「目録の書と史学との関係」


狩野直喜(1868−1947)の「日本国見在書目録に就いて」(『支那学文藪』、みすず書房、1973年。初出は『藝文』1-1、1910年)の冒頭部分に、目録学の重要性を説いて次のように言います。

清儒王鳴盛が目録之學。學中第一緊要事。必從此問塗。方能得其門而入。と云ひ又我國にて松崎慊堂が門人に先づ漢書藝文志を讀ませたと云ふも同じ事である。(『支那学文藪』p.87)

ここに自注がつけてあり、「史學雜誌三十九卷、先師島田博士の『史學と目録學との關係』と題する論文を見よ」と。この機会に、島田重礼(1838-1898)の論文「目録の書と史学との関係」(『史学雑誌』第39号、1893年)を読みました。なお狩野氏の引用では論文のタイトルが違っています。

本誌に「二十五年十二月十日講演」と記されているので、明治25年(1892年)の講演記録であることが分かります。

王鳴盛の言や松崎慊堂の逸話のみならず、狩野氏は目録学に関して相当多くの内容を島田氏から継承していることを知りました。たとえば、島田氏が唐代の儒教を述べた次の部分。

貞観中孔穎達等に命じて五経正義を作り、永徽中更に賈公彦をして修補を加へしめ之を天下に頒ちて学術の標準となし、礼部士を取る此を以し、学校人を教るも亦此を以てす。然るに繁を厭ひ簡を楽むは人情の常ゆへ天下靡然として甲令の定むる所に従ひ、学者の習ふ所は一部の正義に過ぎず、古来の旧書は之を高閣に束ねて蠧魚の腹を飽かしむるに至れり。(『史学雑誌』第4編、p.91。表記は改めてあります)

狩野氏は「日本国見在書目録に就いて」で、次のように言っています。

一體唐は詩賦文章の時代で、經學の如き肩の凝るものは嫌ひであつた。つまり經書を讀むも試驗に及第して官途に出るのが目的であるから、分り易くなつて居る正義を通じて一通り心得てさへ居ればよいので、其以外のものは餘程世間と遠ざかつた變りものでなくては研究せなかつた。(『支那学文藪』p.91)

ここでは一例を挙げたのみですが、師弟の文章はよく似ています。

狩野直喜・内藤湖南が目録学を説いたことはよく知られていますが、それに先行して島田重礼がまず目録学の価値を認識し、それを狩野氏が引き継いだものであることは明らかです。「目録の書と史学との関係」という島田氏の論文、近代漢学において重要な位置を占めるものであると、認識を新たにしました。

 

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「「目録の書と史学との関係」」への5件のフィードバック

  1.  島田篁村のその文、たしか近藤杢『支那学藝大辭彙』の目録學の項の參考文獻にも載せてゐたやうな憶えがあります。他には服部宇之吉「目録學概説」(『支那研究』一九三〇年)等も。まだ内藤湖南その他京都大學系統の目録學は擧げられる文獻が出てなかったのでせう。
     町泉寿郎「服部宇之吉述・柿村重松筆記『目録学』」(松本寧至監修/今西幹一編『日本文学の創造と展開 近現代篇』勉誠出版、二〇〇一年十二月)は、御覽でせうか。
     また、佐藤正幸『歴史認識の時空』(知泉書館、二〇〇四年二月)を捲ってゐましたら、慶應義塾大學史學科創設者の田中萃一郎(一八七三~一九二三)の遺した「史學研究法」講義ノート中に目録學に一節を割いてゐたのが特色に擧げられてゐたりするのが目に止まりました(p.365)。
     日本近代における目録學史を纏めて下さる方があると、有り難く存じます。

  2. 書誌好き様

    コメントをお寄せくださいまして、まことにありがとうございます。また、お返事が遅れましたこと、お詫び申し上げます。

    服部宇之吉の目録学、わたくしはまだきちんと読んでいないのですが、必ず読みます。近代の中国学を考える上で必要なことだと認識しました。町先生が整理なさったものもいただいているのですが、もう一度見直す必要があります。

