼ばれる本文を基礎とし、徐鍇『説文解字繫傳』(「小徐本」)などの本文を参照して、定本を作りました。大徐本や小徐本の詳細につきましては、頼惟勤『説文入門』(大修館書店、1983年)の第1章をご参照ください。

この部分につき、大徐本(鉉本)に「一曰相臣(一説によると、徹とは大臣のこと)」の句がない、というわけです。確かに様々な大徐本は、ただ「通也。从彳、从攴、从育」とのみ作っています。

この部分、段氏が小徐本によって補ったものと推測できるのですが、なんとなんと、確認してみると、小徐本では「一曰相」とするのみで、「臣」は下の文に続いているのです。

以上の指摘を白須先生からいただき、驚いた次第です。ケアレス・ミスに属する誤りであり、普通の学者ならばしばしば犯す失敗なのですが、綿密な考証を得意とする大学者、段玉裁には実に似つかわしくないものと感じられました。

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「千慮の一失」への5件のフィードバック

  1. 古勝 隆一先生
                           2015年2月24日
    ◎「小徐本では『一曰相』とするのみで、『臣』は下の文に続いている」。
    馮桂芬著『説文解字段注攷正』に「繫傳一曰相。下接臣。鍇曰、育亦供也。則臣字不連相讀。其上下疑有脱字」というのが早い指摘ではないでしょうか。

    ◎「綿密な考証を得意とする大学者、段玉裁」。
    段玉裁『説文解字注』の「亦」字を読みました。

    ※『説文解字注』第10篇下「亦」
    按經傳之「亦」、有上有所蒙者、有上無所蒙者。
    『論語』、「不亦説乎」・「亦可宗也」・「亦可以弗畔」・「亦可以爲成人矣」、皆上無所蒙。皇侃曰、「亦、猶重也」。此等皆申重贊美之。亦之言、猶大也、甚也。

    段氏の挙げた『論語』の諸例の皇疏・邢疏を調べてみたのですが、「亦之言、猶大也、甚也」という結論は導き出せないように思いました。これなどは「綿密な考証」と思えないのですが、如何でしょう。
    「不亦説乎」・「亦可宗也」・「亦可以爲成人矣」について、皇疏と邢疏とを並べておきます。

    ※「不亦説乎」皇疏
    亦、猶重也。悦者懷抱欣暢之謂也。言知學已爲可欣。又能修習不廢。是「日知其所亡、月無忘其所能」。彌重爲可悦。故云「不亦悦乎」。
    所以云「遠方」者、明師德洽被、雖遠必集也。招朋已自可爲欣、遠至彌復可樂。故云「亦」也。
    ※「不亦説乎」邢疏
    孔子曰、「學者而能以時誦習其經業、使無廢落、不亦説懌乎。學業稍成、能招朋友、有同門之朋從遠方而來、與己講習、不亦樂乎。既有成德、凡人不知而不怒之、不亦君子乎」。言誠君子也。君子之行非一。此其一行耳。故云「亦」也。
    譙周云、「悦深而樂淺也」。一曰、「在内曰説、在外曰樂」。言「亦」者、凡外境適心、則人心説樂。可説可樂之事、其類非一。此「學而時習」・「有朋自遠方來」、亦説樂之事耳。故云「亦」。猶『易』云、「亦可醜也、亦可喜也」。

    ※「亦可宗也」皇疏
    然云「亦可宗」者、亦猶重也。能親所親、則是重爲可宗也。
    ※「亦可宗也」邢疏
    言「亦」者、人之善行、可宗敬者非一。於其善行可宗之中、此爲一行耳。故云「亦」也。

    ※「亦可以爲成人矣」皇疏
    「亦可」、未足之辭。言才智如上四人、又加禮樂、則亦可謂爲成。明人之難也。
    ※「亦可以爲成人矣」邢疏
    必也、知如武仲、廉如公綽、勇如卞莊子、藝如冉求、既有知廉勇藝、復以禮樂文成之、雖未足多、亦可以爲成人矣。

    藤田吉秋

  2. 藤田様、

    コメントくださいまして、まことにありがとうございます。馮桂芬のものは、「繫傳:『一曰相』、下接『臣鍇曰:育亦供也』、則臣字不連相讀。其上下疑有脱字」のように読むのでしょうか。おっしゃるとおり、すでに馮氏が指摘済みでしたね。ただ、「其上下疑有脱字」というのは、どういう疑問なのか、よく分かりません。

    『説文解字段注攷正』は、探しきれない出典を探す時には参照しているのですが、全部を読んでいるわけではないので気がつきませんでした。

    「亦」を「重」とみなす解釈の妥当性、面白く拝見しました。王念孫・王引之あたりの理解と付き合わせて考えてみたいと思います。またさらにお考えがあればお聞かせください。

