索引の功罪


倉田淳之助氏「四部分類の伝統」(『東洋史研究』第8巻4号、1943年11月)を読みました。倉田氏が責任の一端を担って編纂した『東方文化研究所漢籍分類目録』が1943年3月に完成したことにちなみ、日比野丈夫氏から「解題をかねて何か目録に関すること」(p.39)を書いて欲しいという依頼を受けたもの、とのこと。

中国における図書目録の分類は、「『七略』の創定より四部分類への転化はあるものの、其の根柢に於ては餘り動揺してゐない」(p.40)という認識のもと、前漢末における劉向・劉歆父子の図書整理事業についてかなり綿密な考察を加え、また四部分類の成立過程についても説明し、その上で『東方文化研究所漢籍分類目録』の特徴を語っています。

倉田氏の見るところ、この東方文化研究所の漢籍目録の特色は、所蔵する漢籍の質的な確かさに裏付けられているのはもちろん、さらに「書名人名通検」、すなわち書名索引・人名索引が附属する点にあります。確かに、利用者にとって索引はありがたいものです。前近代において、この種の工夫は十分とは言えないものでした。

索引をつけたことに関して、倉田氏が本稿の冒頭近くに書かれたことは、まるでその後の将来を見通すようで深みがあります。

目録書を読むといふことは学術の背景を要し、難しいことのやうに思はれる。殊に近頃のやうに引得索引類が完全になればなるほど、読む機会は愈少くなり、各の目録が持つ特徴も忘れられ勝になる。私共の「分類目録」にも通検があるので便利だといはれる。かくては後世より私共を毀つて、学術の衰ここに始まるといふかも知れない。(p.39)

索引がつけば、目録の内容が注意深く読まれなくなる。倉田氏のこの危惧は当たっていると思います。目当ての記述を探し出すことだけが目的であれば、索引を使って素早く検出し、それで目的は果たせるわけです。日頃からじっくりと目録を読み、どのような構成、どのような特徴をもった目録なのか、などと習熟しておく必要は薄いと言えましょう。

さらにはその後、インターネットの時代が到来して以降、「検索」が飛躍的に便利なものとなった結果、目録のみならず、書物一般についても、注意深く読まれることがまれになってしまいました。「検索」すればすぐに欲しい知識が見つかるのですから。

この目録に索引がつけられたことは何ら倉田氏の罪ではなく、それを批判しようとも思いません。時代に合わせた工夫です。しかし21世紀になって過去を回顧し未来を展望してみると、「学術の衰」という言葉がかなり重くのしかかるような印象を持ちました。「便利」な道具に毒され、我々がしっかり読む時間をどれだけ失ってしまったことか。

わたくしとしては、このように「検索」一辺倒の時代であるからこそ、知の世界に分け入るための地図である目録が、あらためて重要なものとなっていると感じています。

なお倉田氏はこの1943年、「東方文化研究所漢籍分類目録解説」(『東方学報 京都』第14冊、1943年)という一文も執筆されています。『東方文化研究所漢籍分類目録』の分類に関する詳細が述べられており、目録を「読む」手引としてよいもののようです。

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