    田中萃一郎のものなどは、お恥ずかしいことに視野にも入っておりませんでした。ご教示に感謝いたします。

    学退覆

    1.  戰前でなく近年の事例になりますが――。
       大澤顯浩「漢籍を学ぶということ――文明のアウラ」(大澤顯浩編『東アジア書誌学への招待 第一巻』〈学習院大学東洋文化研究叢書〉東方書店、二〇一一年十二月)には、「一、旧世代の体験」として「筆者が、目録学、広義の書誌学というものを意識したのは、北京大学に留学する前の大学院時代に受講した竺沙雅章教授の講義でのことであった。」(p.9)「目録学は東洋史学の授業であったが中国文学、中国哲学専攻の学生・院生が多く講筵に連なっていた。」(p.10)とあります。奧附ページ「編著者略歴」によれば「1990年 京都大学大学院文学研究科博士後期課程学修退学(東洋史学)」。 
       また、中砂明徳『中国近世の福建人 士大夫と出版人』「後語」
      (名古屋大学出版会、二〇一二年二月)p.565には「私が彼[王重民]の名を知ったのはやはり竺沙先生の目録学の授業においてであった。今となっては信じられないほどの受講生の数で(十五~二〇人くらいいただろうか)、東洋史だけでなく、中国文学や中国哲学史の教室からも受講者がいた。その受講生には、現在すぐれた書誌的研究を発表している方が何人もいる。そうした先輩たちを私はひそかに竺沙門下と呼んでいたのだが、私自身は門前の小僧にさえなれなかった」云々と見えます。竺沙氏自身の目録學の著述は管見に入りませんが、内藤湖南生前の支那目録學と同じく講義のみで傳はってゐるのでせうか。
       以上の二例から推すと、本邦の目録學は中文・中哲より東洋史專攻において命脈を保ってゐたやうに見受けられます。つまり、どうも近代日本において目録學といふものは、島田重禮このかた專ら「史學との關係」によって、歴史學における所謂「補助學」として從屬的に受容されてきたのではないかと愚考した次第。それは本場支那の前近代の目録の學とは位置づけが相違するのでせうし、或いは民國期以降は目録學も日本と同じく近代歴史學や圖書館學に合はせて變形されたのかも知れませんけど。

  3.  戰前でなく近年の事例になりますが――。
     大澤顯浩「漢籍を学ぶということ――文明のアウラ」(大澤顯浩編『東アジア書誌学への招待 第一巻』〈学習院大学東洋文化研究叢書〉東方書店、二〇一一年十二月)には、「一、旧世代の体験」として「筆者が、目録学、広義の書誌学というものを意識したのは、北京大学に留学する前の大学院時代に受講した竺沙雅章教授の講義でのことであった。」(p.9)「目録学は東洋史学の授業であったが中国文学、中国哲学専攻の学生・院生が多く講筵に連なっていた。」(p.10)とあります。奧附ページ「編著者略歴」によれば「1990年 京都大学大学院文学研究科博士後期課程学修退学(東洋史学)」。 
     また、中砂明徳『中国近世の福建人 士大夫と出版人』「後語」
    (名古屋大学出版会、二〇一二年二月)p.565には「私が彼[王重民]の名を知ったのはやはり竺沙先生の目録学の授業においてであった。今となっては信じられないほどの受講生の数で(十五~二〇人くらいいただろうか)、東洋史だけでなく、中国文学や中国哲学史の教室からも受講者がいた。その受講生には、現在すぐれた書誌的研究を発表している方が何人もいる。そうした先輩たちを私はひそかに竺沙門下と呼んでいたのだが、私自身は門前の小僧にさえなれなかった」云々と見えます。竺沙氏自身の目録學の著述は管見に入りませんが、内藤湖南生前の支那目録學と同じく講義のみで傳はってゐるのでせうか。
     以上の二例から推すと、本邦の目録學は中文・中哲より東洋史專攻において命脈を保ってゐたやうに見受けられます。つまり、どうも近代日本において目録學といふものは、島田重禮このかた專ら「史學との關係」によって、歴史學における所謂「補助學」として從屬的に受容されてきたのではないかと愚考した次第。それは本場支那の前近代の目録の學とは位置づけが相違するのでせうし、或いは民國期以降は目録學も日本と同じく近代歴史學や圖書館學に合はせて變形されたのかもしれませんけど。

  4. 書誌好きさま

    せっかくコメントを頂戴しておりましたのに、当方の都合でしばらくブログの更新ができず、たいへんご迷惑をおかけしました。お詫び申し上げます。またコメントお寄せ下さいましたこと、心より感謝いたします。

    さて、大澤氏と中砂氏の書かれたものをご紹介下さいまして、まことにありがとうございます。竺沙先生の講義はたいへんに魅力的であったことが伝わります。東洋史の講義として位置づけられたことには、確かに意味があるように思います。

    ただ京都大学においては、中文の清水茂先生の『中国目録学』も読み継がれており、何より、現在にいたるまで、同じ中文の井波陵一教授が目録学の講義を続けていらっしゃいます。中哲は、教員の数が少なすぎてそこに手が回らない状態です。一方の東洋史では目録学の講義はながらく開かれていないようです。

    現状を中心に見る限り、目録学への関心は中文・中哲の教員・学生の方が高い、というのが、京大に勤めるわたくしの個人的な感想です。

    今後どうなるかはもちろん予想できませんが、そうすぐには廃れないように楽観しております。

    中国と日本において、それぞれ目録学の位置付けが異なる点については、確かにおっしゃるとおりで、かなり大きな隔たりがあると考えております。歴史的な経緯によるところが大きいわけですし、簡単には比較できませんが、それ自体が興味深いテーマであると愚考しております。

    お返事も遅れ、まことに申しわけございません。

    学退覆

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