「鄭樵の史論に就て」


内藤戊申(1908-1989)「鄭樵の史論に就て」(『東洋史研究』第2巻1号、1936年)を読みました。戦前に書かれたものでありながら、鄭樵(1104-1162)に関する日本の研究としては、今なお重要だと考えます。内藤戊申は内藤湖南の息で、父と同じく中国史を研究した学者。

民国以前の支那の歴史家中、歴史学の理論的方面即ち史論に於て特に異色ある学者に唐の劉知幾、宋の鄭樵、清の章学誠の三人がある。……鄭樵は、彼の学問が全くの独学であつた為もあらうが、先人の説に少しも拘泥することなく全然独自の立場から従来の史書を批評し、更に己の主義によつて一つの史書、『通志』を著はした。(p.1)

このような認識のもと、宋の学者、鄭樵の史学論を『通志』に即して考究しています。同書は中国史学史において、たいへん重要な地位を占める著作です。

特に目をひいたのは、やや論旨からはずれはするものの、次の一節でした。

私の父は章学誠をよく理解し且之を批評しているが、大体に於て章氏の立場を是認してゐるものの如く、特に新しい立場を強調してはゐない。……吾々はそれをよく理解してゐるかゐないかは別問題として西洋の歴史哲学なるものを知つてゐる。吾々の探してゐる新しい立場は結局東洋の思想家にその暗示を見出すことになるのかも知れないとしてもこの西洋の智識を一応考慮に入れないわけにはいかない環境に我々は置かれてゐる。実際上からしても西洋の智識を持つてゐる方が昔の支那人の思想の特徴を明にするのに便利であろう。(p.11)

この論文自体、研究関心といい議論といい、内藤戊申氏の父である湖南を大きく引き継いでいるものであることは明白ですが、にもかかわらず、父とは異なる西洋への視線を明確に書いているわけです。

西洋的な観点から鄭樵を見るとどのように評価できるのか、残念ながら論旨はそこまで展開されていません。しかし、これを書いた内藤戊申氏の思考の底流に、西洋の「歴史哲学」への意識が消しがたいほどはっきりと存在していたことは明らかなのです。

広告

「「鄭樵の史論に就て」」への4件のフィードバック

  1. 古勝 隆一先生
                           2016年2月15日
    ◎「議論は多く驚闢」・「今日に至つても資して考鏡と爲すべし」。(P.5)
    「議論亦多警闢」(『提要』)。正しくは「警闢」となっていました。「謂言論、意見等深刻透徹而動人」(『漢語大詞典』)。「警闢」などという言葉は始めて知りました。
    「至今資爲考鏡。與杜佑・馬端臨書並稱『三通』、亦有以焉」(『提要』)。『通志』にはいっこうに通じませんが、鄭樵というと、『経籍訪古志』の書名の由来となった一節を思い出します。「游名山大川、搜奇訪古、遇藏書家、必借留讀盡乃去」(『宋史』鄭樵伝)。藤田吉秋

    1. 藤田さま

      コメントくださいまして、ありがとうございます。「警闢」とは、確かに難しい言葉ですね。

      鄭樵は、口が悪くて読んでいる分には楽しいと思いました。「(劉)向・歆之罪、上通於天」(「図譜略」)とか、班固を評して「惟依縁他人、以成門戸」(校讐略)とか、なかなか辛辣です。その傲岸不遜の態度には、腹をたてる読者もいたことと想像します。

      学退覆

  2. 古勝 隆一先生
                           2016年2月16日
    ◎「(劉)向・歆之罪、上通於天」。
    『通志』の本文は「歆・向」の順になっていました。
    http://ctext.org/library.pl?if=en&file=4248&page=5&remap=gb
    ◎「惟依縁他人、以成門戸」。
    内藤先生の(P.10)注③に引かれた通志総序の「不幸班固非其人」以下は、とても面白いと思いました。
    http://ctext.org/library.pl?if=en&file=4132&page=18&remap=gb
    「班固者、浮華之士也。全無學術、專事剽竊」。
    鄭樵の班固評が「その評は當らない」、「持平之見ではない」(P.9)とはその通りなのでしょうが、腹をたてる読者が居たでしょうか。これを以て四庫館臣が「警闢」と評したとしたら、なかなか洒落たものだと思います。藤田吉秋

  3. 藤田様

    ご指摘、ありがとうございます。確かにおっしゃるとおり、「歆・向」と書かれていますね。私の誤りです。

    鄭樵の毒舌ぶり、私は痛快だと思いますが、不快に感ずる読者もいたのでは、と臆測したまでです。言い過ぎたかもしれませんね。

    学退覆

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中