ごく小さな発見


『詩経』邶風「谷風」の詩に、次の一章があります。海音寺潮五郎の訳(『詩経』中公文庫、1989年)とともに示しましょう。

涇以渭濁  涇は渭を以て濁る

湜湜其沚  湜湜たる其の沚

宴爾新昏  爾の新昏に宴(やす)んじて

不我屑以  我を屑(いさぎよ)しとし以(もち)ゐず

毋逝我梁  我が梁に逝く毋れ

毋發我笱  我が笱を發する毋れ

我躬不閱  我が躬すら閱(い)れられず

遑恤我後  我が後を恤(うれふ)るに遑(いとま)あらんや

世間の人はみんな言ふ

涇は濁つて渭は澄んでゐると

流れが合うたところで見れば

それはさうかも知れないけれど

離してみればそれほどでもない

後妻(うはなり)と二人ならべて見ればこそ

あたしの器量の衰へが

はつきり見えてくるのです

器量は悪うなつたけど

操正しい心があるに

くやしや、それは見てくれず

惜しげもなく捨てられた。

後妻よ、

あたしが苦心して定めたことを かき乱さないで頂戴

苦労して貯へたものを 勝手に費(つか)はないで頂戴

とはいふものの

あたしは捨てられた妻

言つたとて

どうならう!

さて、その第一句「涇以渭濁」に見える「涇」「渭」とは、濁った涇水と清らかな渭水という二つの河川です。涇水と渭水とを比べると、前者がどうしても濁って見える。それが「涇は渭を以て濁る」ということです。

この一句につけられた鄭箋は、通行本(嘉慶二十年江西府学刊本)によると「涇水以有渭,故見渭濁」。しかし、その二句目には、古くから異文があったようです。

  • 「故見渭濁」(『經典釋文』に引く旧本、そして、通行の注疏本を含む多くの版本)
  • 「故見謂濁」(『經典釋文』に引く一本)
  • 「故見其濁」(『毛詩正義』に引く「定本」)
  • 「見其清濁」(『七經孟子考文』に引く一本)

段玉裁の意見(『經韵樓集』卷十二「與諸同志論校書之難」に見えます)によると、「謂濁」と作るものが正しく、他は誤り、との判定です。なお、この考え方は、阮元の『十三經注疏校勘記』にも、ほぼそのまま受け継がれています。

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4行目の下方に「故見其濁」と見える

ところで確認のために、足利学校遺蹟図書館に蔵する南宋刊十行本『毛詩註疏』(汲古書院、1973年、影印本)を見たところ、とても妙なことに気がつきました。影印本なので、確実なことは言いにくいのですが、問題の部分について、擦って文字を消した上で、「其」と手写しているようです。いつか原本を拝見したいものです。

日本の伝えられた写本の『毛詩鄭箋』には、「其」に作るものがあったのも確かで、そういったものによって改めたのか、あるいは『毛詩正義』に引く「定本」によって改めたものか。私は後者ではないか、という気がします。そして、もとの版の字は、おそらく「渭」ではないかと推測します。

最後に、この足利学校本を実見して『七經孟子考文』を書いた、山井鼎のメモ(京都大学人文科学研究所蔵、嘉靖版『十三經注疏』)をお示しします。「足利「渭」作「其」。又一本作「見其清濁」」という書き入れが、そこに見えます。

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「ごく小さな発見」への4件のフィードバック

  1. 古勝 隆一先生
                           2016年12月18日
    ◎「段玉裁の意見・阮元の『十三經注疏校勘記』」。
    段氏は、

    按同一字而正義作「見謂」、師古定本作「見其」、釋文作「見渭」、三者孰是?
    曰、正義作「謂」是也。

    と言い、『七經孟子考文』に引く一本(=「見其清濁」)は、度外に置いています。先生は「四者孰是」とされるのでしょうか?
    *『經韵樓集』
    http://ctext.org/library.pl?if=gb&file=41244&page=93
    *『十三經注疏校勘記』
    http://ctext.org/library.pl?if=gb&file=13139&page=90
    *『六經正誤』
    http://ctext.org/library.pl?if=gb&file=771&page=99
    藤田吉秋

  2. 藤田様

    コメント下さいまして、ありがとうございます。私は、この件については、段玉裁の考えに納得しました。『經典釋文』のいう「故見渭濁」は、やはり通らないように思います。

    学退覆

  3. 古勝 隆一先生
                           2016年12月22日
    ◎「段玉裁の考えに納得」。
    そうですか。段氏の「文理易憭」だけでは必ずしも説得力が有るとは思えません。『校勘記』も『正義』の「見謂」から鄭箋も「見謂」であったということですが、『正義』と鄭箋とが一致するとは限らないと思います。
    足利の宋版が「擦って文字を消した上で、『其』と手写している」ということですので、私は、「故見其濁」が一番分かり易いと思いました。「小さな発見」どころか、重要なご指摘だと思います。藤田吉秋

    *毛居正『六經正誤』
    陸德明與孔穎達同時。獨不知『定本』作「其」字邪?
    今不敢改「渭」作「其」、唯取『正義』之説、表而出之、使後學知舊本「渭」字之誤。

  4. 藤田様

    お返事、まことにありがとうございます。

    おっしゃるとおり、「正義の依拠した鄭注(鄭箋)」と「鄭注のもとの本文」は、区別されるべきで、段氏が「與諸同志論校書之難」を通じて伝えたかったことの一つがそれでもあります。

    しかし段玉裁の考え方に即して言うならば、「故見其濁」が正しいとすると、「故見渭濁」「故見謂濁」の「渭」「謂」の誤字がなぜ派生したか説明がつかない。一方、「故見渭濁」を改めて「故見其濁」としたということならば、意をもって改めた可能性が考えられる、ということになろうかと推測します。そういう意味で、段氏の説は通る、と考えた次第です。

    ただ、これもご指摘の通り、「故見其濁」と作る本文もなかなか魅力的で、少し気にしてみたいと思っております。私の見た本では、名古屋の蓬左文庫にある室町時代の写本が、このように作っていました。

    お考えをお示しいただきましたこと、重ねて感謝申し上げます。

    学退覆

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