『漢字文化の世界』


藤堂明保『漢字文化の世界』(角川書店、1982年、角川選書135)を読みました。まずは目次をお示しします。

I 伝説と歴史
一 歴史に先立つ太古の中国
二 太古の黄河流域
三 伝説と歴史の始まり
四 夏王朝は実在か
五 虚構の聖王―禹
六 中国の創世記―天地人間の初め
七 殷・周の古代帝国

II 文字と民族
一 漢字の生い立ち
二 竜神の守り―越の国
三 風の使者―鳳凰
四 西北の騎馬民族
五 シルクロードの諸民族

III 風土と生活
一 数の起源
二 農耕の歩み
三 牧畜の起こり
四 自然と生活
五 うつわの形
六 工作・工事の原点
七 絹と桑はどこから
八 紙と印刷
九 はかり方の起源

IV 社会と思想
一 陰と陽―周易の論理
二 老子の嘆き
三 国を盗めば侯となる―荘子
四 扁鵲、病を治す―漢方の元祖
五 健康とバランス
六 士と民
七 公と私
八 文と武
九 毛沢東の発想

「漢字文化」と銘打ってあるものの、本書の構想は実に大きく、漢字にまつわる話にとどまるものではありません。言語学や小学、文献史学はもとより、考古学・人類学・歴史地理学・医学・思想史などの知見が存分に盛り込まれており、一冊で立派な中国文化史として成り立っています。藤堂氏は、中国文明の展開を生き生きと描き、そこで生まれ、用いられてきた言語について、興味深い洞察を随所に開陳されています。

本書の後書きにて、藤堂氏は「近ごろは学問の分野が細かくわかれて、個々の専門については進歩したけれども、ひろく中国の文明史を概括するような読み物がほとんど姿を消した」と書かれています。そのような反省のもとに、本書は作られているわけです。

量詞と手の動き
量詞と手の動き

とりわけ印象深いのは、第三章「風土と生活」の第九節「はかり方の起源」でした。中国語では、ものを数える単位「量詞」(陪伴詞)がたいへんよく発達しており、これこそが漢語話者の「もののとらえ方」を最も見やすいかたちであらわしているとも言えます。

藤堂氏は「中国語の特徴といわれるこの無数の「かぞえる単位」が、なぜ今日かくも活発に用いられているのかを探求してみようと思う。これは語源論に課せられた一つの大きな問題であって、これを解明することができたなら、漢語そのものの秘密にまでも、メスを入れることができるかも知れないのである」(191頁)と言われましたが、もっともなことです。

本章においては、ある種の量詞が、身体、特に手の動きとと密接不可分に結びついていることが説かれます。私もこれまで、量詞というものが漢語の重要な特徴であることは認識していたつもりですが、これほど包括的かつ説得力のある説明は聞いたことがありませんでした。大いに勉強になりました。

「千仞の谷」の「仞」は、垂直方向の長さをはかる量詞ですが、これを八尺とする許慎説と、七尺とする鄭玄説があると紹介したうえで、藤堂氏は後者を是とし、「同じ臂を伸ばすにしても、「尋」と「仞」とはちがう。水平の長さをはかるには、ただ左右の手を伸ばせばよいが、垂直線をはかるには、上体を横に曲げなければならない。姿勢にむりがあるから、左右の両手はまっすぐの線を成さず、いわば曲線を成してゆるい弧をえがく。そこで手の先から先までは八尺とは成らず、せいぜい七尺どまりとなるのである」(201頁)というのには、大いに肯かされました。

本書『漢字文化の世界』が書かれたのは、1982年、今から三十年も前のことでした。個々の記述については、更新が必要な部分もあると思いますが、それでも、中国文化と漢語とを見通したこの著作は、今日もなお読者をひきつける力を持っていると言えそうです。

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