    段注の「亦之言、猶大也、甚也」の部分は、むしろ後文の、亦と奕とが通じるという文脈で、前とは少し切れているのかと感じました。

  3. 古勝 隆一先生
                           2015年2月24日
    句切りを間違えました。

    『繫傳』「一曰相」、下接「臣鍇曰、育亦供也」、則「臣」字不連「相」讀。其上下疑有脱字。
    http://ctext.org/wiki.pl?if=gb&chapter=882736
    308「徹、通也。從彳從攴育聲。一曰相。臣鍇曰、育亦(左豎心・右共)也」。

    ◎「王念孫・王引之あたりの理解」。
    お察しの通り、『経伝釈詞』の「亦」字の考証と比べてずいぶん違うなと感じたのです。「有上有所蒙者、有上無所蒙者」と「承上之詞也。有不承上文而但爲語助者」と「亦」字の意味を二つに分類していることは同じですが、綿密というのならば王氏父子かな、と思いました。

    ※王引之『経伝釈詞』巻3
    亦、承上之詞也。若『書』康誥曰、「怨不在大、亦不在小」、是也。昭十七年『公羊傳』注曰、「亦者、兩相須之意」。常語也。
    有不承上文而但爲語助者、若『易』井•彖辭曰、「亦未繘井」。『書』皋陶謨曰、「亦行有九德」。『詩』草蟲曰、「亦既見止」。是也。
    其在句中助語者、若『書』盤庚曰、「予亦拙謀作乃逸」。『詩』文王曰、「凡周之士、不顯亦世」。
    不顯亦世、言其世之顯也。「不」與「亦」、皆語助耳。「箋」以亦爲承上之詞、失之。互見「不」字下。
    「思齊」曰、「不顯亦臨、無射亦保」。
    「傳」曰、「以顯臨之,保安無厭也」。則「不」字與兩「亦」字皆爲語助明矣。「箋」説皆誤。互見「不」字下。
    又曰、「不聞亦式、不諫亦入」。是也。
    兩「不」字、兩「亦」字皆語助。言聞善言則用之、進諫則納之也。「傳」・「箋」皆誤。互見「不」字下。
    凡言「不亦」者、皆以「亦」爲語助。「不亦説乎」、不説乎也。「不亦樂乎」、不樂乎也。「不亦君子乎」、不君子乎也。趙岐注『孟子』滕文公篇曰、「不亦者、亦也」。失之。
    凡言「盍亦」者、亦以「亦」爲語助。「盍亦求之」、盍求之也。『左傳』僖二十四年「子盍亦遠績禹功而大庇民乎」、盍遠績禹功而大庇民也。昭元年「王其盍亦鑑於人」、盍鑑於人也。『呉語』「盍亦反其本矣」、盍反其本也。『孟子』梁惠王篇

    藤田吉秋

  4. 藤田様

    昨年末に出版された池田秀三氏『中国古典学のかたち』(研文出版、2014)に「訓詁の虚と実」という論文が収められており、ちょうど、王引之の虚詞観について取り上げています。もともとは1981年に発表された論考です。

    それを見ますと、王引之は「無」「不」などを「発声」の助字とすることが多いものの、「王氏のいう発声が都合のいい例ばかりを採り上げていくという、かなり独断的なものであること」(p.47)が指摘されています。

    王引之の訓詁は、鄭玄などから大きく離脱しており、かなり偏ったものであるという印象を持っております(もちろん、段玉裁が偏っていないと思っているわけではありません)。またご意見をお聞かせ願えれば幸いです。

    学退覆

  5. 古勝 隆一先生
                           2015年2月25日
    ◎池田秀三氏『中国古典学のかたち』(研文出版、2014)「訓詁の虚と実」。
    ご教示に対し、深謝申し上げます。

    「二王の学問の間にまったく差異がないわけではない」(P.51)
    「王念孫が、(中略)鄭玄を評価し、他処でも鄭玄をあまり批判していないのに比し、引之は鄭玄に対して極めて批判的」(P.55)

    当然のこととは言え、気が付きませんでした。しかし、「父とは別の道を歩み始めた。人道を捨て、小学そのものを窮極の目的地としたのである」(P.65)とまでは言えないでしょう。

    ◎「王引之の訓詁は、鄭玄などから大きく離脱」。「かなり偏ったもの」。
    「彼(鄭玄)に対する批判は、その執拗さという点で他のものとは質的相違を感じさせる」(P.55)、「先輩(恵棟)を平気で論罪する過激とも思える批判精神」(P.66)

    段氏と顧氏との対立(「文献学者の業の深さについて」)も興味深く拝読いたしましたが、こちらはこれから勉強します。
    藤田吉秋

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